第3話彼に吐いた本音と嘘

「おぬし、夕方になるまで何処をほっつき歩いておった?」


 そんな言葉を発した青年―呂望リョボウは、いつもより困惑した表情を浮かべている。


「何処って……ちょっとそこまで」


 片や、もう1人同じ背格好の青年―呂尚ロショウが、矢張り困惑した表情で答えた。


 別に出掛けることが悪いわけではない。


 ただ、もしもの時を考えて行動してもらわないと、大変な目に遭うという事を、呂望リョボウは過去に何度か注意をしていたのである。


 呂尚ロショウの場合は、不自由はないが軟禁状態が多い為、ストレスも溜まるのであろう。


 時折、誰にも気付かれぬように外へ出ては、空や木々達を愛でて、心を癒してくるとといった行動を、呂尚ロショウはとても楽しみにしている。


 だが“今日の行動は少しおかしい”と呂望リョボウの長年の勘が告げていた。


「何処へ行っておった?」


 呂望リョボウはいつもよりもきつい瞳を向け、口を割らない呂尚ロショウに再び問いかける。


 呂尚ロショウはバツが悪くなったのか、彼から天井へと瞳を移した。


 だが、彼の中で考えが纏まったのだろう。


 呂尚ロショウはまだ睨んだままの呂望リョボウに、ゆっくりと視線を合わせ

「桃源郷に行ってきた」

と、短く説明する。


「桃源郷?

何故、人間が行ってはならぬところへ?」

「……行ったというより、招かれたんだ」

「招かれた?」


 呂望リョボウ呂尚ロショウの素っ気ない態度に、瞳を丸くした。


 桃源郷自体は、人間達の言葉で言うなら、ただ桃の花が咲き乱れる観光地にすぎない。


 故に招かれることなど有り得なかった。


 あるとすれば、会ってはいけない人物と会う為に桃源郷に出向いたとしか考えられない。


“まさか”という否定したい気持ちはあったが、矢張り呂望リョボウの勘が危険を告げていた。


「……おぬし、誰と会っておったのだ?」


 そう問うた彼の瞳が、ますます厳しくなる。


 だが、呂尚ロショウがそこまで答える気はないのだろう。


 頑なに口を閉ざす彼に、埒が明かないと判断した呂望リョボウは、スーッと肩の力を抜くと同時に、深い溜め息を吐き

「言いたくないならそれでもよい。

どうせ、桃源郷のような桃の花が咲いておる場所を見つけて、眺めておったのであろう」

と、彼なりにイメージしたことを伝える。


「……違うんだ、呂望リョボウさん」

「?」


 呂尚ロショウの今にも消えそうな声が、無闇に口を開けない思いを、ひしひしと伝えた。


 それぐらい呂望リョボウにだって分かる。


「違うとは一体」

「じょかっていう神様ヒトに会ってきた。

綺麗な服を着た、艶やかな神様ヒトだった」


 呂尚ロショウは、呂望リョボウの問いかける声を打ち消すかのように、言葉を重ねてそう答える。


「神界にいるはずのじょか様が、何故呂尚ロショウに会うために、桃源郷へ出向かなくてはならぬ?」


 呂尚ロショウとじょかの行動に対し、疑念をイダ呂望リョボウ


 じょかは仙界の更に上にある神界に住む女神で、神官を務める呂望リョボウでさえ会う事が出来ない、言わば“雲の上の存在”である。


 なのに何故、呂尚ロショウは彼女に会う事を許されたのか?


 思案するも、答えなど一向に出てこない。


 ここでもう一度呂尚ロショウに問えば済む事だが、恐らく口を割らないだろう。


 それは彼の中で言ってはならないのか、それともただ考えが纏まらないだけなのか……


 いずれにしてもこの問題は、時間が経たないことには、解決の糸が見い出せない。


(しかし……本当に時が経てば、解決する問題モノだろうか?)


戸口から吹き抜ける風に背を押され、呂望リョボウが自問し始めた時だ。


「ねぇ、呂望リョボウさん」


 呂尚ロショウが何故か困惑した表情で、静かに名前を呼ぶ。


 その声が、ただでさえ薄暗く染まっていく部屋を更に暗くしていった。


「どうした、何かあったのか?」

「そうじゃないけど」


 普段はあまり見ない呂望リョボウの慌てぶりに、思わず呂尚ロショウは苦笑する。


 彼が口を開こうとした瞬間トキ


呂望リョボウ様、灯りを」


 1人の兵士が、いつもの金属製の器を持ってきたことを告げる。


「あ、ああ、そこに置いておけ」


“後はわしがやる”と、早口で命令して、チラリと呂尚ロショウを見る呂望リョボウ


呂尚ロショウの姿を見られたら、大騒ぎになる”


 その態度から、明らかに慌てていると手に取るように分かった。


 呂尚ロショウはその姿に安心を覚え、溜まっていた思いを溜め息と共に吐き出す。


 そして小さく笑い、再び彼の名を呼ぼうとした時だった。


呂尚ロショウ、邪魔が入った。

して、何があったのだ?」


 呂望リョボウは、兵士が置いていった、煌々と灯る火を、ベッドへ持って行きながら、そう訊ねる。


 それを、頭の上にある木製の机に静かに置いた彼が、すぐに口を開かないのは、呂尚ロショウの胸の内が口から零れ落ちるのを待っているからであろう。


 灯りのせいで多少明るくなった部屋に佇む呂尚ロショウ表情カオが、何かを訴えようとしていることに呂望リョボウは気付く。


 それと同時に“ちゃんと受け止めるから言ってみよ”と、強い眼差しでそう訴えた。


 それをひしひしと感じた呂尚ロショウは、意を決して口を開く。


「皆の協力のモト、牧野の戦いで勝利を収めた今、僕達は近いうちに別れる日がきっと来る」

「うむ」

「近日、武王様から土地を与えられるという噂が、そこかしこで流れているけど、僕に与えられる場所は決められていない」

「そのようだのう」


 呂望リョボウはなるべく呂尚ロショウの言葉を余すことなく、一言一句

丁寧に掬い上げるように、深く頷いた。


 そうすることで、彼が今感じている不安などを取り除けると考えたからだ。


 また、彼の意見に同意する仕草を見せれば、じょかに会った理由を上手く聞き出せるという目論見もあり……


(口を割らせるには、2つ3つの作を考えておくのが必要だよ)


 それがこの呂望リョボウの得意とする作戦であった。


「だけど、僕は政治に携わったことがないから不安が多くて」

「それなら心配には及ばぬ。

国の情勢が落ち着くまで、このわしが側におる」

「それはそれで嬉しいけど……」


 呂尚ロショウ呂望リョボウの純粋な申し出にどう対応していいか分からず、暫く口を噤む。


 彼と話すといつの間にか梶を握られ、丸く収められてしまうが、今日という今日は、自分の意見をはっきり伝えようと、あれこれと考えを巡らせた。


“これから先、1人でやっていく為に”


 呂尚ロショウはこの状況から抜け出す為の打開策を見つけようと、考えに考えた挙げ句、手っ取り早く話題を変えることにした。


「あの、呂望リョボウさん」

「何だ、先程から黙ってみたり、口を開いてみたり……

一体おぬしは、何がしたい」

「僕がじょかさんに会ってきたのは、呂望リョボウさんの体質について訊きたかったからなんだ」

「なぬ?」


 呂望リョボウは、呂尚ロショウの決死の告白に目を丸くして聞き返す。


 体質……それは世の人々が高い感心を持つ、不老不死と呼ばれるものだ。


「何故……そんな小さな事で、じょか様に会いに?

その事はおぬしにも分かり易いように説明を」

「じょかさんなら1番上の神様だし、呂望リョボウさんの体質を治せると思ったから」


 呂尚ロショウ呂望リョボウの言葉を遮り、本音をぶつける。


 呂望リョボウは、彼が自分の知らないところで行動していた事に、驚きを隠せなかった。


 そして、神々しい存在として君臨する彼女に、直談判しにいくという許し難い行為をした事に対しても、やり場のない怒りをひしひしと感じる。


 それでも呂望リョボウは、声を荒らげることはしなかった。


 自分に対する優しさから出た行為だと知っているからこそ、これ以上追求は出来ない。


「そうか」


 呂望リョボウは一言そう言って、真剣な眼差しを向け続ける呂尚ロショウから、目を逸らした。


“分かってくれた”


 彼の何気ない行動を、そう解釈したのだろうか?


 呂尚ロショウは嬉しくなり、思わず笑顔が溢れ出す。


「じゃあ、呂望リョボウさんは生まれ変わりっていう現象モノを信じる?」

「何をまた、唐突に?」

「ねぇ、信じる?」


 言い淀む呂望リョボウに、答えを急かす呂尚ロショウ


 いつも通り、他人に甘えたい時にやる彼の行動の1つである。


 呂望リョボウはその態度に“もう心配はいらぬな”と、感じると同時に、彼を納得させる答えが見つからない為、また沈黙を招いてしまった。


 この長い間生きていて、そのような事例聞いた事がなく、そんな人物にも出会わないからである。


(しかし、もしもそのようなことがあるのならば、今まで目の前から去って行った者達に、再び出会ってみたい気がする)


“夢のまた夢だが”と、自分に言い聞かせながら

「ああ、信じておるよ」

と、呂望リョボウはいつになく優しい眼差しでそう伝えた。


 いつか、彼もこの世を去る時期が必ず訪れるだろう。


 だが、未来でもう一度会えると分かっているのなら、不安や恐れは何もない。


 例え今の記憶がなかったにしても、きっと長い時間を経て出会えることは、本人にとっても嬉しいはずだ。


 呂望リョボウは、そんな思いも込めて、不安に満ちた表情カオで答えを待つ呂尚ロショウ

「いつ何処で出会えるかは分からぬが、その時はまた宜しく頼む」

と、真っ直ぐな瞳でそう告げながら、手を差し伸べた。


「……うん、必ず見つけ出すよ」

「たわけ、見つけ出すのはわしの方だ」

「有難う、楽しみにしているよ」


 呂尚ロショウは彼の手を温かく包み込み、尚且つ強く握りしめる。


 少々ヒヤリとした呂望リョボウの手の温もりが、彼の決意を一瞬だけ諦めさせた。


 が、しかし彼はその気持ちを打破するかの如く、長く手を握り続ける。


呂尚ロショウの手は温かいのう」


“まるで師匠のようだ”と、感慨深く呟いた呂望リョボウは、静かに微笑んで手を離した。


「わしはちょっと外へ出る。

おぬしも夕食の時間が来るまで、ゆっくりと寛ぐがよい」

「うん、そうするよ」


 呂尚ロショウは、彼の手を握っていた右手を左手で愛惜しそうに、そう返事をする。


 彼の姿が視線から外れた頃、呂尚ロショウの双眸から静かにゆっくりと涙が伝い始めた。


呂望リョボウさん……ご免。

僕は、本当は……二度と……」


 言葉にならない言葉を、呂尚ロショウは届かない相手に送り続ける。


 深い夜が刻一刻と迫る中でも、呂尚ロショウの涙は後悔を洗い流せず、そのまま地面へと吸い込まれていった。


令和3(2021)年4月1日

Mのお題

「ホントの話にウソをひとつだけ」































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