第29話野獣の監察官

 私の好きな人は、やむを得ず人を殺してしまった人である。


 出会ったのは、刑務所だった。


 その時の私の仕事は、刑に服している人を監視する刑務官。


 対する彼は、見た目とても人を殺したとは思えない程性格が真面目で、一緒にいる仲間に対しても優しく接している姿が印象的だった。


 でも、彼の心の中には確かに野獣がいる。


 ある日、1人の若者が指示された作業を怠った。


 それを知った彼は、抑えられない感情を爆発させる。


 幸い近くにいた刑務官に取り押さえられ、重傷者は出なかったから、個人的にはホッとした。


 いつ彼に恋をしたと訊かれたら、恐らくこの時と答えるに違いない。


 私はこの乱闘からずっと彼が気になり、そして自分の新たに進むべき道まで変えたのだから。


 やがて月日は巡り、私は彼の側にいられるにはどうした良いかと考え、保護観察官の資格を取る為に仕事を辞める。


 彼がこのまま優秀な態度で居続ければきっと、いつかは釈放されるであろう。


 私はそれを狙って彼の保護観察官になる。


 そう決めて、日夜勉強に励んだ結果、無事保護観察官の資格を取った。


 そして、初仕事も運良く彼の担当保護観察官になる。


 初顔合わせの時、思惑がばれないかと緊張し上手く出来ないかもと思ったが、何とか挨拶とそして色々な説明を受け、彼と一緒に刑務所をあとにした。


 隣で背中を丸めて歩く彼は心無しか楽しそうである。


 それは若いうちから刑務所に入り、いつ自由になれるのか分からない長い長い時間フアンを過ごしたからであろう。


“でも、これからは生活を安定させる為に2人で頑張ろう”


 私はその気持ちを伝える為に彼の名前を呼ぶ。


 彼は心労で老けてしまった顔を向け

「どうしたんですか?」

と、優しく接して私を見た。


「私、やりたいことが幾つかあるんです」

「やりたいこと?」

「今、やっていいですか?」

「今……ですか?」

「はい」


 私はにっこり笑い、前をハダカるように立ち止まる。


 勿論、彼も同時に立ち止まったが、表情は訝し気のままだ。


 私はそんな彼に構わずにテンポ良く近づくと、何気ない表情カオで首に腕を回す。


 それから間髪入れず、彼の赤い唇に真っ赤な口紅で塗った私の可愛い唇を重ね合わせた。


  咄嗟に起こった出来事に上手く対処出来なかった彼だが、直ぐに事態を把握してその場から2・3歩後退りする。


「こ、こんな僕で良いのですか?

一番してはいけないことをしたこの僕で」

「良いんです。

私は本当のあなたを誰よりも見ていますから」


“これから宜しくお願い致します”と、取って置きの笑顔を見せて、私は颯爽と歩き出した。


「待ってください、それは僕の台詞です!」


 そう叫ぶ彼の姿が可愛いと思うのは、きっと私だけなんだろうな。


 どうか……お願い!


 この幸せがずっと続きますように!!


令和4(2022)年1月18日12:08~20:58作成


Mのお題

令和4(2022)年1月18日

「美女と野獣になぞらえた恋愛現代ドラマ」




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