第5話「きさらぎ駅」

「ねぇえええ!ドイロさぁん!!本当にこの道で合ってるんですか!?」

「質問してないで早くついてこい!死ぬぞ!!ってお前は死なないんだったな」

「死なないけど置いていかれたら精神が死んじゃいますよぉ!!」


 21時。星は一つもなく、月明かりだけが輝く夜。人は全くおらず、ただ家や店、ビルが静かに並んでいる街中を、1人は冷静に、1人は大声で喚きながら、大量のひょっとこのお面を付けたから全速力で逃げていた。

 なぜこのようなことになったかと言うと――


 17時。1人の人物が椎崎家のインターホンを押した。


「お、きたな。テン、エルシア。ちょっとまっててな」


 そう言うとスムノは玄関に向かった。


「お兄ちゃんの知り合いってどんな人だと思う?」

「さぁ?でも怖い人じゃないといいなぁ」


 2人はスムノの知り合いについてどんな人か予想を立てていた。

 2人は屈強な男か、頭脳派の男かと予想していたが、スムノが家に招いた人物は2人の予想外の人物だった。


「紹介しよう。上級天贈人だが実力はほぼ特殊天贈人。『ドイロ・アローシカ』だ」

「よろしく。妹さん達」


 スムノが呼んだ人物はオフホワイトのタートルネックに茶色のロングコートを着用し、丸いメガネをかけ、左目の下に2本の傷がある女性だった。


「兄さんが…女の人を…」

「私たちを数年間もほったらかしにして…女を作ってたの!?」

「まて、言い方が悪いし別に彼女とかじゃないからな!?」

「へー…彼女じゃないんだ」

「おいドイロまで…は?って…ちょ…え?」


 あたふたするスムノを無視しドイロ・アローシカという女性は2人に歩み寄った。


「君たちがスムノの妹だね。話は聞いてるよ。強くなりたいんだってね」


 ドイロの目は漆黒で深く、2人はその目に吸い込まれそうになり、目が離せなかった。


「強くなる方法は3つ。1つがスムノのように天贈を増やす。でもこれはスムノだから出来ること。君たちにはできないからこれはない。そして2つ目、死んでやり直す。死んでやり直して新たな天贈を得るんだ。でもこれは論外だな。じゃあ残る1つはなんだと思う?エルシア」

「え?私ですか?」

「そう……えーっと…天候を操り、ハンドガンでも2km先の相手でも銃弾を当てることができる…すごいじゃん。で、好きなものは『カツ丼』と『テン』…逆に『ししとう』と『虫』が大の苦手なエルシア。残る1つは?」

「え、なんで私のこと…しかも旧名まで」


 自分の好きな物、苦手なものを言い当てられ、さらに自分の天贈と旧名のことまでも言い当てられたエルシアは驚きを隠せなかった。


「で…?なんだと思う」

「…自分より強い天使を…倒すことですか?」

「ふぅん。なるほど…では次に白き炎で体の傷を燃やし再生する不死身のテン。君に聞こう」

「私のまで…。私はエルシアと同じ意見…かな」

「なるほどなぁ。ちなみに言っとくが私は君たちのことをスムノからは『2人の妹がいてどちらも可愛い』ということしか聞いていない。名前も聞いていないし、天贈についてもなにもだ」

「え、じゃあ私の天贈とかがわかったのは?」

「君たちの情報が私の脳内にあるのは私の天贈にある。『人心のじんしんのめ』、これが私の天贈であり、その詳細は人の心やその人の情報、全てが見える」

「なにそれ…すご」

「で、3つ目だが、君たちの言うこともあながち間違いじゃない。でも私の思っていたことは違う。それは…あ、椅子借りるね。」


 答えを言う前にドイロは椅子に座った。

 そんなドイロにスムノは「はいお茶」とお茶を渡した。礼を言ったドイロはお茶を1口飲み、口を開いた。


「私が思う強くなる方法3つ目は、『何があっても生き残ること』だと思う」

「生き残ること…」

「人というのは生きていれば自然と強くなるものだ。また、どんな危険に巻き込まれようと、そこでしっかり生き延び、そして再び危険に巻き込まれたら、前回の危険に巻き込まれた時の経験を活かすことができる。生き延びた経験、それが『強さ』だと私は思う」

「なるほど…」

「スムノから君たちを強くしてくれと電話がきた。ということでスムノの要望通り、君たちを強くするんだがここで問題がある」

「問題?」


 ドイロは頷くと人差し指をエルシアに向けた。


「エルシア、私から君に教えることは何も無い」

「え?」

「強いて言うなら美味しいタバコの吸い方だけだ 」

「な、なぜなんです?」

「合わないんだ。私と君とでは。従って君を伸ばすことが出来ないんだ。だからスムノ。エルシアは君が育てろ。テンは私が預かる」

「どうしても…エルシアと一緒にできない?」

「悪いができない」


 共に修行し、共に成長を実感するということができないと知ったテンは肩を落とし、少し悲しそうにしていた。そんなテンの背中をスムノは叩いた。


「なぁに。お前らならお互いがどれくらい強くなってるとか感覚でわかるだろ。な?」

「…うん。そうだね。お兄ちゃん」


 スムノに元気づけられたテンはエルシアの方を見て笑顔でブイサインを送った。

 それに反応してエルシアもブイサインを送り返した。

 2人を見ながらスムノはドイロに近づき小声で話し始めた。


「テンとエルシアを離す本当の理由はなんだ?」

「テンの中身を読み取るにテンは異常な程にエルシアに依存している。どこに行くにしてもエルシア。誰と戦うにしてもエルシアって感じで常にエルシアのことを考えてる」

「だからしばらく離そうってのか?」

「いや、2人は経験がないだけで実力は上級天使とやり合えるよ。そんな2人の面倒を見るのはかなり難しいし、そしてエルシアと私は本当に合わない。なぜ合わないのかはいずれ分かるさ」

「なるほどな」

「なんの話してたの?」

「なんでもないよ」


 その後4人でそれぞれの修行の内容を決めた。

 ドイロとスムノが上級天使が出現しやすいスポットをそれぞれ言い合いそれをテンとエルシアはひたすら聞くというのを小一時間ぐらい行い、ドイロとテン、エルシアとスムノはそれぞれの上級天使出現スポットに向かった。


 ◇◇◇


「きさらぎ駅…聞いたことない駅ですね」

「都市伝説とされている駅だ」

「そんな駅、いけるんですか?」

「いけるさ、天贈人ならな。ほら電車がきた」


 ドイロとテンは駅のホームにいた。2人が目指す上級天使出現スポットは「きさらぎ駅」というどこにも存在しないという駅らしい。

 ドイロとテンはそのぎらさき駅にいくという電車に乗り込んだ。車内にはそこそこの人がいる。本当にきさらぎ駅に着くのかどうにも信じられなかったテンは駅のホームで買ったジュースを1口飲んでドイロに聞いた。


「本当にこの電車がその都市伝説の駅に行くんですか?普通の人、いっぱい居ますよ?」

「あぁ、居るな。でも安心しな。ちゃんと着く」


 そう言うとドイロは空いてる席に座り、テンにアイマスクを渡した。


「これ付けて寝な」

「私アイマスクつけても電車では寝れない体質なんですけど」

「君の中身を読んだからわかる。でもつけて寝てみろ。そしたらわかる」


 テンはドイロの横の椅子に座り、言われるがままアイマスクをつけて目をつぶった。

 すると無重力空間に投げ出されたかのような感覚に陥った。ビックリして体を動かそうとしても体が動かない。金縛りに似た感覚だ。

 体を動かそうと頑張っていると今度は頭がぼーっとしてきてまるで温泉に入ってるような気持ちの良い感覚に変わった。

「もうこのままでいたい」と思い始めた時


「おーい。起きろ〜」


 ドイロの声がテンの幸せな気持ちを邪魔した。


「すげえだろ?そのアイマスク。付けた人に色んな感覚を覚えさせて眠らせるという不思議なアイテムだ。私の知り合いが作ったものだよ」

「寝てるっていうよりかはなんか言葉に表せないようなものでしたけどね」

「それを寝てるって言うんだよ。とりあえず降りるぞ」

「降りるって…もしかして」

「着いたぞ。きさらぎ駅に」


 そこは街中だけど、不気味さだけが滲み出ており、1度入れば絶対に帰って来れないと伝えてくるかのようなオーラを放っていた。

 風化した駅にはボロボロの看板がかかっており、そこにはかすれた字で「きさらぎ駅」と書かれていた。


「スムノとエルシアが向かった場所はたしかに上級天使出現スポットだが、必ず出るとは限らない。そことは違い、ここは必ず出る」

「え」

「『え』とはなんだ『え』とは。君は強くなるためにここに来たのだ。ここで生き残り、スムノとエルシアに強くなったところを見せるんだろ?」

「そうですけども」

「ここで君は何をされても死なないけれど、死なない代わりに無限地獄を味わう可能性がある。無限地獄を味あわないようにするんだな」


 ドイロはコートの内側から全身銀色のバールを取りだした。


「ドイロさん、そのバールって何に使うんですか?」

「君の武器は『ブラックニンジャソード』。私の武器はこのホームセンターとかで売ってるごく普通の『バール』。色はこっちの方がかっこいいから買った」

「バールで戦う人なんて初めて見ました」

「バールはね、刺すこともできるし、殴ることも出来る万能な武器なんだよ。だが何もしないままなら『斬る』ということは出来ないが…」


 ドイロは目の前にある電柱にバールを振った。

 すると電柱に斜めの切れ線がはいり、ずり落ちた。


「少し工夫をするだけで『斬る』ということができる」

「あんな硬い電柱をバールで斬るって…一体どんな工夫を…」

「私は…というかこの工夫を皆こう呼んでる。『天力』と」

「『天力』…」

「簡単に言えば天贈の燃料だな。君は気づいていなかったようだが天贈は『天力』を消費して使っている。その『天力』を自在に操ることを、君にはこのぎらさき駅で習得してもらう。」

「ちなみに…ドイロさんはこの『天力』を知ってから習得までどれくらい時間かかりました?」


 テンの質問に対し、ドイロは手を顎に当て黙り込んだ。少し経つとドイロは何か閃いたようでテンに3本の指をピンと立てた手を見せた。


「3本の指…3日…とかですか?」

「いいや、3年じゃ」

「ドラゴン○ールみたいに言わないでください!」

「君がドラゴン○ールを知ってるのを読んで思いついた。君の緊張を解こうと思ってやっただけだ」

「てか…3年て…私3年も命のやり取りをしないと行けないのか…」

「命のやり取りって…君死なないじゃん」

「死なないですけど」

「てか3年は流石に嘘だ」

「嘘かい!!」

「本当は2ヶ月」

「2ヶ月か…」

「楽しみだな」


 テンに笑顔を向けるとドイロは再び歩き出し、テンはついて行った。

 ドイロは道を歩きながら何かを探してるようでそれから2人は何も話さずただただ月明かりに照らされた静かな待を歩いた。

 しばらく歩いているとなにか遠くで太鼓や笛、鈴のなる音が聞こえた。


「太鼓の音?」

「お、お目当てが来たな」

「お目当て?」


 テンは音のした方を振り返るとひょっとこの仮面をつけた男が陽気に歩きながら笛を吹いていた。そして笛を吹きながらゆっくりテンたちの方を向いた。


「こっち向いた…」

「逃げるぞ」

「え?」


 ドイロはそう言うとテンを置いて走り出した。

 テンはそれを見ると慌てて走り、ドイロの後を追った。


「ドイロさん!なんで走るんですか!?」

「余裕があるなら後ろを見て確認しな」

「後ろ…?」


 テンが振り返り、見た光景は沢山のひょっとこを被った男や女が笛や太鼓などの和楽器を鳴らしながら追いかけてきていた。


 ◇◇◇


 現在時刻21時30分


 ひょっとこ達から逃げ切ったテンとドイロは公園にあるドーム型の遊具に隠れていた。

「ドイロさん!なんなんですかあれ!?」

「あれがここに出現するというか住んでる上級天使だ。捕まれば大量の和楽器でぐちゃぐちゃにされるぞ」

「え、まじか、グロ…」

「奴らの数は約40人。あいつら全員葬るのが今回のお前の修行だ」

「あれ全部私やるんですか!?無理です!無理無理!!」

「そのために私がいる。とりあえず見てろ」


 ドイロがドーム型の遊具から飛び出すとそこにはテンとドイロを探していたひょっとこ達がいた。そして飛び出したドイロを確認するとともに演奏を初め走り出した。


「天力をバールに注入する。そしてその天力を放ちながらバールを振る!!」


 手でバールを撫でた所が白くなり、そしてそのバールを大量のひょっとこに放った結果。ひょっとこ達は吹っ飛んだ。


「こんな感じだ。天力のこめ方によって与える効果は異なる。斬ったりぶっ飛ばしたりとな。ちなみに奴らは殺しても殺しても数は減らずなんなら増える。今は40人前後だがそうだな…ここから帰るのはお前が天力を扱えるようになって、こいつらを役5万人倒したら帰ろうか」

「5…5万人!?」

「天力の使い方はとりあえず集中しろ。お前だったら死ぬたびに覚えるはずだ。仮に死んだらその再生力もついでに鍛えろ。私は私の命を守る!」

「ちょ、まって!ドイロさん!!」


 ドイロは塀の上に飛び乗り、そこから屋根に飛び乗ってその場から離れた。


「行っちゃった…」


 ドーム型の遊具に置いてかれたテンは、ひょっとこ達の方を確認するとドイロに吹っ飛ばされたひょっとこ達はまたわらわらと集まり演奏を始めようとしていた。

 テンは「ブラックニンジャソード」を鞘から抜き、構えた。


「とりあえず、ドイロさんの真似をしよう…。集中しろって言ってたから手に集中するのかな…わかんないけど私は死なないんだ。死なないなら死なないなりに頑張らなきゃ!」


 テンはドーム型の遊具からドイロと同じように飛び出し、ひょっとこ達に向かって走り出した。

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