第3話雨の夜に

 雨の中を濡れて歩く2人の陰が、夜の街を彷徨い続ける。


 時折通る車のヘッドライトに照らされる度、その人影が高校生の男女2人組だという事を示してくれた。


 今、彼等が無言で歩く道は、澁谷区の端駅東口前に続いている。


 その1つ手前のバス停が見えた時、2人はどんなに胸を撫で下ろしたことだろう。


「縹君、あそこにバス停があるよ」

「ならば、そのバス停で一旦休むとするか」

「そうだね、傘は差したけど、結構濡れちゃったし」


 ハナダと呼ばれた少年の提案を素直に受け入れた少女が、小さな愚痴を零す。


 2人は濡れた制服の感覚にどうやら耐えきれなくなったらしく…


 ひとまず見つけたバス停で制服を乾かそうと考えたようだ。


 少年の名は縹宝ハナダタカラ


 ショートレイヤーがよく似合う男子高校生で、東京都内にある孤竹高校に通っている。


 片や少女は小張奈義コハルナギといい、都内よりも遠い神奈川県の高校に通っていた。


 彼等は中学3年生の時に宝の養父である縹剣ハナダツルギが経営する声優教室で知り合い、今に至る。


 バス停に辿り着いた2人がやることと言えば、まずは濡れた制服についた雨粒を拭き取ることであろう。


「びしょ濡れだね」


 奈義ナギが花柄のハンドタオルで袖等を拭きながら宝に声をかけると

「そうだのう…」

と、矢張り同じく黒色のスポーツタオルで、首筋を拭きながら答える。


 しかし、彼の返事は何処か上の空だ。


“考え事でもしているのかな?”と、思った奈義ナギは、さり気なく彼の目線を追ってみる。


 彼の目はバスの案内板に向けられており、次のバスの運行状況を調べているように思われた。


 だが、奈義ナギはその行動にも疑問を持つ。


 宝の家は端駅東口から徒歩5分もあれば辿り着ける場所にあった。


 そんな彼が雨を避ける為に、態々ワザワザバスに乗り込むだろうか?


“否、彼は他に何か考えている”


 隣りにいた奈義ナギは、数分経っても変わらない宝の表情に注視していた。


  車がバス停の前を通る度に浮かぶ彼の顔を、段々と不安と困惑が混じる瞳で見つめるようになった彼女。


 そうとは知らず、宝は

奈義ナギ

と、普段通り親しく、しかし半ば真剣に声をかける。


「なっ、何、ハナダ君?」


 突然の呼びかけに驚いた奈義ナギは、恥ずかしさを隠す為、素早く彼から瞳を逸らした。


 だが、直ぐに彼女は宝の言葉に耳を傾けるべく、真っ直ぐな視線を向ける。


 そして、不思議そうにそのまま彼を見つめ続けて数十秒。


奈義ナギは、ウエディングドレスに興味があるのか?」

「えっと…いきなりどうしたの?」

「いや、さっきここへ辿り着く前に通った道沿いに、結婚式のアイテムが沢山並んだショウウインドウのところで立ち止まったから」


“関心の瞳で、興味深く見入っておった故”


 宝はまるで、見てはいけない姿を見てしまったと言わんばかりに、彼女にそう訊ねた。


「えっと…うん、興味あるよ」


 奈義ナギは彼の問いに薄らと頬を赤く染めて頷く。


「その…は、ハナダ君の側に…ずっといられたらいいなって考えていて」


“眺めながら、夢が叶えばいいなって思っていた”と、彼女は躊躇タメラいがちに、隣で自分を不思議そうな表情で見つめる宝に、胸の中で温めていた想いを告白した。


 宝はというと、少しだけ驚いた様子を見せたものの、数十秒後にはいつもの真面目な表情カオに戻り、呆れて深い溜め息を吐く。


「あのな、奈義ナギ

その気持ちはとても嬉しい。

だが、わしが高校生である前におぬし等と同じ時間を生きられぬこと、忘れてはおるまい」


 宝は優しくゆっくりと諭す口調で、真っ直ぐ見つめる奈義ナギに語りかけた。


「うん、知ってる」


 そう言いながら、コクリと頷く奈義ナギ


 その視線からは“絶対諦めない!”という文字が、今にも浮かんできそうである。


 宝だって奈義ナギの事は好きで仕方がなかった。


 だが、気か遠くなる程の昔に、とある事故に遭ってからというもの、不老不死に近い体になってしまったのである。


 それを理由に恋愛には興味を持てなかった宝だが、何故だろう、奈義ナギには出会った瞬間トキから惹かれていった。


 そして今日の告白である。


 少々の困惑を胸に抱え、彼は口を開いた。


「わしは一応人間であるが、このような他人ヒトとは変わった体質故、仙道としても認められておる身…

仙道は女性に現を抜かす事が御法度だと承知の上で…うっ!?」


 話の途中、宝の唇を柔らかい何かが塞ぐ。


 それは、薄紅色の可愛い奈義ナギの唇であった。


「っふう…って、何をする?

びっくりしたではないか!?」


“他人が見ておったらどうするのだ?”と、珍しく顔を真っ赤にさせ、何食わぬ表情カオで宝を見つめる奈義ナギを叱る。


「覚悟のキス」

「なぬ?」

ハナダ君が何者でも側にいるっていう、誓いのキスだよ!」

奈義ナギ、おぬし」

「もう、言わないで!!」


“恥ずかしいから、この事はもうお仕舞いにしよう”と、奈義ナギはまだほんのりと赤く染まった頬を、両手で押さえながら訴える。


 宝はそれ以上追求するのを止め

奈義ナギ…改札口まで送ろう」

と、何事もなかったふりをして、彼女に前を歩くよう促した。


「うん!」

 

 奈義ナギもまた、嬉しそうに大きく頷いて満面の笑みを浮かべる。


“やってみるものだ”


 その笑みには、そんな言葉が含まれていた。


 いつの間にか2人の頭の中から、制服が濡れていることなど消えてなくなり…


宝と奈義ナギは再び端駅を目指す為、雨宿りでお世話になったバス停をあとにした。


令和3(2021)年1月5日23:51~1月16日23:03作成












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る