第28話灰被りの彼女にはこれが一番の薬

「うーん……」


“恋愛シーンなんて、経験がないから書けんわ……”と、眉をひそめて悔しさを滲ませたあたし。


 そのあたしがいるのは、大学にある「執筆クラブ」の部室だ。


 ここのクラブは結構凄腕の先輩達が沢山いて、一度ヒトタビ応募すると、必ず最低1人は入賞していた。


 かつては賞を総舐めにした先輩達もいたというから驚いている。


 そんな先輩達を持つあたしは、自分なりに努力をして、小説を応募するも、かすったことすらなかった。


 勿論、“これではクラブに汚点が残る”と先輩達があれやこれやと指導してくれたが、それも無駄に終わる。


 倉皇しているうちにあたしは大学3年になり、世間的にそろそろ現実的な将来コトを考えなくてはならない時期に差し掛かっていた。


 つまりはクラブばかりに時間を割いていられないということである。


 しかし……


 だからこそ、小説を書いてブービー賞でもいいからとって、いい気分で卒論と就職活動に入るのだ!


……なんて、言っているうちに時間がかなり過ぎ、あたしは再び唸ることとなる。


「……今日はもうやめるか」


“幸い応募締め切りにはまだ時間がある”と、焦る心を抑える為にあたしは自分に言い聞かせた。


 ノートパソコンの電源を切ろうと思った矢先、聞き慣れた声が耳に届く。


 声が低くておじさんと勘違いされたこと数十回、だけど大学生活で大なり小なりの賞を幾つも受賞している4年生の先輩だ。


 気のせいか爽やかな笑顔を想像させるような、甘い声も聞こえてくる。


v段々と声が大きくなるにしたがって、あたしの顔は逆に青くなった。


(こ、この声はあたしの運命の王子……あ、あり得ん!)


 あたしは慌てふためき、何を思ったのか着ていた上着のポケットに手を突っ込む。


 ここでは必要のない家の鍵を取り出す為だ。


「ない……」


“鍵がない……何で?“と叫びながら、あたしは近づいてくる足音に更に焦りを感じる。


「ど、何処へやった?

いや、その前に何故先輩があの人を連れて来る?」


 完全にパニック状態に陥ったあたしに構わず、ガラガラとその場に似合わない酷い音をたてながら、引戸が動いた。


「いたいた!」

「……何か用ですか、先輩?」


“近づくな!”という言葉が顔全体に書いてあるあたしに、先輩が

「やってるな!」

と、警戒心がまるでない笑顔で声をかける。


 ぎろっと睨み付けたあたしに、今度はあの人が

「○○君、この娘がこれの持ち主?」

と、この部室に似合わない優しい眼差しを先輩に向けて訊ねた。


 手にはキーホルダーらしきものを握っているのは確認したが、それがなんなのかは分からない。


 いや、それよりもその眼差しはあたしが欲しい……


 心の声を目の前の華奢な先輩に届けたいのに、こんな時に限って金魚の口のようにパクパクと動くだけだった。


「今日学食の入り口で肩がぶつかった時に落としたと思うんだけど、後ろ姿しか見てなくて」


“これ、君のでいいのかな?”と言いながら机の上に置かれたそれは、たった今探していた家の鍵である。


 可愛らしい薄ピンクの硝子細工で作られたハイヒールのキーホルダーが付いているから、間違いなくあたしのものだった。


「あの……これ……有難うございます」

「いえいえ、きっと無くして不安になっているだろうと思って、○○君に声をかけてここまで案内してもらったんだ」

「そんな……畏れ多い事を」

「何?」

「な、何でもないです」


 あたしの変な対応のせいで、気まずい雰囲気が流れ出す。


 それを破ったのは声の大きい先輩だった。


 こんな時は頼りになって格好いい先輩だと思う。


「こいつ、何を書いてもてんで駄目なんだよ。

特に恋愛物語モノは、在り来たりでつまらない内容でさ」


 さっきの言葉、撤回だ。


 それに引き替え、素直さが身体カラダ中から溢れている方の先輩は、彼の言葉に文句を言わず、ニコニコと頬笑んでいる。


「どういったところが書けないのかな?」

「えっと……キ、キスシーン」

「キスシーンなんだ……

難しいよね、どう書けば皆が共感するのかって考えると」

「そうなんです!

あたし、恋愛経験がないからよく分からなくて……」

「そっか、経験がないんだ……なら、これでどう?」


 優しい先輩は何を思ったのか、あたしの顎を軽く上げた瞬間、血色がいい唇をゆっくりと近づけ、そして重ね合わせた。


 柔らかな唇が離れた後、その先輩は気取って

「これで君は僕のものだよ」

と、言いながら胸ポケットから小さく折り畳まれた白い紙を取り出し、それを呆気にとられてその場に固まるあたしの目の前に置く。


「○○君、僕達がここにいると執筆の邪魔になるから、今日はもう帰らないか?」

「お、おお……」


 キスの現場を目の当たりにして、あたしと同じく身を固まらせていたであろう声の大きい先輩に、さらりと声をかけた憧れの王子は

「執筆頑張ってね」

と、爽やかな笑顔で、まだ顔が真っ赤なあたしにそう告げると、部室から出ていった。


 暫くぼんやりしていたあたしは、憧れの王子である先輩がキスをしてくれた唇に、震える指先でそっと触れてみる。


”温かかったな“と呟いて、今度は目の前に置かれた紙を何気なく開いた。


 そこには、あたしが今まで必死に隠し通してきた秘密が丁寧な文字で書かれていて……


『小説サイトに投稿している✕✕様、僕はユーザー名△△です。

あなたの物語が誰よりも好きです。

だからずっとずっと書き続けて下さい』


「あたしの物語が好きだって?

探せばもっと良い物語があるのに……」


“有難う”と呟いたあたしの瞳に涙が滲む。


 ポロリと一滴ヒトシズク落ちた先には、この上ない幸せが待っていることなど、今は知る由もなかった。


令和4(2022)年1月17日18:20~22:10作成


Mのお題

令和4(2022)年1月17日

「シンデレラになぞらえた恋愛現代ドラマ」









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