第2話何故、そうなる?
「呂尚 《ロショウ》、何処へ行っておった?」
“探したぞ!”と、少々困惑した顔で近寄って来た呂望 《リョボウ》。
“何だろう?”と思いながら
「何かあったの?」
と、キョトンとして訪ねてみる。
「どうもこうもない」
部屋に差し込む僅かな月明かりに背を向けた呂望 《リョボウ》は、呆れ声でそう叫び
「桃源郷にある仙桃 《セントウ》という品種の大きな桃があって、それが例年よりも今年の方が、実の数が少ないのではという噂が流れておってのう」
と、眠気眼の呂尚 《ロショウ》に伝えた。
だが、寒いトイレから帰ってきたばかりの
欠伸を噛みしめて
「それは大変だね……」
と、同情の言葉を掛ける
「それで、今から桃源郷へ向かわなければならないのだ」
と、いつになく早口でそう告げる。
「えっ、今からって……夜中だよ?」
「そうだが、桃林を管理する一つ目鬼から至急来られたしと伝言が来てしまってな」
「至急……来られたし……」
呂望 《リョボウ》の口からさらりと飛び出した言葉を、呆気に取られた表情で繰り返した呂尚 《ロショウ》。
“神官も色々と大変だな”と、今度は本気で心配したその刹那。
「それで申し訳ないが、明日の会議は出られぬと、
「分かった、いいよ!」
“伝えておくから、安心して!”と、呂望 《リョボウ》の不安を取り除くかのように、呂尚 《ロショウ》は伝言を引き受ける。
「そうか、では宜しく頼む」
ホッと一息吐いて呂望 《リョボウ》は、安堵の表情の見せる。
そして、漆黒色に染められた上着を羽織り、颯爽と部屋から出ていった。
やがて遠くから馬の嘶きが聞こえてくる。
“今、桃源郷へ向かったんだな”と、虚ろな表情で確認した呂尚 《ロショウ》は
「あー、眠い!」
と、部屋に誰もいないことをいいことに、大声で叫んで再び眠りに就いた。
翌日、目が覚めた
「呂望 《リョボウ》さん……無事に辿り着いたかな?」
“真っ暗だったな”と、数時間前の出来事を思い返し
「やっぱり……神官と軍師を両立させている
と、甚 《ハナハ》だ感心した彼は、身支度を済ませて朝食を摂りに食堂へと向かった。
食堂は呂尚達が住む本殿から少し離れた場所にあり、働いている人々は皆、大抵ここで食事を済ませる。
この時代にしては栄養豊富な食事が出来るとあってか、早めに行かないと座れないといった状況に陥る為、時間になると同時に一斉に動き出す程、人気スポットだった。
さて、食堂の入り口を潜った
約50人程の人々が、三和土 《タタキ》の上に堂々と腰を下ろし、支給された食事を雑談を交えながら摂っていたからだ。
まるで野営にも似た光景に、声も出ない呂尚 《ロショウ》。
それでもボーッとしていたのでは、朝食が食べられないと言い聞かせ、食事を提供しているところまで歩みを進めていく。
その時、先に来ていた姫旦 《キタン》に声をかけられ、
彼は
姫旦 《キタン》は貴族の身でありながら、こうして時間を見つけては住人が集まるところへ顔を出し、会話を楽しんでいた。
こうすることによって、人々の様子はもとより、何よりも深い絆が生まれると、彼自身信じているのである。
そんな彼を、
「おや?」
訝し気な声を上げた姫旦 《キタン》は
「今朝は呂望 《リョボウ》さんと一緒ではないのですか?」
と、目を丸くして訊ねる。
彼の言う通り、普段の
その為、理由を知らない者達が見かけると、殆どが双子だと勘違いした。
呂望 《リョボウ》はこの光景をいつも楽しんでいたが、呂尚 《ロショウ》は心の片隅で彼等を騙しているという行為に申し訳ない気持ちで一杯で……
まぁ、恐らく呂望 《リョボウ》が詳しい経緯を説明するのが面倒で、そのような行いに走っていると信じたいという思いも少なからずある。
「呂尚 《ロショウ》さん?」
「あっ、はい?」
「てっきり今日も呂望 《リョボウ》さんと一緒に姿を現すのかと思っていたのに……」
「……たまには僕だって1人で行動しますよ」
呂尚 《ロショウ》は何故か小さな怒りを感じ、思わずそう返した。
姫旦 《キタン》は彼がいつまでも一人立ちが出来ない子供だと言ったわけではない。
それは良く分かっているが、いつも呂望 《リョボウ》中心に物事を見られているのが嫌で仕方なく、胸の奥で燻っていた思いが溢れ出し……
その感情が姫旦 《キタン》の台詞に反応して、つい本音が口から出てしまったのだ。
「あっ、ごめんなさい……」
「いえ、私も何か言ってはいけないようなことを口に出してしまったようで……」
「ち、違います」
姫旦 《キタン》の申し訳なさそうな台詞を否定した呂尚 《ロショウ》だったが、これ以上言葉が出せず、気まずい空気を遣り過ごすように俯いた。
暫くの間、言葉を交わせない2人。
周りには食事を終わらせた兵達が、何やら楽しそうに会話しながら脇を通り過ぎていく。
家族の事、恋人の事、瞳に映った風景等。
いつ戦闘が起きてもおかしくない状況の中で、こんなに沢山の笑顔を浮かべて会話が出来るのは、きっと仲間と共に食事をする時間だけではないだろうか?
(僕、朝ごはんを食べに来たのに、何で
故になかなか今の自分の気持ちを上手く言い表せずにいる。
そんな呂尚 《ロショウ》の困惑した態度を見兼ねた姫旦 《キタン》は、ごく自然な口調で
「話題を変えましょう」
と、優しくそう提案した。
「ときに、呂望 《リョボウ》さんは何処へ行ったのでしょうか?」
「呂望 《リョボウ》さんは、えーと……」
本来の質問を不意に訊ねられた呂尚 《ロショウ》は、一瞬呂望 《リョボウ》の伝言を思い出せず
「呂望 《リョボウ》さんなら、仙桃 《セントウ》がどうとか言って、夜中に飛び出していきましたよ」
と、眠い目を擦りながらそう伝える。
「戦闘……それは一体何処で?」
姫旦 《キタン》は急に不安な表情を浮かべ、欠伸を噛み締めている呂尚 《ロショウ》に再び問いかけた。
「あー、何処だったかな……」
確か桃源郷って言ってたような?」
「東の方ですと?」
“それは大変だ!”と叫ぶ姫旦 《キタン》の顔が、みるみるうちに青冷めていく。
東の国には、前に
それを教訓に、今回は
逸る気持ちを胸にしまい、《キタン》姫旦 は厳しい表情になると
「兎に角こうしてはいられません。
東のどの辺へ向かったのですか?」
と、いつになく早口で訊ねる。
「えっと……確か○○川の岸の向こう側って言っていた」
「分かりました、それでは今すぐ援軍を連れてその場所に向かいます!」
姫旦 《キタン》は決意新たにそう言うなり、勢い良く食堂から飛び出した。
この時、呂尚 《ロショウ》が彼の勘違いを訂正していれば。
いや、その前に呂尚ロショウ に同じ読み方でも意味が違う2つ以上の漢字があることを知っていれば、きっと今頃は静かな場所 《トコロ》で頭を悩ます会議が、延々と続いていたかもしれない。
その日の午後、桃源郷の仙桃 《セントウ》の木の様子を確認しに行っていた呂望 《リョボウ》は、頬を緩ませながら出入口まで歩みを進ませていた。
それは、彼自身が思っていた以上に状況が酷いというわけではなかった故に、張り詰めていた気持ちが軽くなったのだろう。
「今度は
“きっと感動するに違いない”と半ば確信して、
「な、何だ……この光景は?」
驚愕した彼の目の前に広がっていたのは、武装した何十人もの兵士が、右往左往している光景だった。
彼等のような者達が、敵もいない川の畔で一体何をしているのかと、呆気に取られている呂望 《リョボウ》には、当然ながら状況判断出来ない。
そんな彼の姿を、遠くから見つけた
「
と、大きく手を振りながら声を張り上げた。
「おぬし、何を言っておる?
魚はいるが、攻撃しようとしている敵など、微塵もいないわ!」
「いや、しかし」
「しかしも案山子 《カカシ》もないわ!
ともかく近隣の集落の住民達のいい迷惑だ」
“早々に立ち去れ!”と、血相を変えて呂望 《リョボウ》は必死に追い返す。
彼の言うことを渋々飲み込んだ姫旦 《キタン》達は、何処か納得いかないながらも、がっくりと肩を落とし、その場から姿を消した。
「まったく、呂尚 《ロショウ》の奴は何と伝えたのだ?」
思い切り頬を膨らまし、伝言を託した呂尚 《ロショウ》に呆れながら、
”帰ったらとっちめてやろう”
そう心に誓いながら……
お仕舞い
Mのお題「伝言ゲーム」
題名「伝え方」
章題「何故、そうなる?」
令和4(2022)年2月18日12:10~3月12日23:00作成
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