第6話ある晴れた日の会議の午後

「うわぁぁぁぁぁぁ」


 西岐サイキ城―シュウ城―の一角にある会議室に、壁1枚が壊れるのではないかと思う程の叫び声が、辺りに響き渡る。


 部屋には、双子と思わしき人物が2人いて、1人は土で出来た床の上に散らばる何やら見た事のない文字が沢山書かれている白い紙を睨んで立っていた。


 もう1人は、同じように立ってはいたが、呆れた眼差しを床へと注いでいる。


「こ、こんな難しいこと、ちまちまやっていられるか!」

「……呂望リョボウさん、ここは西岐サイキ城の会議室だから、少し落ち着こう」


興奮気味の呂望(リョボウ)に、冷静沈着な言葉をかける呂尚ロショウ


 これではどちらが年上なのか悩むところであるが、実際は言わずもがなである。


 何故、彼等がここにいるのか。


 それは、如何にして宿敵殷インを打ち倒す為の会議を、姫昌キショウとその子供の姫発・旦を含む10人程で開催していたからである。


 集まった人達は、土を平らにして作った床に円を描くかのように腰を下ろし、太陽が天高く昇るまで、話し合いを重ね続けた。


 その結果、呂望リョボウ達がいるこの国ー西岐サイキだけでインを倒そうとしても、出来ることではないという答えに至ってしまう。


 では、どうすればいいのかと考えた挙げ句、ずは北を制している北伯候を説得して、味方につける作戦でいこうと決まったのだ。


 話し合いはここで一旦終わりを迎え、それぞれの持ち場へ戻ってから数分後、呂尚ロショウ呂望リョボウのあの叫び声を聞くこととなる。


“ああ、もう……”と、呆れた眼差しを散らばった紙に向けた呂尚ロショウ

「当たりたい気持ちは分かる。

でも、紙に当たっちゃいけないと思うんだ」

と、口を一文字に結んでいる呂望リョボウを優しく諭した。


「何だ、呂尚ロショウ

今日はやけに落ち着いていておるではないか?」

「そんなことないよ」

「会議中、珍しく発言しておった故、軍師代理の自覚が出てきたのかと思っておったのだが?」

「たまたま……

たまたま、良い案が浮かんだから、思い切って発言してみたまでだよ」


 謙遜しながらも、呂尚ロショウは嬉しさのあまり、笑みが零れてくる。


 そんな彼の態度に、呂望リョボウの気持ちも和んできたようで……


“ふぅ”と、溜め息を吐き

「叫んで悪かった」

と、珍しく頭を下げて詫びる呂望リョボウ呂尚ロショウ

「訊きたくないけど、何があったの?」

と、取り敢えず―面倒臭いと思いながら―訝し気に訊ねた。


「実は、仙人界で行う“封神の儀”の本番が、あと5年を待たずして始まってしまうのだ」

「それは、大変だね……」


 決して“君がさぼっていたから”なんて言わないところが、呂望リョボウの扱いに慣れてきた証拠である。


“封神の儀”というのは、仙人界で行われる1500年に1度の壮大なイベントで、下界で言うなら大手企業の入社式といったところだ。


 そこから道士―仙人の卵―達が各仙人のモトに振り分けられ、修業に励むのである。


 その祭りの総指揮の担うのが、他ならぬ呂望リョボウなのだ。


 そして、西岐サイキの軍師も務めている彼は、当然ながら忙し過ぎて手が回らず、隣りで呆れた顔を見せて立つ呂尚ロショウを、畑から拉致……いや、丁重に迎え入れたのである。


“それは僕にはできないなぁ”と、彼に瞳で訴えても気付かないことぐらい知っていた呂尚ロショウ

「何とかならないもんかな?」

と、一緒に考えるふりをした。


 そこには“きっと何かとんでもない提案してくるに違いない”という、警戒も入っている。


「そこでだ、呂尚ロショウ

(きた!)


 呂尚ロショウは、呂望リョボウの発言に思わず身構えた。


「おぬしがわしの代わりに北へ向かってもらいたい」

「嫌だよ、そんなの!」


 速攻で断る呂尚ロショウに、眉をひそめる呂望リョボウ


“何故?”と瞳で訴える彼に怯むものの

「僕、軍師の仕事なんてやったことない!」

と、取り敢えず無駄な抵抗をしてみる。


 だが、呂望リョボウは本気らしく……


「良いではないか!

いい経験になるし、分からなければ喋らなければいいのだ」

「それじゃあ、仕事にならないよね?」


 呂尚ロショウは、ムスッとしてそう訊ねている間にも、なんとかこの仕事に携わらなくてもいい方法を考えていた。


 その時である。


「太公望殿」

「如何なされましたか!?」


という、切羽詰まった聞きなれない声が、薄暗い廊下の奥の方から聞こえてきた。


 その声を聞いた呂尚ロショウは、瞬時に“助かった!”と心の中で安堵して呟く。


 戸口で覗いて身を固くした兵士達を見た彼は、“これは使える!”と、咄嗟に判断したのだろう。


 呂尚ロショウは何を思ったのか、突然ビシッと呂望リョボウを指差し

「わしの目の前にいるこの者は、曲者である!」

と、大声で叫んだ。


呂尚ロショウ?」


“な、何を申しておる?”と、当然事態を把握出来ない呂望リョボウが、困惑顔で口を開きかける。


 が、しかしそこは彼の隣りで一緒に仕事をしている呂尚ロショウ


 喋ろうとする呂望ロショウよりも先に

「この者はわしに化けて、西岐サイキの機密事項を盗もうとした。

よって、今すぐ独房に閉じ込めるがよい!」

と、声を高らかにあげて命令した。


“独房に閉じ込めておけば、暫くは趣味である畑に精を出せる"


 そう考えた呂尚ロショウは、内心でニヤリと勝利の笑顔を浮かべる。


 だが、兵士達には同じような顔つきが2つあること自体、不思議でならず……


 彼等の思考は“どちらが本物なのか?”を暴く方へと、駒を進めようとしていた。


「何をやっておる、早く連れて行かぬか!」

「お、おぬしがわしの真似をしても、そんな猿芝居では誰も言うことなど聞かぬわ!!」


“突然何を言い出すのかと思いきや”と、不貞腐れて呟く呂望リョボウ


「それはどうでしょう、偽太公望殿?」


 いつの間に戸口に立っていたのであろう。

20代前半の男性が自信満々にそういい放つ。


タン!?」

姫旦キタン様!」


 呂望リョボウの驚きの声と呂尚ロショウの嬉しそうな声が、ものの見事に重なって部屋に響いた。


 その人物は、姫昌キショウの四男で、背が高く整端な顔立ちであることから、ここ西岐サイキ城では人気がある。


 彼こそ、後に武王の息子である成王セイオウの摂政として活躍する、周公旦シュウコウタンであった。


「太公望殿、その者が常日頃から付き纏っているという輩ですか?」

「えーっと、はい!」

「お、おぬし、今なんと」

「それでは、身に危険が生じる前に捕らえましょう!」

「これ、姫旦キタン!?

偽者は目の前にいる呂尚ロショウ……

うわぁぁぁぁ、な、何をする?」


“離せ、離すのだ!!”と、最後まで抵抗するも、兵士達にがっちりと両腕を掴まれ、無理矢理独房へと連行されてしまう呂望リョボウ


 叫び声をあげて連れていかれる彼の姿に心を痛め、“呂望リョボウさん、ごめんね”と辛そうに謝った。


 その声もやがて暗い廊下に吸い込まれるように掻き消え、いつもの静寂が戻ってきた頃。


「姫旦様、助かりました」

「いいえ、私も彼には少し反省してもらわないとと思っておりましたので」

「反省?」


“反省って、他にやっていたのかな?”と思いながら、目を丸くして聞き返す呂尚ロショウに、大きく頷いた姫旦キタン

呂望リョボウ殿、インを倒す会議なのに、“封神の儀”の資料をとても熱心にお読みになられておりましたので、少々カチンときましたから」

と、真面目な表情カオでそう言って

「暫く独房に入って、頭を冷やしてもらおうと考えた次第です」

と、にっこり笑って言葉を付け足す。


 その笑顔がいつになく怖かったようで、側で理由を聞いていた呂尚ロショウも、“この人の前では真面目に取り組もう”と、誓うのだった。


「さて、時間も空きましたし。

アワの生育状況でも見に行きませんか?」


“最近あまり外には出ていらっしゃらないでしょう?”と、気を遣ってくれる姫旦キタン


 その嬉しさに喜んだ呂尚ロショウは、満面の笑顔を浮かべて

「はい!」

と、返事をする。


 しかし、一見呂望リョボウの要望をまんまと跳ね除けた彼等であったが、後々北の国へ行く羽目になるとは、この時全く考えてもみなかった。


令和3(2021)年5月26日~6月13日18:28作成

Mのお題

令和3(2021)年5月26日

「"うわぁぁぁぁぁ"から始まる物語」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る