第2話将来のことについて
オレの名は、
都内・
オレは隣り町にある
彼の正体はいつか分かるとして……
今日はオレの小さな悩みを聞いてくれたその友人の話をしようと思う。
先程も言った通り、オレの実家は薬屋だから、世間では息子のオレが当然跡を継がないといけない風情だ。
当のオレはこの通り、頭も素行もー恐らくー悪い為、今から頑張っても到底薬科大学など行けるわけがない。
ただ、そこで勘違いしてほしくないのが、うちの家族の考え方についてだ。
両親はもとより、や今は亡き父方の祖父母、曾祖父達は皆、自分達が培ってきた理想像を決して押し付けたりはしない。
故に、相手ー顧客もまた然りーの弱いところを突いて傷を付けるような、冷たい人間ではなかった。
きっと、薬で人助けをするに当たり、そういうことは昔から代々厳しく躾られてきたのだろう。
勿論、オレも例外ではない。
だからこそ、例の友人が抱える秘密も、すんなりと受け入れられたのだ。
それはさておき。
事の起こりは、昨日の帰りのホームルームで担任が配った、1枚の紙だった。
“来週の月曜日迄に出すように”と言われたその紙には、“進路希望調査表”という文字。
そんな指示を出されたクラスメイトの殆どが、ホームルームが終わった途端“ガヤガヤ”となにやら喋りながら、教室から足早に去っていく。
だが、オレと友人はまだ見えない“進路”という分厚い壁に周囲を囲まれているような感覚に陥って、なかなか席を立てなかった。
隣で調査表を見つめる彼は、普段は明るく、しかしながら何処か他人を俯瞰して見ている態度を、時折醸し出していて、オレとしてはとても気になる存在である。
その彼が、考える仕草をする度、右手に持ったシャープペンシルを走らせていた。
そんな珍しい光景ーと言ったら失礼だが―を目の当たりにしたオレは、“自分と同じで将来を迷っているとか?”
などと、少々の期待をしながら、友人ー
その
そして、背伸びをした目線の先に見えた調査表に書かれたことを、いけないと分かっていながらも覗き込む。
(えっ?)
オレは
1年にして、もう行きたい大学名が綺麗な文字で記入されていたからである。
「○○大学 言語学科?」
オレの口から”信じられない”という代わりに出た言葉は、国立大学の中でも有名な名前だった。
「
「うむ」
“うむじゃないだろう?”と心の中で突っ込みを入れたオレに
「何、わしが本気を出せば、簡単に合格出来る」
と、かなりの強気を口にする。
「ふーん……」
オレが縹のさらりとした悪気のない発言に、不貞腐れた返事をして直ぐ
「それにこの大学とやらにしか、
と、彼はいつになく落ち着いた口調で言った。
「そうか……」
彼の将来を見据えた発言に、オレはただただ感服して
「
と、何処か在り来たりな台詞を口にすることしか出来ず、正直悔しい思いが込み上げる。
そんなオレに、
「おぬしは、逆に将来何になりたいのかを決められぬのか?」
と、質問してきた。
「なりたくてもなれなさそうで」
オレは言葉を切って押し黙る。
気まずい沈黙が、オレ達の間にどのくらい流れれば、素直に話せるのだろう?
(聞いてもらいたかったくせに、何で今更逃げるんだ?)
“本当、オレはどっち付かずだな”と、自分のとった態度に呆れ、ますます気分が落ち込んでいく。
このまま会話を続けていても、いつしか喧嘩に発展するのは、目に見えていて……
気付けば会話は途切れ、
(そういえばオレ、ホームルームの時もこうしていたっけな……)
“全然聞く耳持っていなかったし”と、半ば投げ
すると、この様子をいつの間にか見ていた
「おぬしは窓にも興味があるのか?」
と、問いかけてきた。
「そういうわけじゃないけど」
かったるそうに答え、オレは彼に視線を移したと同時にハッとする。
その様子は、まるで心の奥まで読み取られているかのような錯覚を覚える程である。
(こいつに隠し事をするのは無理かも……)
"敵わないや”と、もう1度深い溜め息を吐いたオレは、
「実はさ、将来を考える度に、引っ掛かることがあってさ……」
と、真剣と困惑が入り
“引っ掛かっていること?”と
「いつの事だかは覚えていないけど。
こう……、窓に両手をついて、誰かと約束していたような記憶があるんだ」
と、オレは顔をしかめながらモヤモヤした記憶を説明する。
そして、彼がどんな答えを出すのか、窓から入ってくる夏特有の熱風と共に待つこと数分。
「
「……何で?」
「理由は、おぬしのその曖昧な記憶を思い出した時にこそ、進路が見えてくると推理したからだ」
そう告げた
「おぬしはきっと大切な誰かと約束でもしたのだろう。
しかし、何らかの小さな傷でも負い、それが原因で遥か彼方にその約束を忘れて来てしまったに違いない」
と、言葉を付け足す。
“何処が面白いんだ?”と、オレが訝し気な表情を浮かべたのを見逃さなかった
「それを思い出さない限り、この先の進路など見つかりはせん」
と、厳しい口調で告げた。
(それが出来ていないから困っているんだ)
オレが怒りを
「どうだ、この件をわしに任せてはもらえぬか?」
と、
「任す?」
「一緒に解決しようという意味だ」
「それは有難いけど、やっぱりまずは進路希望を何処にするか」
「だから、それは大丈夫だと言っておるであろう!
恐らくもう何回か実行するであろうから、差し詰め薬を売ることが出来る“登録販売者”とでも書いておけば、先生達も納得する。
彼等が期待する仕事に就かなくてはいけないと誰が決めた?
まだ高校生活は始まったばかりだ、なりたい職業(モノ)などコロコロ変わるのなんてざらだぞ?」
「まぁ、そうだけど……」
vこうまで説得されると、手も足も出なかった。
そして、その考え方が出来る彼が羨ましく思う。
そんなオレを見兼ねたかどうかは知らないが、一方的に捲し上げて喋った行動を反省したのか
「それに、周りと比べて焦って、なりたくない
と、彼は罰の悪い
「……分かった、取り敢えず進路を考えるの、は一旦保留にしとく」
オレは自分から折れる形で意見を取り入れる。
なら、ここは一つ冷静になって、先に前々から腑に落ちなかった悩みを、彼と一緒に解く方が楽しいのではないか?
そして、その行動がいずれ選びたかった進路へと繋がるのなら、尚更遣り甲斐がある。
“はっきり言ってくれて助かった”と、恥ずかしながら心の中で礼を言ったオレは、にっこり笑って
「それじゃぁ……善は急げというから、早速夏休みに行動に移そう!」
と、今度は
「そう急かすでない。
わしにだって用事やこの件に関しての準備がある故……
そうだのう……秋口まで待ってもらえぬか?」
「秋口までって……そんなに長く?」
「良いではないか、それまでの間に思い出すか、進路を考えておけば」
「はいはい」
オレが渋い
「良い答えが見つかるといいのう!」
と、笑いながら励ましてくれた。
やがて、話も尽きたオレは
「そろそろ帰ろうぜ」
と、今まで相談に乗ってくれた
「うむ、そうするか」
オレの
この時のオレは、“持つべきものは友達”という言葉の意味が、なんとなく分かった気がして、気分が晴れていくのをひしひしと感じる。
やがて、リュックに勉強道具などを詰め終わった
……とまぁ、話が長くなったが、これがオレの悩みを半ば解決に導いてくれた友人の話である。
なかなか皆に話す機会がない為、この場を借りて、オレの話を書いてみたのだが……
少しでも楽しんで頂ければ、幸いである。
サイドMのお題
「俺の話。」
令和3(2021)年8月3日~8月9日23:55日作成
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