第7話 「天上乱舞」

「一体一体はそんなに強くないけど囲まれたら終わり…少しでも気が抜けたら終わりだな」


 テンはひょっとこの首を切っては離れて切っては離れてを繰り返しているがひょっとこの数は全く減らず、むしろ増えていると言ったところだ。

 そんな様子をひとつの家の屋根からドイロはタバコを吸いながら見下ろしていた。


「……まだまだ天力を使えるのに時間がかかりそうだな。向こうはもう終わって家に帰ってるか、途中で店に寄って外食してるかだな」


 ドイロの予想は当たっており、スムノとエルシアとドッペルゲンガーはスムノの奢りで焼肉を食べていた。

 まだ天力を使えないテンは天力が使えるようになるまでひょっとことの戦いがずっと続いている。


「こりゃ3日か4日コースだな。まぁ私は見てるだけだし楽だからいいかな」


 ドイロが1本のタバコを吸い終わり、次の1本を吸おうと箱から出した時、ドイロの視線の奥の方ににかすかだがなにかが見えた。

 それは今テンが戦っているひょっとことは違ったものであり、ドイロは奥を見続けた。

 見続けても何も無いので気のせいだと思い、タバコをくわえ、火をつけた時、ドイロの後ろに1人の少女がどこからともなく着地した。

 その少女はかつてスムノと戦っているファトストロを逃がしたあの緑髪の少女だった。

 ドイロはすぐさま戦闘態勢に入るが、少女の


「メテオ」


 という言葉の方が早く、ドイロは飛ばされビルの壁に激突した。


「ドイロさん!?」


 テンは地上にいるためドイロがいた屋根で何が起こったのか分からないに加え、飛ばされたドイロに気を取られたテンはジャンプ中にひょっとこに足を捕まれ、地面に叩きつけられた。

 必死に起き上がろうとするが多くの手がテンを襲い立ち上がれず、ひょっとこ達からの攻撃を食らっていた。

 ひょっとこ達はテンの腕を曲がらない方向へ無理やり曲げたり、腕を引きちぎったりとやりたい放題だ。

 いくらテンが不死身だからと言っても痛覚はあるのでテンは叫ぶことしか出来なかった。

 緑髪の少女は叫び苦しんでいるテンを屋根の上から見下ろし目をつぶった。

 目を開き、ビルにめり込むドイロに視線を移し、その場で空中に浮き、とどめを刺すためドイロに向かって飛んでいき、壁にめり込むドイロの目の前で停止し、ドイロが気絶しているのを確認した。


「特殊天贈人になるかもしれないと言われていた女がこれくらいで気絶とはね。期待はずれだった」


 少女は包丁を服から取り出し、ドイロの顔に包丁を刺そうとしたが、ドイロの目が開き顔を傾けことで少女の包丁はドイロの耳を少し傷つけただけとなった。さらにビルに体がめり込まれた状態だがドイロは少女の小さな体に思いっきり蹴りを入れ、骨が折れたような音がした後、少女は落ちていった。

 それに続きドイロもめり込まれていた体をビルから引き剥がし、共に落ちていく。

 少女は咳き込みながらも空中停止を行うが、その空中停止したところ目掛けてドイロがビルの壁を蹴ってジャンプし、少女との距離を詰め、体にバールをめり込ませた。


「……がっ!…『メテオ』!」


 バールが体にめり込もうが負けじと先程と同様の技をドイロに放ち地上に吹っ飛ばすが、ドイロは体制を整え見事に着地し、空中停止している少女を見上げた。


「……なるほど…君は『エデン』と仲間から呼ばれてて本名は『伝川つたがわ恵願えね』」

「なっ!?」

「君の持ってる天贈は…なるほど、『自伝重力じてんじゅうりょく』。要するに重力操作が出来るわけだ。自分から半径7mの重力を操りその重力の強さは自由に変えられる…と」

「……他人の情報を読むというのは本当だったのね」

「私に分からない情報なんてない。君のおかげで亜人會のこともだいたい分かったしね」

「こん……っの!」


 エデンは急降下し、その降下した速度のままドイロに殴りかかるがドイロはエデンのパンチをあっさりと避けた。2発目、3発目とパンチを繰り返すエデンだがその拳はドイロには当たらず全て避けられた。


「っんで当たらないの!?」

「言ったでしょ?私は相手の心を読むの。だからあなたが私のどこを殴るのかもわかるから、あなたの攻撃全て避けられる」


 パンチを避けつつエデンの横腹に蹴りを入れる。ふらつきながらもエデンはドイロを睨み、天送、「自伝重力」で吹き飛ばす。吹き飛ばされたドイロは壁に激突する前に体制を整え壁に着地し、地面へ降りる。

 エデンは周りに落ちている石や瓦礫を宙に浮かし、ドイロめがけて飛ばす。だがその攻撃もドイロは全て避けた。エデンの攻撃を避けながら前進し、彼女との距離を詰める。

 その光景に対し、エデンはため息をついた。


「…ハァ……。もうどうやっても勝てない。私のやること全部避けられる」

「当たり前でしょ。私だもの」

「……それじゃあ…これは避けられる?」


 そう言うと少女は人差し指と中指を立てた手を顔の前に移動させた。

 それを見たドイロは青ざめ、走り出したがその時エデンの口は既に開いていた。


「天上乱舞……『地伝重量圧じでんじゅうりょうあつ』!!」


 その言葉を発するとエデンの辺りが青白く光りだし、ドイロはその光っている地面の上で這いつくばっていた。


「ぐっ…」

「私の天上乱舞、『地伝重量圧』は私の半径75m内にいる生物にかかる重力を50倍にすることが出来るの」

「これは…厄介な力だこ…と」

「その状態だと話すのもしんどいでしょ。今楽にしてあげるから!」


 身動きが取れないドイロに対しエデンは蹴りを繰り返す。ガードも出来ないドイロが蹴りをもろに受け、血を吐こうが、骨の折れる音がしようがエデンは蹴りをやめない。


「蹴り殺してあげようかと思ったけどこっちの方がいいよね。じゃあね。もう少しで特集天贈人になれそうだったドイロ…アローシカ!!」


 エデンはドイロのバールを手に取り、頭目掛けて振りかざしたその時、白い炎につつまれたテンが愛武器のブラックニンジャソードを片手にひょっとこの群れの中から飛び出し、そのままエデンの背中を切った。


「ぁがっ…!」

「テ…ン…」

「ドイロさんに…なにしてんの!!」


 テンのブラックニンジャソードが再びエデンの体を切ろうとしたが避けられた。

 飛び退いたエデンは範囲内に入っているのに立っていられるテンに驚いていた。


「はぁ…はぁ……なぜ…なぜ立ってられる!?お前は重力を感じないのか!?」

「いや、感じるよ…。体が重くて仕方がない…。でも、味方がやられてるのにここで倒れたら私の心が私を許さない!」

「テン…」

「味方の為に50倍の重力に耐えるとか…でもすぐに地面とキスさせてあげ」


 ドクンッ…とエデンの心臓は心音を上げた。

 それと同時に辺り1面に光っていた青白い光は徐々に消えていった。


「…天力切れ…か…。次会ったら必ず殺す!」

「逃がさない!!」


 テンは飛んで逃げようとするエデンにブラックニンジャソードを投げたがあっさり弾かれてしまった。


「逃がさない…?天力も使えないただの不死身が何を言ってるのやら…」


 エデンはテンを見下し、どこかへ飛び去ってしまった。

 エデンの天上乱舞によって這いつくばっていたひょっとこ達は徐々に立ち上がりテンとドイロに視線を向けている。いつ襲ってきてもおかしくない状況だ。


「ドイロさん。近くで安全な場所、ないですか?」

「…ビルの屋上…だ。だが奴らに見つかってない状態のだが…な」

「じゃあ一旦あいつら撒かないとです…ね!」


 テンはボロボロになったドイロの体を持ち上げ背中に乗せた。


「おい!まさかこの状態で逃げるのか!?奴らの追ってくるスピード知ってるだろ?私を下ろせ!そして1人で」

「逃げるわけないじゃないですか。それにあなたが死んだら」

「『ここから帰れないじゃないですか』…だろ?」

「心読むのって便利ですね!」


 テンはドイロを背負い、走った。人1人背負ってるのにも関わらず、テンの走る速度は早く、ドイロは驚いていた。


(速…!運動神経がいいとは聞いてたけどまさかここまで…あー、100m8秒…ね。納得)


 テンはひょっとこ達からの距離を引き剥がしドイロが振り向いた頃にはひょっとこ達はもう見えなかった。


(最初、ひょっとこから逃げる時、本当はもっと早く走れるのにこの子は私に合わせてくれてたんだな。それにおぶられたのはいつぶりかな。クックック…なかなか気分がいいじゃないか。あばら骨折れてるから涙出そうになるけど)


 ◇◇◇


 ドイロとテンは、無事ひょっとこたちに見つからずに屋上に登ることができた。

 テンは傷を手当をしているドイロから指示があるまで天力を手に込める練習をしつつ、投げたブラックニンジャソードをいつ回収しに行くか考えていた 。


「…リラックスだ。それとほかの事考えるな。剣はいつでも拾いに行ける」

「ブラックニンジャソードです」

「どうでもいいだろう…そのくらい」

「人の心読めるなら私のこだわりも見てくださいよ!」

「あーはいはい。すまんすまん」


 テンは深呼吸し、もう一度手に天力を込めようとするが上手くいかず青白い光が消えていく。

 エデンが来る前に約2時間ほど天力のことを考えながらひょっとこ達と戦っていたからか青白い光を他人に見せるとこまではできるようになったが『込める』や『維持する』などといったことはまだできないようだ。


「…なぁテン腹減ってないか?」

「あー多少は」

「ここのコンビニは電力が通ってないから冷凍食品とかは全て死んでるがカップ麺とかなら生きてるから腹減ったらコンビニ行ってとってきな。お湯はがんばれ」

「天力で火とか起こせないんですか?」

「さすがに無理だな。『有』から『無』には出来るけど『無』から『有』は無理なんだ。それにお前だったら火起こしくらいできるだろ」

「まぁ…余裕ですけど」


 テンはそう言い残すとビルの屋上から飛び降りた。地面に激突する前に体制を整え着地を成功させた。さすがに何階もあるビルから飛び降りて足で着地したとしても無事ではなく下半身が白い炎で燃え盛った。


「痛…。無傷で降りれたらいいんだけどな。さて、ドイロさんはコンビニって言ってたけどコンビニがあるならスーパーもあるよね。スーパー探そ」


 テンは今ブラックニンジャソードを持っていないのでひょっとこ達と戦う術がない。なので見つからないようにテンは家の屋根に上り、屋根を伝ってどこにあるのかも分からないスーパーを求めて走った。

 しばらく走っていると「スーパー フラスコ」と書かれた店が目に入った。

 テンはすぐさまその店に近づき中を窓越しに確認した。


「よし、ここで食料集めるか。ドイロさんの分も集めないとだ。あばら折れてるって言ってたからカルシウム系探さないと」


 中は思った以上に綺麗で冷凍食品やアイスなどは全て溶けてダメになっているが野菜や魚などはなぜか新鮮のままだった。


「すご…生類だけ時が止まってる感じがする」


 テンは警戒しながらスーパーの中を探索する。 様々なコーナーがあり、その中のひとつに「包丁コーナー」というのがありテンはその中で1番ながい包丁を武器として装備した。

 それからカップ麺やお菓子などと袋に詰められるだけ詰め、店を出た。


「よし、これだけあれば大丈夫か…な」


 テンはパンパンに詰められた袋を見つめた。その時何を思ったのか持っていた袋を地面に置き、自分の手を見つめ、そして青白く光らせた。


「……これだ…」


 青白い光は消えず、テンは天力を手に込めることに成功させた。

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