小夜ちゃんという、幽霊は。

至璃依生

小夜ちゃんという、幽霊は。



 令和4(2022)年5月29日

 お題243『えちぃキャラが出てくる物語』

「えちぃキャラ」-1:こんな感じ?

 人前で

 してはいけな

 話をし

 嫌がれても

 尚続ける








 私の友達に、幽霊の女の子がいる。


 その子は、私のクラスであるこの教室に昔からいる女の子で、名前は小夜さよという。


 白ワンピースの小夜ちゃん、という怪談はこの学校では有名であり、だけどそんな彼女を見たことがある人は、ごく僅か。しかし私の場合はその逆で、私が小夜を見つけたのではなく、小夜が私を見つけてきた。

 見つけられてしまった以上、一体何をされるのかと身構えたが、しかし彼女は「絶対に害を加えないから」と約束をしてきて――――、


 それ以来、彼女とはこうして、放課後の誰もいなくなった教室内で話し合う仲となる。


「やっぱラノベにはね、エッチぃ描写が必要だと思うの。前にも言ったけど、たとえばずっと重くてシリアスな描写が続いたり、息を呑むほどの苛烈なバトル描写が続くのって全然悪くないんだけど、でも同時に、どこかでちょっとでも良いから息継ぎができるような、オアシスや清涼剤のような描写だって必要なの。わかる?」


 ……こんな感じで、学校終わりの時間を主に、二人して、小説談義……もといラノベ談義に耽る毎日である。小夜は私の席の前の席に座って、まるでその道のプロみたいに腕を組んで、それはそれは良い物知り顔で話しかけてくる。


 なんならこいつ、授業中ですらノートにこそこそと文字を書いてきて、意見を主張してきたりもする。朝方の歴史の授業中には、ノートの端っこに「スポブラって触り心地とか絶対にイイよね」と書いてきやがった。変態か。あと授業中だっつってんだろこっちは。


「物語の緩急とは、休憩所という意味合いにも当て嵌まるの。美しい文章が続く純文学だって、読んでいて心がハッとする描写にドキッとするのが私は好きなんだけれど、でもやっぱり少し甘味処みたいな場所が欲しいなぁって。だからそういう描写が入ると、物凄く息を吐ける。あ、でも濡れ場とかは、あれは文学の艶めかしさとか人と人との肌恋しとか心愛しいとかの繊細な美学の方向性だからまったく別の話になるんだけどね。ううんでも私はいつか伊豆の踊子の温泉シーンは、現代エッチぃものを描く漫画家の中で史上最高峰と言える、「矢島神」に書いてもらうべきだと常々思ってる」


「だからもなにも、小夜がただそのワンシーンを矢島さんに書いて欲しいだけでしょ、それ」


「そうとも言う」


「そうとしか言わないでしょ」


 端的に言えば、小夜はラノベ好きな少女だった。


 だから死後も誰かとラノベの話をしたかった。だけど、他の幽霊はラノベなんて全然興味がないらしいし、かといって自分が視える人間といえば、皆怖がってどこか行くか、そもそも気づいてくれないことが多いので、話すことすら叶いやしない。


 でもある日、クラス替えの際に、この教室に在籍することになった、同じラノベ好きな私を見つけた。小夜曰く私以外ラノベを読んでる子がこのクラスにはいなかったようで、見つけた際にはすごい嬉しかったらしく、だからわざわざ私の波長に合わせてまで、こうして姿を現し、話しかけてきたんだという。

 波長を合わすというのは、私の感覚だ。私自身は全く霊感が無いものの、昔から幽霊にちょっかいをかけられる体質であり、その前兆として「なんとなく幽霊が私の周波数に合わせてきてる感覚」が分かる時がある。それをされると、たとえ私みたいに霊感がない人間にも幽霊が見えるようになる。

 しかし人間側からは難しく、大体は幽霊側がやることだ。だからこそ、それが出来る人間は「霊能力がある」と言われるんじゃないかな、と思う。


 とまぁ、そんなこんなで、今日も今日とて小夜とのラノベ話が始まる。私は目の前に、自分の考えた小説を書く為に専用のノートを広げ、カリカリと続きを書いていた。同時に、思いついたプロットなども、別のページにメモをしていく。


「ちゃんとエッチぃのは入れてるよね?」


「分かってる。そういうのは決して読者に媚びた、ただのウケ狙いじゃないってのは、貴方から散々教わったから。息抜きとか休憩所、でしょ?」


「そう、その通り。あと、その物語のヒロインの子、ちゃんと私が教えた展開に繋がるように物語の続き考えてる? 猫耳カチューシャと、旧スク水と、ピンクのシャンプーハットを着せて、夜のお風呂場で、主人公が湯船に入ってたところを、急にそんな格好して一気に距離を詰めてくる流れは忘れちゃ駄目だよ。何度も言うけど、ヒロインの子は自分の身体が発育が悪いのを分かってて、ナイスバディじゃないってコンプレックスを感じつつも、でもその未発達な肉体で迫られる年頃の男子を心象を赤裸々に描くの。そしてこのシーンでは狭っ苦しい湯船の中でお互い身体を密着させた状態で向かい合って、そのまま行くとこまで行くんじゃないかって読者にやきもきさせるギリギリまでしか描いちゃ駄目。それ以上は今後の展開で後のお楽しみにするの、分かった? いいかな、絵では表せない、文章でしか得られないエロさというものもあるの。なぜならその文章を読んで読者は頭の中で想像するのだから。それこそが小説の強みであり、絵などでほとんどが表現されている漫画とは違う異なる価値観がそこにあって――――」


「分かってる……、分かってるよ、もう……気持ち悪い」


「あ、いいな今のそれ。今言ったこと、それ文字に起こしてみて。前後関係考えればエッチぃシーンに転用できそう」


「死ねよ気持ち悪い……いや死んでるけど……」


 こいつの性癖全開のアドバイスには、毎度頭が痛くなってくる。しかし彼女は「その顔が良い、私のアイディアが貴方にドン引きされるなんてゾクゾクして堪らない」と更なる性癖を聞いた時には、こいつただのド変態じゃねぇかと思った。何が良いんだそのゾクゾクは、こっちはマジで引いてんだが。もしも小夜が実際に生きている女の子だったら、こんなことばかり常に言ってるので、周囲から嫌がられること受け合いだろう。私以外からも、ドン引きの衆目を集めるに違いないので、生きていたらさぞ悲しい人生を送るに違いない。でも本人はそれすらもゾクゾクと感じてしまうのだろうけど。


 ……まぁ。


 ドン引きされてるのは、私も同じか。




 ――――またあいつ、「小夜ちゃん」と話してるんじゃねえの。ヤベェってあれ。


 幽霊なんているわけないのに、幽霊と会話してるとか、中二病すぎでしょ。痛すぎるわ。


 先輩が言ってたよ。小夜ちゃんの怪談は作り話だって。それを本気で信じるなんて、よほど霊感があるアピールしたいんだろうね。自分は特別みたいなさ。


 いや、ホントに無理。前、先生にアイツと仲良くねって言われたけど、嫌だわ。


 俺も嫌。というか普通に嫌い。ああやって格好つけてさ、自分はお前達とは違うって雰囲気出してさ、勝手に俺達のこと見下してんだよな。だから人として嫌い。性格悪すぎ、つうか拗らせすぎ。


 な、正直キモい。そんなに自分上げしたいんかね。またアイツの教科書とか捨てようぜ。




「……」


 わざと聞こえる陰口は、もう慣れた。廊下からでも、教室内でも、学校の何処であっても。聞く度、聞く度に、私はそのぶん無視することが上手になってきた。それは強がりとかじゃない。


 今みたいに、あぁはいはいそうですかと。目の前のノートに小説の続きを、もう手の振るえなく延々と書き続けられる。ああいったしょうもない悪意を受け流すスキルは、もう充分に培えた。それに相手が相手だ、彼らは、この学校では悪名高い悪ガキ供。そんな奴らから毎回悪口を打つけられるのだから、自然と心身も強くなるというものだ。私はそこらへんの順応さがある性格だったので、そこだけは運が良い。


 それに、小夜だって側に居てくれるし。そう、そのとうの小夜といえば――――私はその顔色を伺ってはいないが、どうせ今日も――――、その表情をいつもの小夜じゃなく「幽霊」の顔に切り替えて、くつくつと笑いながらこっちの陰口を叩いている彼らを見遣っていることだろう。「人なぞ、いつでも、どうとでも出来る」と悪霊じみたことをぼそりと聞いた時には、おぉ、幽霊みたいだと、少し感動した。

 

 ちなみに、小夜曰く、幽霊が自分達を見てくるのは、必ずしも友好的なものではない。寧ろ、そっちのほうが多い。そして「幽霊がこっちを見てくる」というは、ただ単に見てきているのではなくて、「もうターゲットとして目を付けられている、同時にその時点で何らかの怖い事にかなり巻き込まれている」と考えた方が良い。さらに幽霊とは基本「話が通じない、極端に一方的な性質を持つ」ので、たとえ謝ったって無駄だとか。じゃあそれは話を分かった上で無視しているの、と以前訊いたことがあるが、どうにもそうじゃなくて「次元や在り方が違いすぎて話が通じない」らしい。一応言葉も喋れはするが、どちらかと言えば音をマネして発してるに近い。私たちからしたらそう聞こえるだけで、本当は何を考えているか、伝えきているかは、その幽霊の在り方によりけりだそうだ。「あんまりオススメしないけど、何を考えているか知りたいなら、言葉よりも姿形を考察したほうがいい」というのが小夜の談である。


「――――ううん、今や女性の舌の動きにエロさを感じる人はあまり居ないのだろうか……。蛇口の水を飲むときに、顔をそっと近づけて、唇の少し開けて……その動作に今の時代はどれだけのエロさが残っているのか。最早、エロとギャグが融合したエロギャグのほうがウケが良いのか、いやしかしドスケベ耳舐めASMRがあるくらいだからまだ絶滅危惧は無いと思うし、それに私は純粋なエロティシズムを追い求めたいところがあるから、これはもう私の訴えをどうにかして世界に発信しそれらの促進を図るしか」


 とにもかくにも。あんな奴らの悪口に心痛めて落ち込むよりも、私は小夜とラノベ談義を続けていく方がはるかに人生的に有意義なので、こっちを優先する。それに泣きながら「もう辛いから止めてよ」なんて懇願してもアイツらは止めるわけない。それにどうせ、あんだけ悪口を沢山言っていれば、因果応報でその内かなり痛い眼を見るだろう。だからどれだけ私を嘲笑おうが、それを上回る自業自得が奴らに待っていると考えて、全力でガン無視していた方が、自分の精神衛生面上、それはもうよろしいこと、よろしいこと。そういうわけで私は、本日も大好きな小説執筆に没入していった。


 ……ていうか。

 

 むしろ、助けるというなら。小夜はいつでも、私を助けてくれている。


 ――――以前の私は、今よりもずっと、ずっと独りぼっちだったから。


「ねぇ、聞いてる?」


「はっ?」


 唐突に小夜の声が聞こえた。いつのまにか、彼女が私の顔を覗き込んできている。びっくりした、執筆に集中してる最中にそんなことされると、さすがにこっちも驚いてしまう。


 すると、その素っ頓狂な声が、少々大きかったのか。その一声は、廊下の子達の注目を集めてしまった。


「……ごめん。小説書くの集中してて、聞いてなかった」


 そして、私は正直なところを小夜に伝えた。

 

 すれば、廊下側からドッとした笑い声がした。そして次々に、中二病、邪気眼乙とか、まぁた目に見えない何かと話してる自分ですかぁとか、私を馬鹿にする声が聞こえ始めた。


 それはどんどんと止め処なく続き、今日はなぜか、不思議と更にエスカレートしていった。お前みたいなヤツ産んだ母ちゃんなんて死ねば良い、おいかかってこいよ、殴ってやっからよ。などと、言葉の醜悪さに拍車がかかってくる。


 と、その空気に興が乗ったのか、彼らはニヤニヤしながらこっちに近づいてきた。そのうちの一人はクラスメイトで、私の教科書とか、いつもゴミ箱に捨ててくる男の子だ。


 その子は両手に何も持っていなかったが、しかし「これから何かを持つんだろう」とする気配があった。だから私は目の前の、小説を書いていたノートを閉じようとした。多分、合ってる。この子は、私のノートを、捨てるどころか、破り捨てるかもしれない。


 それは、物見事に的中した。その子は寄越せ、と大きな声と、大きな力でノートを奪い取った。私は声も出ず、取られてしまったノートを見るほか無かった。


 そして、そのノートは、取り巻きの子達に見せびらかされてしまった。小説書いている陰キャ、などと言っていたかもしれない。私は頭が真っ白になった。しかし、それでもその子達は笑いながら、一向に止めようとしない。


 その後、そのノートは一通り全員の手に渡り、まざまざと見られては、すぐに次々と落書きをされ、最後は両手で力づくで折り曲げられたり、踏んづけられたりして、私の元に投げ返された。グチャグチャにされた紙上の上には、大きく「死ね」とも書かれていた。その無残なノートを呆然と見るしかない私の姿に、爆笑が起きた。


 そしてノートは再び男の子の手で奪い取られ、良く見とけと命令された。つまりは、最後はズタボロに破り捨ててやるというやつだ。


 私は、何も出来なかった。どうしようもなかった。


 この時、私はどんな顔をしていたのだろうか。しかし彼はそんな私を見て、大変嬉しくなったのか、悪魔のような笑顔をしていた。私の表情は、それほど愉快なものだったのだろう。


「良いじゃん。面白いよ、お前」


 びり、と、ノートが裂かれる音がした。


 私は、なにも、どうすることもできない。


 ただ、私が出来ることと言えば。


 そのまま一気に、びりびりと破り捨てられていくノートを、残酷にも見続けるほか出来なかった――――――、



 その時だった。



「――――え?」


 気づけば、私の目の前に、小夜が居た。

 

 彼女は、私の前の席に座って、ずっと私を、頬杖つきながら、瞬きもせずに見つめ続けていた。


 私はといえば、自分の席で、行儀良く前を向いて座っていた。ふと手元を見れば、さっき破り捨てられそうだったノートも置いてあった。しかしノートには、先ほど書かれてしまった筈の幾つもの落書きが一切無かった。折り曲げられて踏んづけられた筈でもあるのに、なんの折れ目も黒ずみもなく、まったくもって無傷のままだった。


 何が起きた、とそのまま周囲を見渡せば、あの盛り上がりが嘘のように静まりかえっていた。だけど、様子がおかしい。


 誰も居なかった。あんなに騒いでいた彼らの姿が見当たらない。でも、これは彼らが去っていったから、ではない。多分、それはもっと別の理由だ。


 この状況を、あえてなんの脈絡もなく、言葉を選ばずに言うならば、彼らは「消えてしまった」んだと思う。


 そして小夜は、この雰囲気の中で、


「ねぇ、聞こえてた?」

 

 と、いつものように話しかけてきた。


 何が起きたのか分からない私は、ただそれに一言答えることしか出来ず、聞いてなかったと、さっきも言ったような覚えがある返事をした。


 その返事に、何か思うところがあったのか、小夜はしばらく黙り込んで、


「じゃあもう一度言うね」


 と、普段からあまり見たことがない優しい笑みと口調で前置きをして、しかし急に、ううん、と腕を組み、そのまま苦渋の決断を迫られたかのような鬼気迫る困り顔を浮かべながら、


「主人公にヒロインがキスするのは、マウス・トゥ・マウスよりも、唇をペロペロと舌を使って、不器用に何度も舐め回すほうがエロいと思うの。でもベロベロとじゃなくて、恥ずかしさと舐めたいという気持ちが入り混じった、抵抗と欲求のペロペロね。そして舌は決して相手の口の中に入らず、その手前をずっと責め続けて、ディープにはならないのね。せめて前歯を舐めるくらいよ。だけどだんだんと呼吸が荒くなってくるのがポイントで、そのままキスまでもう行きたいまでに気持ちは昂ぶっちゃうんだけど、でもその手前の寸止め加減で舐め続けるほうが盛り上がりがあると思うの。でもこれ、どう思う? そこまでやったなら、もういっそ燃えるような抑えきれないパトスのままにディープにまで突っ込んでいった方が、まどろっこしくなくて読者は喜ぶのかどうかって思って……どっちが良い?」


 などと、またしても気持ち悪いことを質問してきた。いや、どっちが良いってなんだよ、私はそれに対して答えなきゃいけないのかよ……知らないよキモい……。


「ううん、キモい以外ないかなぁ」


 だから正直に、真っ正面からズバッと切り捨てた。しかし小夜は、そんな酷い扱いを受けても、表情柔らかに安堵した顔を見せてきてた。


「せめてどっちか選んでよ。分かったんでしょ、エッチぃものは小説において休憩所だって」


「いや、分かったけど、でもやっぱ気持ち悪いんだよ、小夜」


「酷いこと言うもんだ」

 

 すると小夜はそのまま、私にシャープペンシルを手渡してきた。幽霊なのに物体を持てているのは、ポルターガイストの応用なのかもしれない。私は特に気にせずペンを受け取る。


「さ、続き書こうぜぇ。そして私とラノベについても話し続けよう」


 そして、小夜はいつものようにラノベ談議を始めた。


 これからも、こんな毎日が続くんだろう。


「じゃあ、次のエッチぃネタなんだけどね。やっぱり劇中では、主人公とヒロインは、物語のどこかで絶対に一線を越えるべきだと思うの。明確に描写はされないんだけど、「あぁこれやったな」ってものを入れたら、読者は色々な意味で喜ぶと思うのね。例えばそれはエロいから喜ぶところもあるし、あとこれが物語終盤のシリアスなところで挿入すると、そのエロに儚げな一夜の夢、二人の愛の結実、みたいな愛おしさと切なさも同時に醸し出せるんだ。あと逆に全く明言しないでおいて、仄かに匂わせるくらいにしておけば、読者は「一体どこでまぐわったんだ」と、劇中のどの辺りかと妄想合戦が始まり、そういった形でも悶々と楽しませることもできる。あぁ、だからやっぱりエロって偉大だなぁ。そういう風に、人に感動を抱かせることも出来るんだから。あ、エロゲーの泣きゲーとかもうそうなんだけど、やっぱりこういう描写って大事でね、だから私が思うにエッチぃというものは――――」


 小夜と過ごす日々は、本音を言えば、楽しかった。


 口には出さないが、こういう日々が、これからもずっと続いていって欲しいなとも思っている。


 たとえ、周りから物凄く気味悪がられたとしても。そりゃ、言いたいことは分かる。幽霊なんているわけないが定説なんだから、私なんて存在はどう見ても擁護はできないだろう。


 でも、誰にも理解されなくたって構わない。


 小夜は、私が生まれて初めて出来た友達なんだ。この子との仲良しこよしなんて、止めるわけがない。


「ねぇ。さっきのアイツら、どこへやったの?」


「生きてはいると思うよ」


「死なれちゃ困るんだけど」


「もちろん。ただ今までの因果応報を存分に食らってるだけ」


「へぇ。じゃあ、最終的にはどうなっちゃうの?」


「無事に戻ってくるよ、あぁでもね――――――」    


 放課後。完全下校のチャイムまで、二人きりの時間を過ごす。

 

 以前、チャイムが鳴った後に、校内全体を見回りに来た担任の先生が一度、この教室で一人泣いている私を見つけて、心配してくれたことがあった。


 でも今じゃ、その時と同じ時間に、その時と同じ教室で、笑顔が出来るようになった。


 今ではその心配してくれた先生は、「もう下校時間だぞ、」と帰宅を促すくらいには、私と小夜の話を分かってくれている。ただ先生も先生で、さっきの悪ガキほどではないものの、小夜に関しては疑念を抱いているので、若干ぎこちない。


 でも何度でも言うが、誰にも理解されなくたって構わない。


「じゃあ、小夜」


 小夜は、私が生まれて初めて出来た友達だ。


「また明日」


 それは、小夜も同じ気持ちだそうで。


「あいよー、また明日ー。私が教えたところ、今日中に完成させとけよー」


 ひらひらと、彼女はさよならの手を振って、私を送り出す。その時、入り口に立っていた先生が怖気立っていた。思わず片手を耳に当てようとしていたので、たぶん声でも聞こえたんだろう。小夜がイタズラでちょちょっと波長を合わせて、わざと驚かせたに違いない。


 それで良い。今後も私たちは、この先もこうやって誰かに嫌がられ続ける。今もまた、先生からの「お互いわかり合えぬ」という眼差しが私に向けられる。嫌な眼だ。でも構わない。


 その嫌がられ続ける関係、私は尚も続けること変わらず。たとえ心配されても、どこ吹く風。むしろ、余計な世話だと言い返してやる。


 小夜ちゃんという幽霊は、友達だから一緒に居る。


 その返答に、相手はとても心の底から困惑するだろうが、でも私からは、これ以上に、思い浮かぶ答えはない。それでどうか分かってくれ、ひとつ。


 ……でも、まだ何かを納得できんとかいうのであれば、もうどうしようもない。




 「幽霊って、本当に居るんですよ」




 帰り際。校門まで送ってくれる先生に、一緒に歩いていた暗い廊下で教えてあげた、こんな言葉くらいしか、もう他に言い様がないっす。







 了
















 

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