一日目:「はじめましてさん」 その1。
私の友達に、幽霊の女の子がいる。
その子は、私のクラスであるこの教室に昔からいる女の子で、名前は
白ワンピースの小夜ちゃん、という怪談はこの学校では有名であり、だけどそんな彼女を見たことがある人は、ごく僅か。しかし私の場合はその逆で、私が小夜を見つけたのではなく、小夜が私を見つけてきた。
見つけられてしまった以上、一体何をされるのかと身構えたが、しかし彼女は「絶対に害を加えないから」と約束をしてきて――――、
それ以来、彼女とはこうして、放課後の誰もいなくなった教室内で話し合う仲となる。
「ねぇ、
放課後。夕方、私たち以外、誰もいない教室。部活動以外の、私みたいな居残り帰宅部に向けられた完全下校のチャイムがなる、その少し前。帰り支度をしていた私へと、小夜が、妙な質問をしてきた。
「なにそれ」
話を聞いたこっちも良く分からない話だったので、思わず聞き返してしまった。小夜は私の前の席に座って、片肘ついて、何か難しい事でも考えるような顔をしていた。彼女にしては何だか珍しい顔だった。あんまりここまで考え込むような子じゃないと思っていたが、思いのほか、うぅんと悩ましい顔をする。
彼女とは色んな話をする。例えば、小夜はラノベ好きな少女だった。だから死後も誰かとラノベの話をしたかった。だけど、他の幽霊はラノベなんて全然興味がないらしいし、かといって自分が視える人間といえば、皆怖がってどこか行くか、そもそも気づいてくれないことが多いので、話すことすら叶いやしない。
でもある日、クラス替えの際に、この教室に在籍することになった、同じラノベ好きな私を見つけた。小夜曰く私以外ラノベを読んでる子がこのクラスにはいなかったようで、見つけた際にはすごい嬉しかったらしく、だからわざわざ私だけにこうして姿を現し、話しかけてきたのだった。
私も私で、ラノベを読むことは好きだし、更に言えば自作小説をノートに書くのが趣味なので、最初こそ本物の幽霊だ、と驚いたものの、しかし話してみれば、以上のことから気が合った。だから小夜と友達になれて、日々ラノベ談議も含めて、こうして二人で放課後に、ずっと雑談をし続けているのだが。
「いや、私も分からんのよ。そんな奴、いたっけなぁって」
はじめましてさん。
そんな名前など、人の名前じゃない。校内の生徒の渾名か何かだろうか。勿論、先生にも言えることだ。そういえば最近、新しい先生が何人か赴任してきたが、その人達のことを言っているのだろうか。
「ごめん、そんな呼ばれ方してる人、私は知らない。新しくやってきた先生達の名前が覚えられないから、はじめましてさん、って言ってるとかじゃないのかな」
一応、新任の先生の話をしてみたが、しかし小夜はすっぱりと否定する。
「うんや、違う。最近、この学校でたまぁに聞く話でね。そういった変なのがこの学校にいるんだとさ」
そういった変なのが、この学校にいる。
「幽霊の話?」
「そう、幽霊って言うか、こっちの話」
私は、片付けかけた筆箱からシャープペンシルを出して、ノートの片隅にメモをする。あとで自宅で調べてみようと思ったから。
「それ、どんな話なの?」
「
「……小夜って、仕事してるの?」
「してるよぅ。あ、もしかして私のこと、ずっとラノベばっか読んでるだけの超絶スーパー美少女小夜ちゃんだとでも思ってた? うん、そりゃあ確かにその通りで間違いんだけどさ」
「他に情報は?」
「それが、てんで。私が聞いた噂を纏めると、「放課後、誰もいない三階の廊下を歩いていると、ふと後ろを振り返れば、その廊下の突き当たりのところで、首をぐにゃりと捻ってニヤニヤしながらずっとこっちを遠巻きに見てくる男の子」ってくらい」
「そんな幽霊がいるんだ」
「――――いや、幽霊かどうか、何とも言えんのよね」
「へぇ」
そんな噂、私も始めて聞いた。小夜でもそこまでしか知らないなら、余程のものなんだろう。
学校の怪談、および七不思議とは、その時々によって形が変容していくものだ。例えば有名な「トイレの花子さん」は、ある時は二階のトイレにいたり、またある時は三階のトイレに移動したりする。なんなら二階の花子さんと三階の花子さん、なんて二人同時にいる時もある。
また、全く新しい怪談が生まれるときもあるし、逆にその怪談そのものが無くなってしまう時もある。だから今回の話も、オカルト好きな誰かが広めようとする、新しい怪談かなとは思ったけれど。
「今、放課後だよ」
「そうだね。しかも三階だ。どうする、怖いなら下駄箱くらいまでなら憑いていけるよ」
「うん、お願い。もし
「その通り。じゃ今日は大好きな親友の為に、その身を守る守護霊になりますか。あ、ご褒美はマウス・トゥ・マウスのキスでお願いします。前からしたかったんだよね」
「……」
「え、嘘、良いの、その無言の間は、良いって合図のやつでよろしい?」
「ドン引きしてるんだって気づけ馬鹿」
そして、チャイムがなる。完全下校の合図。
鞄を持って、廊下に出る。左右を確認したが、それらしき存在は、まだ見当たらない。私は教室の鍵を閉めたら、そのまま鍵は職員室に戻しに行かなくてはならない。この廊下の階段は、二つある。それは両極端に西側と、東側。東側は図書室や保健室などが近いから、そこへ行くときにはよく通る階段だが。
同時に、その東側の階段は、職員室への近道でもあった。
予感がした。
「小夜」
「あいよ」
二人して、合図を送り合う。
私は鍵を閉めて、ふよふよと浮いて憑いてくる小夜と共に、西の一番端の階段まで踵を返し、歩いて行く。
廊下は、静かだった。やけに静かすぎた。誰もいないという静けさじゃなく、誰かがどこかに隠れ潜んでこちらを伺っているという、視線と存在感を感じる静けさだった。何かが起こる前兆の静けさとでもいっていいか。
だから私は、西側の階段へと真っ直ぐに向かうことを選んだ。これは直感だ。まるでこうして歩いていくことそのものが、怪異に出遭う為の「
だから、まだだ。今じゃない。
手順というなら、恐らく振り向くのは、階段あたりが良い。
私の直感通りなら、そのとおりにやれば、私達はそれに出遭う事が出来る。
小夜も当然、というか彼女は幽霊だから。相手が何らかの条件によってでしか出現できないと理解したようで、私と同じく前を向いている。
そして、階段に辿り着いた。
「――――」
私たちは、振り向いた。
振り向けば、廊下が、真っ直ぐに伸びている。
その先を、私たちは見た。
そして、驚いた。私は声も出ず、ただ、それを見た。
小夜は、どうだっただろうか。私と同じく一瞬、驚いた空気はあった。だがその前に、小夜は件の存在を「他所物」と言っていた。だからどこか、私たちの視線の先にいるそいつへと、確実な一線を引いた雰囲気も、隣から感じられた。
「――――誰だ、お前」
小夜は訊ねる。
「迷子であれば、外への道を教えるよ。そこを通って、出て行って貰って構わない」
彼女は私の側に立つ。守ってくれているのだ。これは、警戒などではない。
「だけど、こちらに用があるとするのなら、その場から言え。少しでも妙な気を起こせば、私たちも、その全てが容赦しない」
剥き出しの敵意。小夜は、悪いものに向ける敵視を、存分にそれへと向けている。私の側に居るのは、念のために、ではない。明らかにすぐにでも身の危険があるからだ。私も分かる。小夜がいて良かった。正直に小夜のボディーガード案を受けて正解だった。
それは、小夜の問いに、何も応えなかった。
ただ、直立不動で首をぐにゃりと捻り、ニヤニヤと独り、笑うだけ。
はじめましてさん。
この学校の制服を着た、見知らぬ男子学生が、遠くから私たちのことを、ずっと、延々と
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