第26話願いが叶う入浴剤

「この入浴剤を入れると、叶えたい夢が現実になるのだ」


 そう言って自信満々に手渡されたのは、二種類の入浴剤だった。


 そもそも入浴剤自体見たことがない呂尚ロショウにとって、得意気に胸を張って説明し続ける呂望リョボウの気持ちが、よく分からない。


 ましてや興味すら持てないのが、今の正直な感想である。


 そんな不安な気持ちを胸に秘めながら、改めて入浴剤のパッケージへと瞳を向ける呂尚ロショウ


 スーッと瞳を細め、不思議そうに銀色の袋を眺め続けて数十秒。


 目に映った文字を、今まで習った記憶を頼りに読んでみた呂尚ロショウは、思わずクスッと小さく笑った。


 その袋には、“桃の香り”と“ライムの香り”という文字が並んでいる。


 それを見た瞬間、呂尚ロショウは両方の匂いを想像し、気分が和らいだ。


「願いが直ぐに現実になるかは別問題として」


 そう呟いた呂尚ロショウは、今日の疲れも何処かへ飛んでいった気がして、少しずつ前に進めそうだと感じ

「大切に使わせてもらうよ」

と、満面の笑みを浮かべて、お礼を言う。


 しかし、何故かその笑顔に“何かある”と睨んだ呂望リョボウ


 彼はじっと呂尚ロショウを見つめた後

「……風露フウロとやらに渡すでないぞ」

と、釘を刺す。


「な、何で分かったの?」

「おぬしの考えることなど、ちょっと頭を捻れば直ぐに分かる」


 胸を張り、また得意気な表情を見せる呂望リョボウ


 まるで、心を掴まれているかのようなこの出来事に、一瞬警戒した呂尚ロショウでだったが、一息吐いて口を開く。


呂望リョボウさんが“僕の願いが叶うように”と、この入浴剤をくれたのなら、僕も風露さんの願いが叶うように応援したいんだ」

「……その者の願いとは何だ?」

「僕達が生きる世界から、戦が無くなることだよ!」


呂望リョボウさんと同じ気持ちだよ”


 呂尚ロショウの真っ直ぐな瞳の奥に、そんな言葉が浮かんでいることに気付いた呂望リョボウは、声をあげずに考えた。


 いや、そうではなく……


 呂尚ロショウの友人にも、そんな途方もない願望ユメを持っている者がいるという事実コトに、感慨深くなったというのが正しい。


 呂望リョボウは暫くの間考え続けていたが、やがて纏まったのであろう。


 “呂尚ロショウ”と、目の前で彼の発言を待っている友人の名を呼び

「それは、わしがおぬしの為に医学に精通しておる神農様に頼んで、特別に調合してもらった入浴剤故、風露には効かぬ」

と、何処か申し訳ない口調で説明する。


 その説明を聞いた呂尚ロショウ

「そうだったんだ」

と、感心した声をあげた。


 しかし、内心ではとても複雑な思いをエガいていて……


 神農は成長を止める薬を調合し、呂望リョボウの師匠だという雲水真人ウンスイシンジンに薬を手渡したことを聞いている。


 そんなモノを作らなければ、今側に立って様子を見守っている呂望リョボウの時間が、当たり前のように動いていたかもしれなかった。


(そうしたら、逆に僕は呂望リョボウさんとこうして楽しく談笑出来なかったかも……)


 沸々と沸き上がる不満を、別の視点から考え直したことで、何とか抑えられた呂尚ロショウ


 その傍らで様子を伺っていた呂望リョボウ

「どうした、具合でも悪くなったか?」

と、思わず心配して話しかける。


“大丈夫”と答えた呂尚ロショウに、一瞬疑いの眼差しを向けた呂望リョボウであったが、気を取り直し

「だから、次の封神の義の会議の時に神農様に頼み、彼女専用の入浴剤を調合してもらうとしよう」

と、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、呂尚ロショウにそう誓った。


「有難う!」


 呂尚ロショウは彼がしてくれた約束が嬉しくて、再び満面の笑みを浮かべて礼を言う。


 しかし、彼の姿が何処となく悲しさ・寂しさが呂望リョボウには感じられたのであろう。


 申し訳なく思った呂望リョボウは、懐に手を入れ、ガサゴソと引っ掻き回す。


やがて、目当てのものを見つけたことにホッとした表情を見せる呂望リョボウ


  少年を思わせる、優しく小さな手が掴んでいたのは、呂尚ロショウに先程手渡した銀色がかった袋よりも金に近い、ハガキサイズの袋1包であった。


 彼はその小袋を不思議そうに見ている呂尚ロショウに、そっと差し出しながら

「それまで、この入浴剤を使うといい」

と、照れた表情カオで言った。


「それを溶かした風呂に入ると、直ぐに疲れがとれるだけでなく、1週間は疲れ知らずになる効果も期待できるという優れものだ」

「へぇ……

風露フウロさんきっと喜ぶよ」

「うむ、それにあやつにはこちらの香りが似合っていると思うぞ?」

「香り?」


 聞き返し、呂尚ロショウは小袋の表に貼ってある簡易説明書にを通す。


 そこには“桜の香り”と書いてあった。


お仕舞い。


令和4(2022)年10月10日12:55~17:39作成

令和5(2023)年1月15日~1月21日改稿


Mのお題

令和4(2022)年10月10日

「わくわく入浴剤」

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