ミカちゃんと、りっちゃん

まつりスプーン

第1話 ミカちゃんと、りっちゃん

 ミカちゃんと、りっちゃんは、小学校で出会った。1年生の時、同じクラスになって、花いちもんめや、かごめかごめをして遊んだり、お家も同じ方向で一緒に帰ったりしてるうちに、いちばん仲良しのお友達になった。


 二人は小学三年生になり、楽しく無邪気で、永遠とも思える時を共に過ごしていた。


 ミカちゃんは薄茶色の髪をいつもポニーテールに結んでいて、天然パーマで毛先がくるくるんとなっていた。明るく活発な女の子で、8歳の時に先生に恋心を抱き、その気持ちをりっちゃんに打ち明けてひそかな甘い想いに浸るに留まらず、ラブレターを書いて先生にこっそり渡したことがある。早熟でチャーミングな魅力があり、顔は何となくリスに似ていた。

 

 ミカちゃんのお父さんとお母さんは、喫茶店を営んでいた。メニューは、ハンバーグ、オムライス、カレーライス、マカロニグラタン、ミートソーススパゲッティ、ナポリタン、パンケーキなどで、ポテトサラダも美味しいと評判で人気だ。お昼時になると、喫茶店の隣にある車の販売店で働いている人達や、サラリーマンがよく食べに来て、満席になることも少なくなかった。夕方から夜にかけても、近くのマンションで住んでる人達や、家族連れで賑わっていた。


 りっちゃんは、綺麗なつやつやの黒髪で、お母さんに、いつも三つ編みに結ってもらっていた。おっとりしたお嬢さんという雰囲気が身体からふわふわぁと漂っているような印象で、勉強は出来たけど、運動は苦手だった。


 ミカちゃんと手を繋いで校庭を走ると、りっちゃんは、まるで風になったような気持ちがした。ブランコや雲梯うんていなどの遊具も、木々の緑も、他の生徒達も、りっちゃんの目の端をびゅんびゅん通り過ぎて、色の印象しか残らないほど速かった。きらきらした青空だけは、りっちゃんの瞳にはっきりと鮮やかに映り、とてもまぶしかった。


 風を感じることが出来るから、りっちゃんは、ミカちゃんと一緒に走るのが大好きだった。りっちゃんと手を繋いで、春風のように走りながらニコッと微笑んでくれるミカちゃんの笑顔が天使のように輝いて見えた。忘れられないぐらい純心で可愛らしい笑顔だった。


 どんなに仲の良いお友達でも、たまに二人は喧嘩した。何日もの間、怒ってお互いにしばらく口を聞かなかったりした。学校から帰る時も、道のあっちとこっちに離れて、時々お互いのぶすっとした顔を見合いながら歩き、沈黙と重苦しい気持ちを抱えたまま家路についた。


 でも、不思議なことに、いつも必ず仲直り出来た。なぜ喧嘩したのかもすぐ忘れてしまったし、何がきっかけで、またお喋りに花を咲かせ、手を繋いで教室から廊下へ、そして校庭へと一緒に笑いながら走り出たのか、それも忘れてしまった。


 ミカちゃんとりっちゃんは、お互いの存在がいて幸せだった。花から花へ飛び移る蝶々の様によく遊び、ブルーベリーの実をついばむ小鳥たちの様に可憐だった。



 ある日、ミカちゃんが、いつものように、りっちゃんのお家に遊びに来てくれた。二人は、トランプやテレビゲームをして遊んだ。おやつは、チョコチップクッキーと、りんごジュース。


 リビングの大きな窓ガラスからは、お陽さまの光が降り注いで輝いていた。


 食器棚の前に、小さなテーブルがあって、その上にランプが置いてある。ランプには、つまみが付いていて、明るさが調節出来るようになっている。


 ミカちゃんは、ランプのつまみを回して、暗くしたり明るくしたりしながら、何やら秘密めいた乙女の表情で話しだした。


「これはロマンチックな夜の明かり。これは誕生日パーティーをする時の明かり。これは好きな人に手紙を書く時の明かり。これは、りっちゃんとドレスの絵を描く時の明かり」


 りっちゃんも、くすくす笑いながら、ランプの明かりの陰翳に魅せられていった。


 橙色の穏やかな明かりが、二人の少女の柔らかな髪を、瑞々しくふっくらした顔を、腕を、優しく包み込む。ミカちゃんとりっちゃんの瑞々しさは、まるで初夏の田植えを終えたばかりの美しい風景や、麦わら帽子を連想させた。


 ふんわり、ふうわり、どこかへ運ばれていく。とても懐かしいどこか。泣きたくなるくらい優しくて、万華鏡のような煌めきを放っている、胸が締めつけられるほど温かいどこかへ。



 気付くと二人は砂浜にいた。すぐ目の前に海が広がり、美しい波音を奏でている。砂浜には貝殻がいっぱい落ちていた。しじみ、はまぐり、あさり。それから、見たことのないような美しい水色の貝殻や、桃色の貝殻、虹色の貝殻も、砂浜にきらきらと散りばめられていた。


 ミカちゃんとりっちゃんは裸足になって、貝殻を拾った。普段あまり味わうことのない、足の裏に感じる砂浜の感触を楽しみ、海の方へ走って行っては、波を浴びてはしゃぎまわり、色とりどりの貝殻を集めた。


 どこからか笑い声が聞こえてくる。海にはミカちゃんとりっちゃんの二人きりの筈なのに。不思議に思って、誰かいるのかしらと二人はきょろきょろ辺りを見渡した。


 すると、向こうの方に、貝殻と同じくらい小さな生き物たちが、笑いさざめきながら遊んでいる姿が見えてきた。


 ミカちゃんとりっちゃんは、顔を見合わせて駆け出し、その小さな生き物たちに近づいてみて、びっくりした。なんと、ミカちゃんが大好きでいつも観てるアニメ「ネズミとお姫様たち」に出てくるキャラクター達だったのだ。


 ネズミとお姫様たちは、海で人魚やイルカたちとサーフィンをしたり、砂浜でバーベキューをしたり、お城を作って遊んだり、パラソルの下でお昼寝や読書を楽しんでいた。


 ミカちゃんは大好きなアニメのキャラクター達が、目の前で生きて動いているので、喜びと驚きに溢れんばかりになっていた。りっちゃんも嬉しかった。二人はいつの間にか自然に溶け込んで、ネズミとお姫様たちと一緒に遊んだ。トウモロコシやウインナーを焼いてもらったり、バナナボートや、スカイダイビングも楽しんだ。


 いつまで遊んでも日は沈まなかった。夜が無いようだった。空は青空から、薄紫と桃色の美しい夕焼けに染まると、また青空に戻った。


 と、突然、大きな花火が上がった。空はまた夕焼け色を迎えた頃だった。満開の華やかな花火が、次々と空に咲き誇り、海は祝福の輝きに包まれた。


 皆、花火に見惚れていた。ミカちゃんも、りっちゃんも、ネズミとお姫様たちも。皆の瞳に花火が映り、顔も花火に照らされている。いつの間にか夜空になったようだった。この海に初めての夜が来たのだ。この上もなく美しい夜が。初めての月が輝き、星たちが瞬いている。流れ星が砂浜に降りてきて、ミカちゃんとりっちゃんを乗せて飛び立った。



 ミカちゃんとりっちゃんは、みかん畑の中で眠っている。草の上ですやすやと心地よい寝息をたてて。眠っていても、柑橘の良い香りが二人の鼻をくすぐった。


 目が覚めると、二人はみかん畑でかくれんぼをして遊んだ。とっても楽しかった。自然の匂い。空は晴れていて、空気は爽やかだった。風がそよそよ吹いていて、蝶々や鳥もいる。どんぐりもいっぱい落ちていた。二人は、みかんの木や花の間を走りまわった。お互いの満面の笑顔がちらちら見えた。


 かくれんぼで思う存分走りまわった二人は、今度はみかん畑のそばに座って、歌いながら手遊びを始めた。


 「みぃ〜かん〜の花が〜咲〜いて〜いる〜」


 飽きずにいつまでも歌い、手をリズムに合わせて打ち鳴らし、じゃんけんポン、あいこでしょと遊んでいると、ひらりと何かが二人の頭の上を飛んで来て、横に降り立った。


 ミカちゃんとりっちゃんは、その人物の顔を見てまた驚いた。なんと今度は、りっちゃんが幼稚園に通っていた頃、テレビの中に入って会いに行きたいと思う程好きだった初恋の人、食パン王子だったのだ。


 りっちゃんは、思わず両手を、ほんのりピンク色に染まった頬にぴたっと付けて、ぽぉーっとなった。幼稚園の頃からは少しお姉さんになったりっちゃんだけど、食パン王子はまだまだ、りっちゃんの好きなタイプの原型だった。格好良くて、凛々しくて、心優しい食パン王子。


 ミカちゃんとりっちゃんと食パン王子は、みかん畑にある木のテーブルに、ランチョンマットを敷いて、胡瓜とハムのサンドイッチと、スコーンを食べた。りっちゃんが「飲み物が欲しい」と言うと、食パン王子は、かぼちゃのスープを用意してくれた。


 三人はみかん畑で、とても幸せな時間を過ごした。いくら食べても、お皿の上の食べ物は無くならず、サンドイッチも、スコーンも、かぼちゃのスープも、何処からともなくすぐ現れた。永遠に続くガーデンパーティー。緑と青空。ポケットの中には、どんぐりがいっぱい。小さな、ころころしたどんぐり。


 ミカちゃんとりっちゃんと食パン王子は、お互いを抱きしめて、ぎゅーっとする。


 どうして、こんなに純粋なの?いつから純粋さが薄れていき、とうとう失われたのかと思うほど、よごれてしまったの?雲の中に消えたのかしら。風の中に隠れてるのかしら。


 純粋になりたいね。純粋になりたい。そう、水になりたい。私たちは潤う水になりたい。水になって泳いでいきたい。葉っぱといっしょに、さらさらと流れて、きれいな小川になるんだよ。魚もいっぱい泳いでるし、虹色のメダカもいる。すてきでしょ。


 ほら、みかん畑が星座のなかにあるのを見つけたよ。あの、きらきら星だよ。見えるでしょ。貝殻も、海も、砂浜も、みんなお星さまのぬくもりのなかにいるみたい。心配しなくていいんだね。だいじょうぶ。あったかいところに、みんないるから。探しにいかなくても、ここにあるから。

 

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