第11話空を見上げた君は-風露(フウロ)

 夏の夜。


 新月なのか、真っ暗で辺りが良く見えない。


 その分、見たこともない星空が広がっていた。


 そんななか、畑に薄手の服を着た年の頃10代の少女2人-恐らくは就寝前なのだろうか-が、沢山の星達に目を向けている。


風露フウロ見て!」


 今にも届きそうな星達に、感動のあまり両手を広げ、右隣りで静かに見上げていた少女に、風雅フウガが話しかけた。


「本当、綺麗……」


 そう言って胸の前で手を組んだ少女-風露フウロは、暫くの間瞳を輝かせて見つめている。


 こうしていると、空から素敵な音楽が降り注いでくるようで、このままずっと時を忘れて星を眺めていたいという衝動に駆られた。



「ねぇ、風露フウロ、知ってる?」

「知ってるって……何を?」


 不意に話しかけた風雅フウガの、何処か楽しそうな問いかけに、風露フウロは不思議な表情を見せて訊き返す。


「ほら、あそこに一本の大きな木が生えているでしょう?」

「……ええ」

「この時間になると、あそこに軍師様が姿を現すんだって!」

「軍師様が……何故?」

「日々私達が知らないところで色々動いていて、疲れを癒しに来るんじゃないかしら?」


 紺色の短い髪を右手で軽く整えながら、風雅フウガはクスッと笑って、彼女の疑問に答えた。


“軍師”とは、文字通り“戦の指揮官”である。


 戦において相手の出方を分析し、どのように作戦を立て実行すれば勝てるかを考えるという、とても重要なポジションなのだ。


 一歩間違えば、皆が死に至ってしまう……


 それを常に念頭に置き、毎日戦っているのである。


「今から行こうよ」


“そこに行って、軍師様のお顔を拝みましょう”という言葉を発する代わりに、風雅フウガは躊躇う風露フウロの右手を掴んで走り出した。


「えっ、な、何?」

「軍師様は滅多にお目にかかれない人物ヒトだから、これが顔を見られるチャンスなの!」

「駄目よ、束の間の休みを邪魔しちゃ!!」


 風露フウロが抵抗しても、風雅フウガは言うことを聞かず、前へ前へと進んで行く。


 数分後、目的地に辿り着いた2人は“軍師”と呼ばれる人物が現れるのを、静かに待った。


 そして、その人物は黒よりも黒い服を身に纏って姿を現す。


 太い幹に左手を突き、視線を葉が生い茂る細い幹達に向けたままの彼の姿には、何処か寂しそうな雰囲気が漂っていた。


 彼は何やら大木に向けて語りかけているが、秋風に声を掻き消されて風露フウロ達の耳まで届かない。


“そんな彼の顔をもっと近くで見てみたい”


 いつもは大人しい風露フウロが、この日は珍しく珍しく自分の意思ココロに従い、行動を起こした。


 それに気付いた風雅フウガが、慌てて彼女の歩みを止めようとしたものの……


 風露フウロはまるで何者かに操られているかのように、彼に視線を向けたまま一歩ずつ前へ進んでいく。


 しかし、何故かその足取りは少年がいる数メートル手前で止まった。


「ふ、風露フウロ?」


“何で止まっているの?”と、不思議に思った風雅フウガが、声を出さずに瞳で訊ねる。


「違う……あの人は軍師様じゃない」

「えっ?」

「彼は、軍師様じゃないわ」


 彼に悟られまいとして小声で話す風露フウロを、“信じられない”と訴える眼差しで見る風雅フウガ


 彼女の目から見れば、暗闇で顔の輪郭ははっきりしないが、どう見ても軍師を務める太公望呂望タイコウボウリョボウにしか見えない。


 しかし、風露フウロの瞳には確実に偽物と呼べる勘のようなものが働いていた。


「あの!」


 風露フウロが、勇気を出して偽物とおぼしき人物に、思いきって声をかける。


 隣では先程まで元気だった風雅フウガが、“止めた方がいいよ”と、恐々伝えていた。


 それでも風露フウロは、彼女を尻目に

「あなたは誰ですか?

軍師様の真似マネをして何処が面白いのですか?」

と、疑問と少々の怒気を混じえ、微動だしない目の前の少年に問うた。


「軍師様は、私達が誰からも傷付かないよう、日々」

「分かってる……

そんなの、側でずっと見ているから、言われなくても分かってる!」


 風露フウロ台詞コトバを遮り、軍師の姿をした少年は、俯いて声を張り上げる。


 それでも何故か自分自身に言い聞かせているような口調は、彼自身を責めているようにも思えた。


 そんな少年の叫びにも似た言葉に、“本当に少年が扮しているのだろうか?”と、彼女達は一瞬我が目を疑う。


 暗い雰囲気を醸し出す彼に、“このまま居続けるとこっちまで暗くなる”と言わんばかりに、風雅フウガが2人の様子にやきもきし始め……


 長くなりそうな会話を止めようと、再び風露フウロの腕を強引に引っ張った。


 その行動で彼との会話が途切れた風露フウロは、彼女を軽く睨み付けてすぐ、少年に向き直る。


 話の続きをしようと口を開きかけた刹那トキ、少年が真剣な眼差しを風雅フウガに送っていることに気付いた風露フウロ


 驚いた彼女が何か言葉を発しようと、口を大きく開けた瞬間、今度は自分に視線を送っていることに気付く。


 それは、思っていた以上に温かく柔らかな視線モノだった。


「……君は……君達は?」


 風露フウロの問いよりも早く、しかしゆっくりとした口調でそう問うた少年の瞳が次に追ったのは、広大な夜空。


 無数の星達が事の成り行きを見守る中、少年の口が動く。


“言葉が上手く聞き取れない”


 そう伝えようとした時には、風露フウロ達の側から少年は姿を消していた。


(私達の事を知っていた?)


 彼の行動に不安を感じ、暫くの間ここから離れられずにいる風露フウロ


 彼女は心に沸いては消える思いを胸に秘め、彼に再び会える日を強く望んだ。


令和3(2021)年9月25日13:42~9月30日20:20作成


Mのお題

令和3(2021)年9月25日

「星詠みの少女」

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