第25話厠にいたのは?

 夜中にもよおした呂望リョボウさん。


 急ぎ足で本殿から少し離れた《カワヤ》(今のトイレ)に向かいます。


 本殿にも厠はあるのですが、生憎設備が壊れていて、直るまでの間、臨時に作られた外の厠を使うことになったのです。


 さて、無事に用を足した呂望リョボウさんは、清々しい気持ちのまま、外へ出ようとしました。


 その時、何故だか左側から誰かの視線を感じます。


 その場所の上の方には、木製の格子が填められていて、電気が通っていないこの時代、月明かりを使って辺りを照らしておりました。


 そこから何とも言えぬ奇妙な視線が、呂望リョボウさんの足を止めてしまう程、心を確りと掴んで離しませんでした。


「……なんなのだ、この視線は?」


 訝し気に呟いてみるも、呂望リョボウさんにはこの視線の主など、全く思い当たる節がありません。


 それでも確かに感じるこの視線を、頭ごなしに否定出来なかった呂望リョボウさん。


 恐怖に染まっていくかもしれない心を、何とか平常心に保つよう、自分に言い聞かせると同時に、生唾を呑み込みます。


「ここは1つ、不気味な視線を送る者の正体を探る」


 そう強気な発言をしかけて、言葉に詰まった呂望リョボウさんは、ゆっくりと木香キガのする格子へと顔ごと向けました。


 そこで目に入ったのは、向かって右側の目玉が取れかかり、同時に肩まで上げた両手には濃き色の花束を持つ、得体の知れない者が、何も喋らずに厠を覗き込んでいる光景だったのです。


 その瞬間、呂望リョボウさんの口からこれまでに聞いたことがない叫び声が、廁中を駆け巡りました。


 そして、当の本人はというと、慌てふためきながらこれまた猛スピードで外へと飛び出していきます。


 兎に角、廁から出来るだけ遠くに離れたかった呂望リョボウさん。


 途中、鉈を持って走る呂尚ロショウさんと擦れ違いましたが、目に入っていなかったのか、そのまま通り過ぎてしまいました。


 しかし、呂尚ロショウさんには逃げていく彼の姿を、確りととらえており、何故血相を変えて走って行ったのだろうと疑問には思いました。


 だけど、何ら問題はないと判断して、立ち止まることなく、再び廁方面へと歩みを進めます。


 彼が向かった先は、廁の裏側。


 丁度、呂望リョボウさんが廁から、例の怪物を目撃した場所に当たりました。


 彼は何やらぶつぶつ言いながら、目の前にある藁で出来た1本足の人形ヒトガタに向けて、勢い良く鉈を振り回します。


 叩き切られる度に、その藁人形は人間の悲鳴にも似た音を出し、辺りを恐怖に包み込みました。


 やがてその人形ヒトガタは、最期の一撃で体が真っ二つに割れ、壁を引っ掻く音をたてながら、地面に倒れていきます。


 その姿を見た呂尚ロショウさんは、大きな安堵の溜め息を吐いて

「これで証拠隠滅が出来たぞ!」

と、さも嬉しそうに呟きました。


 そうです。


 呂望リョボウさんが廁から覗き見た怪物は、呂尚ロショウさんが作った、対鳥避けの巨大案山子だったのです。


 完璧な形にしたかったのですが、材料が不足した為、片目が飛び出たままになってしまったのでした。


 両手に持たせた花は、鳥兜の花。


 色が女性に好まれると噂で聞き、持たせることにより、人気が出るかもしれないと思ったようですが、結果はあまり良くなかったようです。


 いずれにしても、呂望リョボウさんにはこの案山子の存在を知られたくなかったので、結果論として良いのではないかと、呂尚ロショウさんは胸を撫で下ろしたのでした。


お仕舞い☺️


令和4(2022)年4月1日20:32~4月14日21:23作成

令和4(2022)年5月27日~6月15日改稿


Mのお題

令和元(2019)年10月1日

「ドキドキする物語」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風の色関係の短編集1 淡雪 @AwaYuKI193RY

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画