第6話 「犬鳴トンネル」
不気味すぎるほど静かな山道を1つの車がありえない速度で走り、カーブではドリフトを決めている。そんな車が「犬鳴トンネル」と書かれたトンネルの前で止まった。
「よし!ついた!!」
運転席から出てきたのは夜なのにサングラスをし、猫耳フードを被った男、椎崎スムノだ。
「し、死ぬかと思った…」
助手席から出てきたのはめちゃくちゃな運転を味わい顔を青くした深緑のニット帽と同色のモッズコートを身につけたピンク髪の少女、エルシアだ。
そんな2人がやってきたのはここ、「犬鳴トンネル」。スムノが言うにここはテンとドイロが向かった「きさらぎ駅」と同じくらい危険度が高いらしい。
「ドイロとテンの向かった『きさらぎ駅』には確実に上級天使がいるんだが…ここもヤバいけど確実じゃないんだよな…」
「もしその上級天使が出なかったらどうするんです?」
「そりゃ泊まりだろ」
「こんな所で泊まりたくないですね…」
「いや、泊まりは確実だ。エルシアには覚えてもらわないといけないことが2つある。その2つとも習得するのに少なくて2週間かかる」
「2週間も!?体が臭くなることは確定ですね…。で、1つは車の中で話してくれた天力についてですよね?あと1つは…」
「そう。ここでエルシアは天力を使えるようになるのと、もうひとつは後で話す」
スムノとエルシアはそれぞれライトを手に、暗闇が続くトンネルに入った。
中は寒く、所々に水溜まりがあり、地面は湿っている。
「いかにもって感じですね。実家の近くの由来トンネルの方がマシだと思える…」
「お?由来トンネルに行ったのか?」
「あ、はい。結構前に行ってヤバいやつに出くわしました」
「ヤバいやつ、な…あいつは昔俺が殺したはずなんだが…上級天使に変わる寸前だったからか生きてたのか」
「やっぱり上級天使だったんだ」
「ちなみにエルシアは上級天使の倒し方は知ってるか?」
「いや…知りません」
「上級天使は下級天使とは違い普通に首や頭を潰すだけじゃ死なないんだ」
「え、そうなんですか?」
「そう。上級天使は縄張りを作る。そしてその縄張りのどこかに自分の『核』を隠す。その核を壊すのが上級天使の倒し方だ。ちなみに核は天力での攻撃でしか壊れない」
「なるほど…で、その核の見つけ方は?」
「ない。ないから探す。探して、天力で壊すのがエルシア、君がここから帰る方法だ」
「なるほど、長くなりそうですね」
エルシアとスムノはひたすら暗く湿っているトンネルを進み、ここに住むという上級天使を探す。
途中何かしらの音がしたりするがスムノは「気にしなくていい」と言う。その繰り返しが約1時間続きそして――
「見つけた」
「あれがこのトンネルに住む上級天使…」
その姿はオラウータンのような体つきだが体毛が一切なく、目を大きく開き口はずっと笑っていた。
「…生理的にちょっと無理かも」
「目がやべぇよな、わかるよ」
「あれと戦わなくちゃ…ですよね?」
「そうだ。でもその前に1つテクニックを教える。見る限りというかあいつはこっちから仕掛けないと何もしてこないから安心しろ」
「テクニック…天力関係です?」
「そう。あと天力の使い方も今から教える」
スムノはそう言うとライトを地面に置き、両手を前に出した。
「第3の天贈、『照明火花』」
両手首を思いっきり叩きつけた瞬間、ライトがないと何も見えないトンネル内がとても明るくなり、上級天使の姿がよりはっきりと見えた。
「すご…ライトいらないじゃん」
「この天贈は暗い所を1時間明るくするだけの力で戦闘向きでは無いし、影が無くなるほど明るくなるから、俺の影を操る力が無効化されるが持っとくと便利な天贈だぞ」
「持っとくと便利って…天贈を複数持てるの兄さんだけなんですよ?」
「とりあえず天力の使い方を教えるから言った通りにしてみろ」
「あいつの前で教えてくれるんですね…」
「まず手に天力を込める方法だ。手に力を入れ、何かを流し込むようなイメージを送る。するとほら、手が青白く光る。これが天力を手に込めた状態だ」
スムノは青白く光った手をエルシアに見せる。上級天使はその手を見つめるだけでまだ襲っては来ない。上級天使からしたらただただ猫耳フードの男が青白く光る手を少女に見せてるだけの光景なのだろう。
「天力を込めた手だけでも戦えるが、これだけだと不安だから武器にも天力を込める。これがさっき言ってたテクニックだ。やり方は2つ。1つ目は天力を込めた手で武器を撫でる。これは最も簡単な方法だ」
スムノは何も無い空間から包丁を取り出し、天力を込めた手で撫でた。すると撫でた所が青白く光った。
「そしてもう1つの方法が武器は自分の体の1部と思いこみ、手に天力を込めるのと同じ感じで力を流すと、ほら、光る」
「ほほう…」
「天贈人が天力の使い方を習得しようとすると2週間はかかる。が、俺みたいに教えてくれる人がいるに加えて天使と戦いながら習得しようと頑張ると5日程で習得できる。さらに、相手が上級天使。体が危険を覚え、習得スピードが早くなり2日か3日で習得できるな。俺でもこれを習得するのに3日はかかったけどな」
「ねぇ、兄さん」
「ん?なんだ?」
「これできてます?」
「…は?」
エルシアの手は青白く光っていた。それを見たスムノは驚いた表情をしながら「…できてる」と呟いた。
スムノで3日かかった天力の使い方をエルシアはなんと説明を受けてから数秒でできて見せた。
「いや…すげぇな。多分だがエルシアはその…才能があったんだろうな。まさか説明を受けて数秒で…」
「とりあえずこの天力を込めた銃であいつを打てばいいんですよね?」
「銃に流し込むのもできてるのか。ははっ…すげぇ…」
スムノは自分の影から大鎌を作り出し戦闘態勢に入った。
「撃っていいぞ。大丈夫。必ず俺が守るから」
その言葉を聞き、エルシアは2人のことを見ている上級天使に銃を撃った。
弾丸は上級天使に当たったが、体が仰け反っただけでダメージは通っておらず、エルシアとスムノに向かって走り出した。
「走ってきた!」
「撃ち続けろ。いくら上級天使でもダメージを受け続けたら再生速度も遅くなる」
「わ、わかりました!」
エルシアは言われるがまま走ってくる上級天使に向かって銃を撃った。
撃った弾は全て頭に命中したが、それでも上級天使の足は止まらない。
エルシアは片手で即座にリロードし、頭ではなく足を狙い、上級天使をこけさせた。
「射撃上手いな」
「この距離は絶対に外さないですね。それに私は2km先の的にも当てることが出来ますよ?」
「えぐいね。リボルバーで2km先はもうそれは狙撃手と変わらないのよ」
「とにかく、あいつの動きを止めて核を壊せば帰れるんですよね?」
「うん。帰れる……よ」
「どうかしたんですか?」
スムノは何かを感じ取ったのか出口に視線を向けた。何かを考え、エルシアと上級天使を交互に見て口を開いた。
「ごめん。頑張って耐えて」
「え?」
スムノはそう言うとエルシアを置いて物凄い速さで出口に向かって走り出した。
エルシアはその状況にポカンとしていると足の再生が終わった上級天使はエルシアに向かって雄叫びをあげた。その雄叫びで命のやり取りの最中だと思い出したエルシアは上級天使の突進を避け、もう一度銃に天力を込め、上級天使の目を撃った――
◇◇◇
「あのさ。今、妹に色々と教えてんの。帰ってくれない?」
犬泣トンネルの出口にてスムノは1人の男に向かって話していた。
その男は全身黒のスーツで頭に浪人笠を被っており、腰には長めの刀を付けていた。
「我々の情報を持った男がこのトンネル内に入ったとの報告があったのでござる。そしてその男の処理をこのトンネルの近くにいた吾輩に任されたのでござるよ」
「へぇ、我々の情報ってことは亜人會か。てかいたな、そんな帽子かぶってるやつ。名前は確か」
「吾輩の名はイザヨノ。吾輩と命のやり取りを……いざ」
「いざじゃねえよ。悪いが今本当に忙しいんだ。俺の代わりにこいつがあんたの相手をするからこいつに勝ってから俺に喧嘩売ってくんね?勝てないだろうけど」
「こいつ?吾輩からの視点ではお主1人しか見えないでござるが」
「俺が特殊天贈人になった理由は多くの天贈を持ってるからだけじゃない。俺は契約したんだよ。特殊大天使とな」
「特殊大天使と契約?」
「出番だ。特殊大天使、ドッペルゲンガー」
スムノは自身の体を影で作った大鎌で自身の体を貫ぬいた。背中から血が吹き出したがその血は形を人の形に変え、色を変え、そして黒いボロボロのセーラー服を着た、腰まで長い髪をポニーテールにした少女が出来上がった。その少女の右手には鞘に入った刀が握られていた。
「すまんドッペル。久しぶりに呼んでおいてだけどこの侍野郎の相手をよろしく頼んだ」
「いいよ別に、中から見てた。早く妹の所行ってきなよ」
「ありがとう」
「逃がさない!」
エルシアの元へ向かうスムノを逃すまいと刀を抜き、飛びかかったイザヨノだが
「いかさない」
スムノがドッペルゲンガーと呼んでいた少女に止められた。
「何私を無視しようとしてるの?」
「お主のような小娘に構ってる暇がないのでござるが」
「私一応特殊大天使なんだけど」
「お主のような小娘が特殊大天使なわけないでござろうが」
「ドッペルゲンガーって知ってる?同じ姿で目の前に現れ、見たものを殺す。んで、この姿は私の最後のターゲットの姿。次のターゲットの姿に変わろうとした所をスムノに止められたの。だからこの小娘の姿は私の本当の姿じゃない」
「ドッペルゲンガーが天使って……あれはただの噂でござろう?」
「天使がいる世の中で噂もクソもないでしょ」
ドッペルゲンガーは刀を鞘から抜き、イザヨノに刀を向けた。
「あなたも刀、使うんでしょ?私も使うの。さぁ、命のやり取り、しましょ?」
その言葉にイザヨノは頷き、刀を鞘に戻し、居合の構えをとった。
それに対しドッペルゲンガーは刀を構えるのではなく、肩の力を抜き、両腕をだらんとさせた。
「それがお主の構えか?」
「そ。力を抜いてだらんとさせて討つ。これが私のやり方」
「なるほど……いざ」
「ふふ……いざ♡」
風が吹き、静かになった瞬間、イザヨノが銀色に光る刀を鞘から数mm見せたが、その時には既に5mは離れていたはずのドッペルゲンガーがイザヨノの首を半分ほどまで切っていた。
◇◇◇
(生きててくれ。頼むから!)
スムノは自分が出せる全力の力でエルシアのいる場所に向かって、エルシアが無事であることを祈りながら走っていた。
そこの角を曲がればエルシアと別れた所で、スムノがその角を曲がり見た光景は――
「あ、兄さん、見て。上級天使、倒せたよ」
そこには頭を何発も撃たれたであろう傷ができた上級天使の死体が転がっており、エルシアが目を青白く光らせ立っていた。
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