第2話
よく分からない、くるしみのなかにいた。この感情の渦が、くるしみなのだと。自分一人では、気付けなかったかもしれない。
特に、何かに不自由したこともない。それでも、この感情の渦だけは、制御できなかった。
どうでもいいやつをひとり、殴りころしかけたことがある。特に気にしていなかったけど、死ぬなら死ぬまで殴ってみるか、とか、そんな気持ちだった。
女に、止められた。そんなやつ殴っても価値がないと言われて。そう言われればそうだなと。思って、やめた。女が手早く警察に連絡して、そのどうでもいいやつは死刑台に登っていった。総監なんちゃら感謝賞みたいなのが送られたけど、女が全部適当にあしらって受けてくれた。
女とは、そこからの関係。
不思議な女だった。外からの見た目も、学力も、並一般。普通が服着て歩いているような感じ。
その中身が、尋常ではなかった。欲しいものはほとんど手に入れられるほどの才能。常に学力を平均値に調整できるほどの頭のよさ。自分にはないものだった。どう頑張っても、平均点ちょうどに乗せられる自信はない。彼女は、平均点からまったく離れることもない。学年全員の点数を全て予測できなければ、この芸当は不可能だった。
いちど、訊いたことがある。なぜ、そこまでの才能で、こんな郊外のどうでもいい場所にいるのか。その才能は、何かに活かすものじゃないのか。
彼女は、普段の気だるそうな雰囲気からは考えられないほど真摯に、
びびって、言葉が出なかった。
彼女は、見ず知らずの誰かのくるしむ声を追って生きている。その声の先を見つけて、救う。自分の人生をかけて、そのひとを。そう決めていた。
自分だった。
自分が普段感じている感情の渦。そして、時折感じる、何かやさしく暖かい感情。彼女だった。
それから少しして、彼女とは別れた。場所も、彼女とは違うところへ。とにかく、彼女から離れた。ひとりになるべきだった。
彼女は、自分を救うことに、全てを懸けている。それ以外に、彼女の人生は空虚だった。だからこそ。彼女からは逃げないといけない。
彼女は、空虚だから。自分が近くにいて、自分の人生が、救われては、いけない。自分を救ったあとの彼女の人生が、存在しないから。確実で避けようのない、死が待っている。
彼女は、海を眺めるのが好きだった。
どちらかというと、多少荒れた海。嵐が来る前とか、そういう感じの海。
その海に向かって、彼女は、悪態をつく。だだっ広いな、とか。なんで荒れてんだよ、とか。
いやなら見るな、という話ではない。
彼女は、海のなかに、彼女自身を見出だしていた。彼女のなかの空虚が、海に反射しているみたいに。映る。空虚な彼女が、空虚な海を眺める。おもしろかった。
そして彼女は、その空虚な海を、自分という方位磁針で染めようとしている。辿り着いた瞬間に、自分が救われた瞬間に、その航海は終わる。だから、自分が救われてはいけない。
通報。珍しい。この時間帯。この時期。
海に
いや。
考えすぎか。
場所を訊き、観視カメラにも支援を要求してから、外に出る。
佇んでいる女が、彼女ではないことを。祈りながら。
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