第3話 「亜人會」

「なっ…!?」


 エルシアとテンは手を止め、テンの後ろにいる声の主に手入れ途中の愛武器から視線を移した。

 声の主はグレーの猫耳パーカーにサングラスをかけており、両頬に1本の古傷がある黒髪の男だった。


「お兄…ちゃん…だよね?」

「それ以外にだれがいるってんだ?」


 男がテンの質問に答えるとテンは男に勢いよく抱きついた。


「おかえり…!」

「ただいま」


 その男はテンの兄であり、エルシアの義兄であり、先程テレビで話題になっていた男、椎崎スムノだ。彼は自信に抱きつくテンを撫でながらとてもやさしく、あたたかい表情を浮かべた。


「おかえりなさい。義兄さん」

「ただいま、エルシア。あいからわず美人だな」

「義妹に言うセリフじゃないですよ」


 エルシアは2人から視線を愛武器に移し、手入れの続きを始めた。


「ねえ、兄さん。ここ数年間、今までどこいってたんです?」

「あ!それ私も聞きたい!2人の妹をほったらかしにしてどこ行ってたの?んでなんで突然帰ってきたの!?」

「帰ってきちゃ悪いか?」

「悪くない!!」


 スムノは抱きつくテンを引き剥がし、2人がラジオ感覚で聞いていたテレビを消した。

 そしてクッションに座り、口を開いた。


「俺がここ数年間、家にも帰らず、天使討伐報告もせずにどこに行ってたか、話してやろう」


 テンは正座で前かがみになり、目を輝かせていたがエルシアは愛武器を手入れしながらすこしソワソワさせていた。クールを気取っているようだが気になって仕方がないのだろう。


「単刀直入に言うと、俺は調べ物をしてた」

「数年間も?」

「数年間も」

「調べ物でそれだけ時間がかかったのなら、成果は凄いんでしょう?」

「ふふふ、聞いて驚け。とあるものを調べに調べてわかったこと。それは…」

「それは…?」

「何もわからなかった」

「「…は?」」


 スムノのまさかの答えでテンの顔は固まり、エルシアは愛武器を落としてしまった。


「ちょ、わからなかったって…え?」

「まず、俺が何を調べていたかを教える。俺が調べていた物、それは」

「それは…?」

使、だ」


 2人は「え、そんなものを調べていたの?」と言わんばかりの表情を浮かべ、それぞれの作業に戻ろうとした。


「ちょ、ちょっとまてよ!なんでそんなに呆れた顔をしてるんだ!エルシアはともかくテンは武器の手入れに戻るんじゃない!!」

「だって、そんなの調べてなんの意味があるの?」

「あのなぁ、今は当たり前となってる天使とか天贈だけどよ、なんでそんなのが存在するんだよ。おかしいと思わないのか?」

「思わない」

「思わないですね」

「お前らなぁ…俺がどれだけ数々の遺跡などを調べたと思ってるんだ」

「遺跡…ですか。それに関しては話聞きたいです」

「遺跡に興味を持たず天使と天贈の誕生の謎に興味を持って欲しいんだけどな」


 スムノは想像していた反応とは違い肩を落とし、落ち込んだ。そしてため息を吐き、再び口を開いた。


「…これから俺たちが戦う敵についての話があるんだが」


 スムノのセリフを聞き、テンは即座に最初のスムノの話を聞いていた位置に戻り、話してどうぞ、と言わんばかりの表情を浮かべた。

 戦闘好きのテンはわくわくしていたがテンとは違い戦闘をあまり好まない…いや、好まないというよりかはめんどくさいと思っているエルシアは「キアッパ・ライノ」の手入れを終わらせ、もう1つの愛武器、「L96 AWS」の手入れを始めた。


「俺たち天贈人が全員所属している組織、『天贈会てんそうかい』ってのは知ってるだろ?」

「もちろん。まぁ知ってるのは名前だけだけど」

「それと似たような組織、『亜人會あじんかい』というのが出来た」


 亜人とは、天贈を善に使うのではなく、犯罪に使う人の事であり、その数は年々増えているそうだ。


「亜人…會…」

「まだまだ亜人會の人数は少ないが、これからどんどんメンバーは増えていくだろう。そしていずれ天贈会と全面戦争にもなるかもしれない」

「全面戦争になったらエルシアは遠距離部隊決定だね」

「もし全面戦争になったらもう一度カエル降らせようかな」

「それだけは絶対にやめて」


 カエルを降らせるというエルシアの発言にハテナを浮かべたスムノだが、エルシアの天贈を知っているのですぐに理解し「なるほど」と感心した。


「んで、天使と天贈の誕生のついでに亜人會についても調べたんだ。そして7人の幹部とボスがいることが分かった」

「7人の幹部と…ボス」

「ボスの名前とかは見た目は分からなかったが、7人の幹部の名前と見た目は調べてきた」

「名前まで調べたんだ!すご…」

「じゃあまず1人目。名は『ファトストロ』」

「ファトス…トロ?」

「そう、どういうわけか亜人會の幹部は全員名前が本名ではないんだ。まぁ、本名は捕まえてから調べればいいな」

「そのファトストロって亜人の天贈は?」

「天贈まではわからなかった。いくら俺でもあいつとは違って見ただけで天贈はわからない」

「あいつって?」

「そのうち出会うと思うよ。多分、エルシアと気が合うだろうな。なぁ、ヘビースモーカーさん?今でもタバコ、吸ってんの?」

「タバコ吸うのは2日に1回お『L96 AWS』を撃つ時だからヘビースモーカーではないです」


 手入れが終わりスマホをいじってるエルシアにスムノは話を振ったが、視線はスマホのまま返事を返すエルシアに少ししょんぼりする。


「で!そのファトスファロって亜人の見た目は?」

「見た目は背が高く、ガタイもいい。髪型はオールバックで眉毛は全剃り、そして目なんだが普通、白に黒目だけどそいつは黒に白目と反転してるんだ。そしてなにより鼻がでかい」

「鼻がでかいのはどうでもいいかな」

「そして2人目についてだが……そろそろ来るな」

「え?何が来るって」


 テンがスムノに聞き返したその時、近くで衝撃音が鳴ったと同時に大きな揺れが起きた。


「え!なに!?なに!?」

「実は俺が亜人會について調べてたのはさっきなんだ。んで調べてたのがバレて、自宅に逃げた」

「じゃあ、今の爆発音と揺れって」

「俺を排除しに来た亜人會の誰かだな」


 ◇◇◇


 3人は衝撃音が鳴った場所に行き、そこには半径2m程の大きさのクレーターが出来ており、そこには1人の男が立っていた。


「背が高くてガタイがよく、オールバックに眉毛全剃り…そして」

「鼻が…でかい」

「だろ?でかいだろ?思った以上にでかいだろ?あいつが亜人會幹部の1人、ファトストロだ」


 ファトストロは自分を見つめる3人に気づき、眉間に皺を寄せ、黒に白目の目で睨みつけた。

 その瞬間、テンとエルシアは自分より大きい刃物で体を刺された感覚に襲われ、冷や汗を流した。スムノはというと冷や汗をかくどころか口角を上げ余裕な表情をしていた。


「エルシア…あいつ」

「うん…。トンネルで見たやつと同じくらいやばい」


 2人は無意識に後退りをし、戦闘態勢に入っていた。


「椎崎スムノ…亜人會で得た情報はもう天贈会に報告したのか?」

「報告はまだだけど亜人會とお前の鼻がデカいってことは妹達に話したよ」

「我々亜人會のことを天贈会本部に報告されては困るのだ。亜人會について知っているのはお前ら3人だけか?」

「そうだけどなに?なんで報告されたくないの?まさか秘密裏に亜人會を育てて天贈会に不意打ちを喰らわそうとしてる?もしそうならやめときな?俺がいる限り、そんな妄想叶わない」

「お前はどうでもいい。我々亜人會が1番注意しているのはお前ではなく、『願楽寺小五郎』だ」

「『どうでもいい』?…あの、その言い方だとお前、俺を倒せると思いで?」

「ああ…」


 空気が変わり、テンとエルシアは冷や汗を垂らすことしかできず、さらに怯えることしか出来なかった。


「……はぁ。どいつもこいつもジジイのことばっかりか。テレビでは50対50だったんだけどなぁ…あれはたまたまだったのか?」


 右手をポケットにいれ、左手の人差し指で頬に出来た古傷をかきながらスムノはファトストロに向かって歩き出した。


「向かってくるということは死ぬ覚悟ができたという事だな?」

「死ぬ覚悟をしなきゃ行けねえのはてめえの方だぜ?デカっ鼻」

「ははっ。面白い冗談だ。街では最強と言われてるお前だが小五郎よりかは弱いのは確かなんだろう?」

「でもデカっ鼻のお前よりは断然強いけど?まぁ鼻の大きさは俺のボロ負けだけどな」

「てめぇ…さっきから黙っ手聞いてればデカっ鼻デカっ鼻と…」

「本当の事だからだろ?デカっ鼻ぁ」

「その口、黙らせてくれる!!」


 ファトストロは自身の鼻の大きさをいじられたことにより怒り、スムノに向かって突進をした。


「早っ!あんなの避けるしか…!」


 その速度はほぼ車と変わらなかった、が、ファトストロの突進に合わせスムノは少し走り、ジャンプ、ファトストロの突進をドロップキックで止めた。


「あの早い突進を…ドロップキックで…」


 その光景を見たエルシアとテンは驚愕し、「これが、普段天使と戦っている天贈人を見る一般人の気持ち」を味わっていた。それと同時に自分たちはまだまだ弱いということを実感した。


「その突進がお前の天贈だとかいうわけないよな?だとしたら名前はなんだ?『猪突猛進』とかか?」

「ドロップキックで私の突進を止めるとはそこそこの力はあるようだな。だがこれはどうだ?」


 ファトストロは顔に血管を浮かべ、両腕に力を入れ、植物を生やした。


「私の天贈は『樹木開花じゅもくかいか』。体から植物をはやすことができ、そして…」


 両腕をスムノに伸ばし、植物を密集させ、大きな筒を作った。


「どこぞの国民的アニメの猫型ロボットが出す武器に似てるな」

「私が放つのは空気などではなく、太陽の光を凝縮させたものだ。喰らえ、【緑太光砲りょくたいこうほう】!!」


 黄緑色に輝く巨大なレーザーを放ち、スムノとその後ろに立つテンとエルシアを消し去ろうとしたが、レーザーが3人に到達する前にスムノがテンとエルシアを横に投げ、妹をレーザーからは守ったものの、そのせいでスムノは自分は避けられずレーザーの光に包まれた。


「お兄ちゃん!!」

「兄さん!!」


 レーザーが止み、抉られた地面だけが残り、そこにスムノの姿はなかった。


「ふっ…やはり弱いではないか。私の中で最も弱い技だったんだがな」

「その割には息、切らしてるんだな」

「なっ!?」


 消し飛ばしたはずのスムノが後ろに立っており、急いでその場を離れるファトストロをスムノは鼻で笑った。


「あー、このでこぼこ具合じゃ、しばらく車通れねえな。道路代ってめっちゃ高ぇぞ?」

「何故だ…なぜ生きている!?私の【緑太光砲】はレーザーで消し飛んだ奴の養分を奪う技でお前の養分は確実に得たはずなのに!!」

「安心しろ。お前の技で俺はちゃんと消し飛んだよ」

「ならなぜお前は無傷で」

「これが俺の天贈だ」


 その言葉を聞き、その場の全員が目を開いた。知っているのはこの世で数人と言われているおり、家族でも知らないスムノの天贈が今、スムノの口から明かされようとしていることに、この場の全員は驚きを隠せないようだ。


「実を言うと俺もなんで俺の天贈があまり知られていないのかがわからない。俺的には公表してるつもりなんだけどな…まぁいいや。俺の天贈はこういったもんだ…」


 スムノは両腕を伸ばし、両人差し指と親指を伸ばし、長方形を作り、その長方形の中にファトストロを写した。


「第1の天贈、『天行世界てんこうせかい』」

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