第21話冷たい雨

「やっと、消えた……」


 焼け野原と化した決戦の地ー牧野を見渡し、深く溜め息を吐いた、年の頃10代後半の青年が、立ち尽くしたまま誰に言うとなく、思いの丈を呟く。


 前々から計画をされていたのに、いざ兵士の経験すらもない自分が、“革命”とも言えるの最前線を任され、こうして指揮を執ったという事実コトが、

未だに信じられずにいた。


 しかし、時が経つにつれ、敵の兵士達を仲間と共に打ち砕いた実感が、そして辺りを朦々と包んでいた、猛烈な炎を消し止めたという安堵感が、優しく彼の心を包みこんで……


「この僕にも、ここまで頑張れる力があるんだ……」


 青年は、生まれて初めて大役を務めたことに対し、ようやく誇りを持てるようになった。


 彼の名は呂尚ロショウ


 言わずと知れた“太公望呂尚タイコウボウロショウ”だが、この名はあまり世に知られていない。


 何故なら、彼は太公望呂望タイコウボウリョボウの影武者を担っていたからだ。


 人間にはない力を持つ呂望リョボウは、周の軍師の他に神様の弟子を選出し、任命するという役割も持っている。


 その為、ことあるごとに桃源郷に呼び出される事もしばしばだ。


 これでは埒が明かないと、彼自ら町へ出向き、姿も考え方もそっくりな呂尚ロショウを見つけ、ほぼ無理矢理周城へ連れて来たのである。


 その呂尚ロショウは今、逃げた妲己を追い詰める為に戦前から離れた呂望リョボウに代わって指揮を執り、雨師ウシという雨の妖精の力を借りて、方々に広がりつつある大火を、何とか消し止めたのだった。


「お見事でございます、呂尚ロショウ様。

人間とはいえ、よく雨雲を呼び操って大火を消されましたな」


“もう体力も残っていないのでは?”と、少々嫌味を効かせて労う雨師ウシ


 その言葉を合図に安心したのか、呂尚ロショウはその場に勢い良く膝をついた。


“大丈夫ですか?”と雨師ウシが声をかけるよりも早く口を開く。


「この先にには呂望リョボウさんが愛した故郷があって、そこに住む人々に怪我を負わせたら大変だと思ったら……

気付いたら、雨雲を呼んでいたみたいで」


 地面に両手を付き、肩で息をしながら答える呂尚の姿を見て、雨師ウシは再び声をかけようとしたが

「雨までは降らせなかったよ」

という、残念がる言葉を耳にして、思わず口を噤んだ。


 いや、そうではない。


 彼は呂尚ロショウ自身が力を秘めているのに、何一つ気付いていない事に閉口したのだ。


呂尚ロショウ様」

「?」


 雨師ウシの声に反応して、チラリと見上げる呂尚ロショウ


“何?”と瞳で訴える彼に

「雨を降らせたのは、呂尚ロショウ様の人々を思う強い願いが、天に通じたからでございます。

天が冷たい雨により、大火を消すと同時に、人々が恐怖に満ちるよりも早く、安らぎで包み守ろうと降らせてくれたのでしょう」

と、真実を伝える。


「まさか……僕にそんな力は」

ワタクシは何もしておりません。

あの光景はまさしく呂尚ロショウ様お1人の力で成し遂げたものです」

「……そうなんだ」

「ええ、ですから呂望リョボウ様に自慢してやりましょう!」


“きっと大喜びしますよ”と、褒め讃える雨師ウシ


「ハハッ、やめておくよ」

「そうですか……」


“何だ、つまらない”と言いたそうな彼に、呂尚ロショウは小さく笑う。


やがて、呂尚ロショウはゆっくりと立ち上がり、その場から去っていく白く変わった雨雲を、感慨深い眼差しで見送りながら

「さて、周城に帰ったら次の準備をしないと」

と、ポツリ呟いた。


「次の準備……はて?」

「いや、こっちの話」


 考え込む雨師ウシを上手く誤魔化した呂尚ロショウの胸の奥には、新たな計画が動き出していた。


令和3(2023)年3月28日作成


Mのお題

令和3(2021)年3月28日

「連作短編-雨」





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