Heard.

春嵐

第1話

 誰かの、心の声が聞こえる。それが近くにいるひとのものなのか、それとも遠く遠く、声も届かないところにいるひとのものなのか。それすらも。分からない。

 分からないけど。

 この声を、救うのが。自分の人生の使命なのだと。果たすべき約定なのだと。勝手に思っている。何か、わけの分からないまま。この聞こえる声の先を目指している。


 まるで、恋愛のようだと。言われたことがあった。たいして好きでもないけど付き合っていた男。わたしの行動から、指針があることに気付いていた。だから、人生で初めて、声のことを話した。うらやましがっていたような気がする。


 海。

 どこまでも青く、そして少し機嫌がよくない。曇っている。少し肌寒い。街の外れまで来てしまえば、こんなものだった。


 この街に。わたしの求める、救うべき声の先がある。というか、いる。なんとしても、救ってみせる。主人公みたいな陶酔はない。これが人生のすべてで、他に何もない。何もなかった。

 海を眺めると、その虚無感が増す。そして、むかし付き合っていた男の無駄に鍛えられた傷だらけの身体を思い出す。さわってみたかったけど、何やら他を寄せ付けない雰囲気だったので。ついぞさわれないまま別れた。


「あの傷。なぞってみたかったな」


 もう、顔も思い出せないけど。あの傷だらけの身体だけは、覚えていた。何が、あの男にあったのだろう。そういえばあんまり喋んなかったな、過去のこととか。


 ちょっと腹が立ってきた。わたしは声のこととか喋ったのに。はぁ。


 海。

 眺める。もう少ししたら、戻ろうかな。

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