第4話 王子は素直で愛情深いお調子者らしい「最後のやっぱり悪口だよね!?」



 悪口を言われて思考が止まっている俺に、彼女は続ける。


「殿下は女の子に弱いから、わたくしよりも好みの女の子を見つけたらなんでも言うことを聞いてしまうと思うんです」

「そんなことあるはずがない。俺は硬派なキャラで売っている」

「……殿下ぁ。殿下が毎日たくさん贈り物をくれたら、わたくし殿下のこと、大好きになっちゃうかも……?」

「はっはっは、何が欲しいんだね――ハッ」


 半目でこちらを見るヴィヴィアン嬢に、俺は我に返る。


「殿下はこういう、あざとい令嬢が大好きです」

「そ、そんなバカなッ。まるで見てきたみたいに!」

「ですから夢に見たのです。先程の私よりもあざとくて可愛らしい見た目のアバズレー男爵令嬢に夢中になり、周りの諫言に聞く耳を持たない殿下を」


 ゲンナリした顔の彼女に、俺は心底動揺する。


「い、いや、しかし……ッ。そうだ、俺は愛情深いところはあると思うが、鈍感無神経じゃないぞ!」

「殿下は物事を美辞麗句に変えるのはお上手ですよね。施政者向きです」

「はっはっは、そうだろうそうだろう――ってそこじゃない!」

「チッ、流されませんか」

「舌うち! 今、舌打ちした!?」

「わたくし、鈍感で無神経な男性は苦手なのです」

「しかも無視した! ううむ、俺は鈍感無神経じゃないから大丈夫だな」

「わたくし、鈍感無神経な殿下のことが苦手なのです」

「可愛い顔ですごい酷いこと言ってくる! 処刑だ処刑――ファッ」


 再び半目でこちらを見るヴィヴィアン嬢に、俺は我に返る。


「そういうことなので、わたくしとの婚約は諦めてください」

「いやだ! 俺はちょっとしたことですぐ処刑しようとするかもしれないが、鈍感無神経じゃないから大丈夫だ!」

「わたくし、鈍感無神経ですぐに処刑しようとしてくる殿下が生理的に無理なのです」

「酷いこと言う! 処刑処刑!」

「わたくし、殿下のことが嫌いです」


 彼女はげんなりした顔をしていた。





 俺は泣いた。





「殿下!?」

「ううぅッ……お、俺は、鈍感無神経じゃない……ッ」

「殿下、泣かないでください」

「泣いてない! これは心の汗だ!」

「殿下、汗だくな令息はモテません」

「この子まだ追い込んでくる!」

「殿下が汗みどろになる必要はありません。殿下は権力と地位の象徴です。どんなにブサイクでも空気が読めなくても御令嬢にもてはやされますからご安心ください」

「それ安心できる要素ある!?」

「何より、『別に好きなんかじゃない』わたくしに嫌われてもなんの支障もないでしょう?」


 俺はぱちくりと目を瞬いて彼女を見る。

 そんな俺に、彼女もぱちくりと目を瞬いて俺を見た。


「……あの、もしかして」

「いや! 俺はべべべ別に、君のことなんか好きじゃないぞ!?」

「そうですよね、よかったです」

「よかったのか」

「はい。それでは」

「待て!」

「それではさようなら」

「いや、話を聞けよ!」

「話は聞きました」

「声しか聞いてない!」

「私の言葉を盗まないでください」


 可愛い顔で小憎らしいことを言ってくる彼女に、俺は言い募る。


「俺は、鈍感無神経じゃないことを君の近くで証明してみせる!」

「えぇ……」

「こらもっと食いついてこないか!」

「殿下が近くにいたらわたくし迷惑ですもの……」

「あの誓約書を破り捨てたい!」

「素直にああ言う紙を書いてしまうところが、殿下はおバカ可愛いですよね」

「また酷いことを……酷いこと?」

「可愛いです」

「……」

「殿下は素直で愛情深くて無垢で可愛らしいお調子者です」

「最後のは悪口!」


 俺はやっぱり憤慨していた。


 しかし、そんな俺を見て、彼女はくすくす笑っている。

 この子、笑顔がめちゃくちゃ可愛い!

 やはり婚約するしかない!


「う、うむ。懐が広い俺は、全て許そう。それで、結婚式の日取りだが」

「婚約をすっ飛ばしました!?」

「籍だけは今日これから入れるとして、式は盛大にするから来年の今日でどうだ」

「わたくし、好みの女だからと全てを許すような、客観的視野のない危うい殿方は嫌いです」

「…………」

「けれども、殿下はそのような視野の狭い男性ではないのですよね?」


 ニンマリと笑う彼女。


 先程と違ったその微笑みも、良い。


 素晴らしい!


「うむッ。俺は寛容で視野の広い男だッ」

「それを証明していただけるのであれば、わたくし、婚約者……候補、ぐらいならなってみても良いですわ」

「伴侶がいい」

「候補です」

「伴侶」

「……」

「候補だな。それで、何をすればいいんだ?」


 俺の言葉に、彼女は満面の笑みで応える。


「わたくし、前世ではボードゲーマーでしたの」


 そう言うと、彼女は女性用の小さな手持ちバッグから、カードの束を取り出した。


「そうですわね……殿下は、『トランプ』ってご存じです?」


 首を傾げる俺に、彼女はこよなく楽しそうに笑っていた。



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第一王子は大好きな侯爵令嬢の言葉に動揺しているようです。


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