第26話願い事は?

 ここはRAYARD MIYASITAPARK 施設内。


 つい先日建てられた、自由と活気が溢れる、渋谷の商業施設であるこの場所に、多くの若者達が買い物を楽しんでいる。


 皆、何に興味を持っているのか、それとも一時的に騒ぎたいだけなのか、思い思いの感情を周囲の人々に遠慮せず、大きな声で会話をしていた。


 そのせいだろうか?


 辺りに良く響き、幾重にもかさなる声が、まるで異世界にでも来たのではないかという錯覚を生み出す空間を作っている。


 そんななか、彼等の会話をよそにリズムよく歩く高校生が一人。


 カジュアルな服装に身を包み、表情ひとつ変えず歩みを進める少年は、特に彼等の話には気にも留めていないらしく……


 いや、本当は華やかで明るく振る舞う彼等の話す内容が、気になって仕方がないのだが。


 立ち止まり、会話に聞く耳を立てていたら、それこそ友人との待ち合わせの時間に遅れる為、通りすぎる他はなかった。


 それでも彼等の会話は否応無く耳に入ってくることとなり……


 少年は何気なく耳をそばだてながら、何組もの家族連れや恋人達の横をすれ違い、分からないように頷いて

「今の若者達は、良く喋るのう……」

と、呆れと感心が入り混じった心境をポツリと吐き出す。


 彼自体好んで外出することはない故に、こんな光景は慣れておらず、そのせいかどのような態度をとって良いのか分からなかった。


 恐らくそれが彼の本音である。


 天井を見上げてみれば、白銀色の鉄骨が綺麗に編み込まれていて、建物全てが芸術性に溢れており、技術力がかなり高いとみた。


 彼が生まれた気が遠くなる程の昔には、こんなモダンな建物は1つもない。


 当然と言えば当然だが、矢張このような建物モノがあったらあったで、“きっとここの集落には、さぞかし裕福なオサが住んでいるに違いない”ぐらいにしか思われないであろう。


「いかん、いかん、わしとしたことが!」


“あの風景はもう何処にもないのだぞ”と自分を諌め、

ふぅっと大きな溜め息を吐く。


 そして、待ち合わせの白いパネル目指して、歩くスピードを上げた。


 真っ直ぐに続く白く広い道を、どのくらい歩いたのだろう?


 屋上へ向かうエレベーターまであと数百メートルという所で少年が見つけたのは、空想映画祭というイベントの告知ポスターである。


 プロの映画監督が“こんな映画を作れたらいいな”という物語やプロットを作成し、それを読んだアマチュアのイラストレーターがイメージイラストを提供するコンテストらしい。


 この場所には、そのコンテストで2次予選通過した10枚のポスターが、まるで頂点を競うかのように、所狭しと貼られていた。


 各々から感じられる熱気と迫力に呆気にとられた少年ー縹宝ハナダタカラは、暫くの間時間を忘れる程じっくりとポスター達を眺める。


 彩りを重視しているものや、題名・粗筋といったものからイメージしたと思われるイラストから放たれるメッセージとはまた別の何かが、このポスター達には隠されているようで……


 宝は何とかそのメッセージとやらを読み取れるまで、その場から離れようとはしなかった。


 ふと、何気なく右の方を見ると、何故かそこだけ何も貼っていないまっさらなパネルが一枚あることに気付く。


 何故だろう……


 宝は何故か他の鮮やかなポスターよりも、このパネルの純粋な白さに惹かれていった。


 いや、惹かれたのではなく、見えない未来を突きつけられたかのような感覚に呑まれ、抵抗出来ずに動けなかったという方が正しい。


 ぼんやりと白いパネルをどのくらい見ていたのか。


 ふと、人の気配を感じた宝だったが、振り向こうとはせず、パネルにだけ視線を注ぎ続ける。


 そんな彼の背中越しから、同じ年齢程の少年のやんわりとした声が聞こえてきた。


「望ちゃん、どうしたの?

白いパネルをじっと見て、何をしているの?」


(遠い昔の名前で呼ぶでないと、あれ程……)


 内心で宝はさも面倒臭そうに呟いて、その少年に気付かれぬよう、少しだけ顔を動かした。


 訝し気に訊ねた少年の右腕には、扇が丹精込めて縫ってくれたエコバックが提げられている。


「なんだ、普賢か」


“遅かったのう”と、まるで今気が付いたかのような口調で、何処か呆れ顔の少年を迎える宝。


(何食わぬ顔って、こんな感じ?)


 普賢と呼ばれた少年は、宝に相手にされていないなとでも思ったのか、心の中で不満をぶつけた。


 だが、そこは仏の道を歩む者なのだろう。


 彼は負の感情を表ださにせず、笑顔で

「何だって……失礼だなぁ、望ちゃんが一緒に行こうって誘ったくせに」

と、さらりと返す。


 そして、拗ねた表情を浮かべた少年-普賢菩薩は

「そのパネル、随分気に入っているんだね」

と、まだ振り向く気配を感じさせない宝に話しかけた。


 普賢菩薩は宝の竹馬の友である。


 長い時間トキの中で一緒にいた時期は短い時間モノであった。


 だが、宝が彼に“普賢菩薩”という称号を与えた瞬間からずっと、つかず離れるを繰り返している。


 今日もこうして彼に誘われ、遊びに来た。


 当然ながらこの後は法事という名の仕事が待っている彼だったが、逆に宝に会うことが息抜きになっているのならば、特に我慢しなくてもいい。


 普賢は厳しい教えを受けながらも、心の奥ではしっかりと自分にそう言い聞かせていた。


 そんな心の広い彼にも限界というものはある。


 それが今だった。


 暫く待つものの、なかなか返事をしない彼に対し、普賢は嫌気が差したのだろう。


「そんな真っ白いパネルをいつまでも見ていて飽きない?」


 思わず、彼の口から出た本音が宝の心を動かしたようで……


「この白いパネルは、今のわしの心の色と同じと思うと、目が離せなくなってな」

「?」

「将来を決めかねておる」

「将来……確か、大学に進学するって決めたんだよね?」

「まぁ、そうだが……

まだ先の事だ、決心したとて気持ちは揺らぐ」

「……そうだね」


 普賢はスーっと瞳を細め、宝の心に同調する。


 彼がこの町に来たのが昨年の6月だった。


 それから1年近く経つ間に、中学編入や高校受験・中学校卒業、そして高校入学といった、人生において重大な波を一気に味わうこととなる。


 一般ではゆっくりと準備をしていくものなのだが、彼はそれをする余裕がなかったのだ。


 それでは気持ちが落ち着いた頃に、疲れが溢れ出るのも無理はない。


 まして、学校という初めての場所で、正直何をすればいいのか、彼自体まだ良く分かっていないから、余計に悩むのだ。


 だからこそ、将来はじっくり考えて決めようという考えが、頭の片隅にあるのかもしれない。


「ところで、普賢」

「何、望ちゃん」

「それ……何を買ったのだ?」


 不意に普賢が手にしたエコバックの中味が、気になりだしたのか。


 宝は不思議な表情カオで、チラリとバックに目配せをして訊ねる。


「何だと思う?」

「勿体振らずに早く教えるのだ!」

「……」


 普賢はニコッと笑って袋に左手をそっと入れた。


 その仕草には品があり、流石釈迦如来様の脇待を務めているだけのことはあると、宝は心の中で深く頷く。


 そして、彼の笑顔は宝の胸の奥に潜む闇を掻き消すかのように差し込み……


 気付いた時には、カタクな心が和らいでいた。


「普賢?」

「はい、これ!」

「……何だ、駄菓子ではないか」

「好きでしょう?」

「そりゃ……嫌いではないが」


笑 みを絶やさない普賢は、ふ菓子とちびドーナツを、キョトンとしている宝の目の前に差し出す。


(この様子じゃ、文句をぶつけたにしても暖簾に腕押しだな)


そ う悟ったのか、宝は不機嫌な顔をしながらも、彼から駄菓子を受け取り、口へ運んだ。


 甘い味が、今まで悩んでいた内容を少しずつ溶かしていくように思えて、もうちょっとだけ何かを頬張りたい欲求に駆られる宝。


 しかし、欲望のままにねだるのもまた悪い気がして、向かい合って美味しそうに駄菓子を食べる普賢に言い出せなかった。


 宝がそんな思いを抱いているとも知らない普賢は、食べ終わったことを確認するや否や

「ねぇ、屋上に行かない?」

と、少々甘え声でそう提案をする。


「何を突然」

「何か……ふと、思い立って。

それに、いつまでもここで食べてもいいけど、恥ずかしいと思うよ」


“ちょっと人目が気になりだしちゃった”と、照れた様子で、辺りに視線を送った。


 宝もはにかむ彼を見てハッとなり、恐る恐る見回す。


 行き交う人々からは特に風変わりな視線を送られているわけではではないが、確かに通路で食べ物を頬張る者など、流石にいなかった。


 それに気付いた宝は、後ろめたい気持ちになって俯く。


 やがて、宝は溜め息混じりに

「……おぬしの観察眼には敵わぬな」

と、相変わらず優しい笑みを絶やさない普賢に、そんな言葉をかけ、屋上へと繋がるエレベーターへと向かった。


“待って、望ちゃん!”という声に一度も振り返らず歩みを進める宝。


 先程の行為が余程恥ずかしかったようである。


 エレベーターに乗ってからの彼等は、誰も乗っていないにも拘わらず、距離を置き、お互い背を向けて立っていた。


 たった数分という時の流れが、気まずさに拍車をかけ、話すことでさえ戸惑う2人。


(やっぱり何か言った方が良いのかな?)


 普賢がそう思って口を開きかけた時、エレベーターは屋上へ辿り着いてしまった。


(外へ出れば何とかなるかも)


 普賢は不安な気持ちを払い退けるかのように、自分に言い聞かせ、空いたドアが閉まらぬようによう、“閉”のボタンを押し続ける。


 その行動が、宝には“早く外へ出て”という合図に受け取れて、黙って先にエレベーターを降りた。


 屋上に出た2人の瞳に、これから闇へと夕焼け特有のオレンジ色に染まった空が飛び込んでくる。


 外は真冬なのに、意外と暖かく感じた。


 昨今、巷で叫ばれる温暖化のせいなのか、それとも隣に並ぶ心温かき友人のせいなのか。


 いずれにしても、長く外へ身を晒していても、暫くは凍えないで済むということである。


「何とも……綺麗だのう……」


 夕焼けに惹かれた宝が、感慨深くそう言って、渋谷の空を仰ぎ見た。

その途端、オレンジから青へと変わる境目に、得体のしれないキラリと光るものが瞳に映る。


「うん?」

「どうしたの、望ちゃん?」

「いや……あれは……何だ?」

「良く分からないけど、何か降ってくるよ!」


 2人は、突然目にした光景に声を呑み、その場に固まった。


 暗くなりたての空から降ってきたのは、大量の流れ星。


 まるで、宝達と後から屋上へ辿り着いた客達全てを歓迎するかのように、静かに且つ大胆に頭上を流れていく。


「随分とまぁ、大胆な演出だのう……」

「うん!」

「殺風景な冬によく似合う光景だな」


 彼等は感慨深く呟き、流星達が流れ続ける夜景から、暫く目が離せずにいた。


「望ちゃん、祈ろう!」

「えっ、祈る?」


 普賢の突然の申し出に聞き返す宝。


 彼が放った言葉の意味をちゃんと把握しよう。


 そう思って口を開きかける宝よりも早く

「この先も、ずっと幸せが続くようにって祈ろう!」

と、普賢の口が動いた。


「いや、しかし」

「望ちゃんの周りにいる人達の幸せも一緒に纏めて、流れ星に願いを託そう!


 渋る宝に半ば強引に頼み込んだ普賢は、自身も胸の前で手を組み、祈り始める。


 そんな彼の真摯な姿を見て、宝も何も言わずに瞳を閉じた。


(どうか、このまま普賢のソバに居られますように)


 宝は流れ星が消えるまで、何度も何度も祈り続けた。


令和4(2022)年2月24日20:37~5月1日01:02作成


Mのお題

令和4(2022)年2月23日

「空想映画祭特別企画 シナリオの空欄を埋めて下さいNo3」

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