うらあるき

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 あーあ。さっきの話さ、もうちょっと詳しく聞きたかったんだけどなぁ……続報なしか。しょうがないかな。いや、俺って新聞部だからさ。ジャーナリズムとはまた違うけど、取材根性っていうのかな、とことんまで調べ上げたいこともあるわけ。オカルト研究会が喜びそうなネタも、細かく追ってるやつはいるよ。俺もその一人だし。

 俺が持ってきたのは、先輩の後輩……いや同級生じゃなくて、ひとつ年下なんだけど。そいつがおかしくなった話。題名っていうか、この現象にはすでに名前が付いてるからさ、この話の題名も「うらあるき」ってことにさせてもらう。調べてるうちに何人か見つけて、どいつも同じようなことを言ってるのが分かった。だから、例から始めるな。


 えーっと。そうこれ、これが分かりやすいかな。病み系の地雷女が急におとなしくなって、いったい何かと思ったら、ずっと鏡に話しかけてたってやつ。めちゃくちゃメンヘラだから、周りのやつにSNSで深夜でもお構いなし……って女だったらしいんだが、急に何日も連絡が途絶えて、誰とも連絡せずに自殺するなんて、って話になったらしい。知り合いの全員が「そんなに傷付いてなかった」って言うから、何人かで示し合わせてアパートに行ったら……まあ、そういう状態だったと。

 誰かが見てるって言うから、とうとう自室配信でも始めたかって話になったんだが、そういうことじゃないらしい。自分の目で見てるものが“相手”にも見えてる、なんて誇大妄想を並べ立てて……鏡の前でじっくり時間かけて着替えるわ、股おっぴろげてオナ……すまんすまん、まあとにかく「見てほしい、注目してほしい、目を離さないでほしい」って無茶をやり始めたそうだ。

 顔見せもしないと手首切るってくらい病んでるうえに、セルフネグレクトの気があったから、見に行った何人かはさらにひどくなったそいつの面倒を見てた。ところが、いつものように鏡を見ながら相手に話しかけてたそいつは、昼食の準備をしてもらってる最中に「ギャッ」って言って倒れたらしい。何があったかはまったく不明のまま、そいつは死んだ。健康状態は悪かったから、つつがなく……ってのは健康でって意味だから違うか。何事もなかったように葬式が済んで、ことは終わったそうだ。


 それで、なんだが……後輩は「見る側」だった。まぶたを閉じると誰かが生きている様子がはっきりと見えるんです、って言ってたよ。のぞきだなんて悪趣味だなあと思ったんだが、ジャーナリスト志望がのぞきを批判するんですか、だなんて詭弁も言うやつでね。おおっ、いいこと言ってくれるなあ……ありがとな。話を戻すんだが、冴えない青年って感じのあいつがのぞいてたのは、同い年らしい好青年の人生だった。

 音だけは聞こえなかったそうなんだが――しかしなあ。モテモテだしスポーツもできるし、バイト先の女性にもかわいがられて、彼女もいる。青年の主観視点で進む青春映画みたいな映像に、あいつはドハマりしてた。教授に質問しちゃ感心した笑顔を向けられるだの、行く先々の女に笑顔を向けられるだの、あいつにはない体験だっただろうな。高校のときは文芸部で、そりゃもうとんでもないくらい妄想全開の気持ち悪い話を書いてたやつだ。筆を折ってベッドに横たわって、仮想体験を楽しんでたよ。

 思うに、ウェブ小説で見たVRゲームの廃人ってのはああいう状態なんだろうな。適当な食べ物を買って、大学にもあんまり顔を出さなくなって、部屋のすみっこにあるベッドでんふへぇ、むふって薄気味悪い笑いなんて浮かべて。へぇ、ああいう小説のVRなら顔は動かないのか? だったらお話の方がいいな……いや、本当に。


 目を閉じれば、寝転がってても歩いてる。そんでもって誰かと話して、笑顔を向けてもらえる。まぶたの裏には夢の世界、だから「うらあるき」だって……あいつが言ってたんだがなあ。


 地名も文字もどこか違う場所で生きてる青年は、ある日も彼女を家まで送って、アパートの部屋で寝た。ところが、朝起きた青年が見た景色は、あいつが知ってるものだったらしい。手を見て足を見て、頬を引っ張ったりあたりの人に話しかけたり。どう見ても、現状を夢か何かだと疑ってる人間の行動だ。青年は、どうやらこっちの世界に来てしまったようだった。

 警察に相談したり、婦人警官に紹介された老夫婦のもとに住んだり、こっちでもアルバイトを始めて老夫婦の負担にならないようにしたり……。青年は立派だったが、あいつのシャクに障ったみたいだな。いつだったか知り合った女の子にそっくりな女性が、青年に女の顔をしてるだとかなんとか。だからのぞきは悪趣味なんだよな、ほんとに。

 でも、あるときあいつは気付いたんだ。青年の見ている景色が頻繁に途切れる。何度も目を瞑ってる。メガネが必要になるくらい目がしょぼしょぼするわけじゃないし、視界がクリアだから視力がいいのは分かってる。決定的だったのは、青年が鏡に向けて手を振ったことだった。自分の目を見ながら、青年は鏡に向けて手を振ったんだ。講義が終わった時間帯、家に帰ってすぐあいつはベッドに寝っ転がる。青年の生活を見るためだ。その時間帯を狙って、青年の方もあいつにメッセージを送ったんだ。

 それから、青年は図書館で地図を調べたり、マップアプリを見たりするようになった。こっちの文字は覚え直しだから、老夫婦のお世話になりながらだが……最初から会話が成立してたからか、文字の法則性も似てたのかな。すぐにあいつの住んでる近く、この大学まで特定して、ルート検索をした。


 それから、なんだが……食事の回数も少ないし、ずっとコンビニ飯で済ませてたせいか、あいつは入院することになった。そこから先のことは分からないんだ、面会謝絶だから。不審者? おいおい、大学だぞ? よその学生が論文をコピーしに来たり、研究にいそしんでる大人が聴講しに来たりもするだろうが。


 ところで、タ行の発音が怪しいイケメンに会ったことあるやつ、いるか?

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うらあるき 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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