第4話「最強の兄」
「第1の天贈、『天行世界』」
スムノがそのセリフを口にした瞬間ファトストロは消えた。
テンとエルシアは何が起こったのか理解できず、ポカンとしている。
「これが俺の1つ目の天贈、『天行世界』だ」
2人にドヤ顔を見せながらスムノは自分の天贈についての説明を聞かせる。
「両手の人差し指と親指で四角形を作る。そして俺の目線からその指の四角形に入れた生命体を別の世界に飛ばす。どうだ?凄いだろ?」
「その…別の世界に飛ばされた人はどうなるの?」
「別の世界の危険度はランダム。凄く危険なとこだったり、とても平和なとこだったりとね」
「帰ってくる方法…は?ありますよね?」
「あるとも!それはその世界でゴールすること。でもそのゴールする難易度もランダムだからゴール出来るかは運次第」
得意げに話すスムノに対し、説明を聞き、あまりの強さに鳥肌を覚える2人だが、説明を聞いただけで兄との間に大きな壁があるということも思い知らされた。
「滅茶苦茶な強さだね…お兄ちゃん」
「まあな、でも―」
スムノが何かを言いかけた時、スムノの後ろのなにもない空間からファトストロが落ちてきた。
「おや?ゴール出来たようだね。もしかして平和な世界だった?」
「一体何をした…?」
「君を別の世界に飛ばしただけさ。で、どうだった?飛ばしてから帰ってくるまで早かったけど簡単だった?」
「クマだのチーターだの多くの肉食獣に襲われた」
「ククッ…それは運が悪いね」
両手両足を地面につき、息切れしているアトスファロの問に笑いながら答えるスムノ。
「でも助かったよ。帰ってきてくれてなかったら、妹たちに俺のかっこいいところをまだまだ見せれないからね」
「この……っ!!」
ファトストロは怒りに任せて腕から生やした植物の束をスムノに振りかざし、さらに腕だけじゃなく、背中や足からも植物を生やし、それぞれの植物の先端を尖らせスムノに猛攻撃を仕掛けた。それに加え、自身の殴りや蹴りも放ち、手から緑に光るエネルギー玉を爆発させたりするが、スムノの表情は変わらず常にニヤついている。
ツタでお腹を貫通されようとアトスファロの本気の殴りを顔に受けても表情は変えていない。
逆に攻撃をしているファトストロの顔に先程まであった余裕の表情がなくなっていた。
数々の攻撃を食らってもなお余裕の表情をするスムノを見てエルシアはあることに気づいた。
「ねぇ…テン、兄さんの体…増えてない?」
「え?あ…本当だ」
椎崎スムノの体が増えている。
最初はものすごい速さで攻撃を避け、その時に出来た残像かと思ったが残像にしてはおかしい。しかもその増えている体のほとんどはまるで死体のように動かなく、されるがままだった。
ファトストロもスムノの体が増えていることに気づき、攻撃を止めた。
「おい…お前の周りに落ちているお前の死体のようなものは一体なんだ!?」
「あぁ…これか。『死体のような』じゃなくて立派な死体だよ」
「どういう事だ…?」
「これも『天行世界』の力だ。俺が死ぬと、別世界から別世界の俺がこの世界に飛ばされ、俺の記憶や経験など全てが別世界の俺を上書きし、この世界の俺となる。簡単に言えば無限残機のようなものさ。ただ…この世界で死んだ俺の死体は消えず、ずーっと残るってのが欠点なんだけどな」
スムノの言葉を聞き、ファトストロは理解し、そして絶望した。
この男は死なない、と。
「こっからは俺のターンだ。2人とも、よく見とけ。これが『特殊天贈人』だ」
「特殊天贈人だと!?」
「特殊天贈人?なにそれ」
「え、エルシアしらないの?」
「しらない」
「ほら、天使に階級があるじゃん。それと同じように天贈人にも階級があって『下級天贈人』、『上級天贈人』そして『特殊天贈人』があるの。その中でも『特殊天贈人』は現在日本に3人しかいないんだけどまさかお兄ちゃんがその3人のうちの1人だったなんて…」
「なるほどねぇ…ちなみに私たちの階級は―って聞くまでもないか。今戦ってる2人にビビってるんだし…」
スムノがファトストロに近づくとファトストロは後退りをし、冷や汗を垂らした。だが亜人會幹部としてのプライドが高いのか後退りした足を戻し、深呼吸し、スムノを睨みつけ、植物だらけの体で飛びついた。
「私は亜人會幹部!ここで負けるわけには行かないのだァ!!」
「へぇ…そりゃすごい。でも勝つのは俺さ」
スムノは飛びかかってきたファトストロの顎を蹴り上げ、そしてがら空きになった胸あたりと腹を蹴り上げた足で蹴った。
胸と腹を抑えて苦しむアトスファロを前にジャンプし、右足、左足と蹴る足を入れ替え、顔を集中攻撃した。
「1回のジャンプで蹴りを何発も…」
「いや、テン。あれ…どう見ても飛んでるでしょ!!」
「正解だエルシア。これが俺の第4の天贈、『空中浮遊』だ。言葉の通り、空を飛べる天贈…だ!」
空中で回し蹴りをアトスファロに食らわし、2〜3メートル吹っ飛ばした。アトスファロはすぐさま受身を取り、体制を整えるが黒い触手のようなものがファトストロの肩を貫いた。
「ぐぅっ!何だこの黒いのは!?」
「俺の影さ」
「影…だと?」
「俺の第2の天贈、『
ファトストロは負けじと自身の植物を伸ばし戦うが、量は勝てども速さや耐久性で生やした植物はボロボロになっていき、その隙を影がファトストロを襲った。
「俺は小五郎のせいであまり強さとかが知られてないけど俺からしたら小五郎を倒すなんて容易いことなんだぜ?お前の敗因は俺を舐めすぎだ」
「お前は一体…いくつの天贈を持っていやがる…?」
「8つ」
「8つ!?噂以上じゃん…」
噂では5つだったが実際には8つも天贈を持っていた兄に対し、テンとエルシアは驚いた。
「8つもか…それでも私は負けん!!」
「いいや、お前の負けだ。それにお前に対し、俺の全ての天贈を発動するのは逆に難しいんだ。せっかく妹たちに見せようと思ったんだけどな。だから、そろそろ終わらせよう。幹部と聞いていたが残念だ」
スムノは攻撃を辞めずに手のひらをファトストロに向けて口角を上げた。
「第8の天贈『天衣転…」
スムノが何かしらの技を出そうとした時、小学生くらいで髪の毛が緑髪の少女が突然現れ、スムノの顔を蹴り飛ばし、電柱に叩きつけた。
「何してるの?ファトストロ。ほら、帰るよ」
「お嬢…悪いがそれは出来ない。俺はこいつを殺さねば」
「ファトストロ。どうせ天贈会には遅かれ早かれ知られることになるのだから、今日はもう帰るよ。それにあなたは負けたの」
「……わかった…」
少女に自分が負けたことを言われ、ファトストロは目を強くつぶり、拳を握りしめ、承諾の声を絞り出した。
「まてよ。逃げられると思ってんのか?」
「…『メテオ』」
首の骨を鳴らしながら瓦礫の中から出てくるスムノを横目に少女が呟くとファトストロは空中に浮き、ものすごい速さで飛んでいってしまった。
「あれ?逃げられたよ、特殊天贈人さん?ふふ、じゃあね…『メテオ』」
ファトストロと同様、少女も空中に浮き、飛んでいく。
スムノは影を飛ばしたが追いつけず、逃げられてしまった。
◇◇◇
「うぅ…美味い…料理上手くなったなぁ…エルシア…」
「そんなに泣くほどです?兄さん」
「あぁ!美味い!めっちゃ美味い!」
あの後、スムノはファトストロを攻撃していた時の邪悪感じる笑いとは違い、「すごかったろ?強かったろ?」と家族に向ける暖かい笑顔で2人に話しかけたが、2人はスムノがファトストロを攻撃している時に見た、黒く、とても冷たい目を見てからスムノに若干恐怖を覚えていた。
家に帰る途中、沈黙が続いていたが、途中でスーパーで買い物をし、帰ったら作る料理のことなど沢山話したことで、2人は兄であるスムノに抱いてしまった恐怖が徐々に消えていった。
「テンはご飯食わないのか?」
「私はいいや。お腹減ってない」
「朝昼晩は飯食わないとだぜ?」
「今昼飯が食べられるメンタルを持ってるのは兄さんだけですよ」
「え、なんで?」
「察してください」
「はぁ…」
スムノとファトストロの戦いを見た2人は兄やファトストロとの実力の差と、自分は今まで弱い天使と戦ってきてドヤ顔をしてきたという事実に、ショックで食事が喉を取らない状態だった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「私…修行しないといけないかな」
「え、なんで?」
「だって、あのファトストロって奴の睨みだけで怖さで体固まっちゃったし、何も出来なかったから…」
肩を落とし、自分の愛武器を弄りながらテンはスムノに相談をもちかけた。
テンの言葉にエルシアも反応し、「私も修行しないとダメかな…?」と言わんばかりの目線をスムノに送った。
「そっか。怖かった、か。まぁ…あいつは上級天使と強さはほぼ変わらないからな。植物を操るだけじゃなく、何かしらのエネルギーを溜めて放つことも出来た。自分の天贈を磨きまくってるんだろうな」
「天贈を磨く…」
「テンとエルシアは上級天使と戦ったことはあるか?」
「1回だけ…でもその時は他の天贈人もいたし、遠距離からエルシアが援護してくれてたからなんとか勝てた」
「私は2回。でも2回とも遠距離からスナイパー撃ってただけだから…」
「え、エルシア2回戦ったの?呼んでよ!」
「まぁとりあえず2人とも上級と戦ったことはあるが、ソロで戦ったことはないと…。よし!戦おう!!」
「「え」」
「亜人會とかの前にまずは上級をそれぞれ1人で倒してもらう。なに、心配ないさ。俺も居るし、それに助っ人も呼ぶからよ」
「助っ人…?」
「そう。上級天贈人だけど実力はかなりすごいやつだ」
スムノはニヤっと笑い、その助っ人に電話をかけた。
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