第2話 スイートデス

 一般の生徒には知らされていないがお姉様が住むこの寮『上紫殿かみしでん』はヴァンパイアのみが住むことを許された寮である。


 その上紫殿かみしでんの5階にはサロンがある。床にはペルシャ絨毯。本棚には金刺繍の革張りの本が並び。壁には絵画。部屋の中央に木製のテーブル。西洋風のチェアと黒皮のソファ。そして今、お姉様は窓辺の大きな籐椅子に座り、夜空をぼんやりと見つめていらっしゃる。


「お姉様、いえ、月野鈴音様、このたびは捜査協力ありがとうございます」


 私は丁重に礼を述べ、頭を下げた。


 それに対してお姉様は「え?」と言ってこちらに振り向く。


「捜査協力ありがとうございました。お約束通り、私を解放してください」

「……」


 なぜだろう。お姉様は小首を傾げていらっしゃる。


「あの、お約束なのですが……」

「覚えているわよ」

「なら……」

「まだ終わってないわよ」

「へ?」

「事件はまだ終わってないわよ」

「だって犯人は西野さんで……」

「実行犯の一人よ。他にもいるわ」

「嘘。だ、だって……」

「ねね、もも」


 お姉様は二人の名を出して手を叩きます。


『はい。こちらに』

「うひゃ!」


 どこからともなく双子が現れました。双子はスカートの両端を摘み、右足を左足の後ろに下げ、頭を少し下げます。

 お嬢様の作法というかメイドの作法じゃない?


 てか、いつからいたの?

 部屋には私とお姉様しかいなかったはず。


「先程貴女達が私にした報告を沙織にもしてあげて」

「ゾンビは全て撃退しました。残骸も調査の後で焼却いたします。現在分かっていることはゾンビは全て外の人間であることが判明」


 キューブ型の髪留めをした女の子が答える。こっちの子がねねちゃんだったはず。


「工藤さんがお目覚めになられました。校舎には西野に呼び出されてのことだと。それと西野さんの残骸を調べたところ遠隔操作によるゾンビ化と思われます」


 次に丸い髪留めの女の子──ももちゃんが答える。


「遠隔操作?」

「そうよ。西野さんは悪あがきにゾンビ化したのではなく、遠隔操作によってゾンビ化させられたのよ」

「そんな!」

「だから事件はまだ終わってないわ。仲間もしくは指示役がいるのでしょうね」

「ううっ」


 やっと元の生活に戻れると思ったのに。

 私は肩を落とします。


 そこへバンッと背中を叩かれました。


「こらこら、ここは令嬢が通う。華の月野原女学園だよ。背筋をシャキッとさせなさい」


 叩かれたことよりすぐ近くで声をかけられたことに私は驚きました。

 振り向くとショートカットのお姉様がいました。


「美波様!」


 こちらの方は3年生の美波遥様。中性的な顔立ちと振る舞いで下級生から人気を集めるお方です。

 私はじっと見つめられると胸がドキドキします。


「事件はまだ終わってないから、もうしばらく一緒だね」

「そ、そんな〜」

「おや? 私と一緒にいるのは嫌なのかい?」

「それは違いますけど」

「遥、私の妹に手を出さないでちょうだい」


 お姉様が不機嫌な声を出すと美波様はすんなりと下がります。


「はいはい」


(ちょっとショック)


「沙織」

「は、はひぃ」


 まるで浮気を咎められたような感じ。


「そういうわけだから、これからもよろしくね」


 お姉様が目を少し細めて言う。


「はい」


  ◯


 美波様も双子達もいなくなり、サロンにはお姉様の2人っきり。

 でも本当に2人っきりなのかな? 実は見えないだけで他にも誰かいるとか?


「誰もいないわよ」


 私の心を見透かしたのかお姉様が言う。


「本当ですか?」

「ええ」


 そう言ってお姉様は蠱惑的な顔をする。


(その顔は……)


「だって、お食事中は退席がマナーでしょ?」


 お姉様は立ち上がり、ゆっくりと私へと近づく。

 その瞳は紅く。見つめていると魂が吸い寄せられるような。


「さあ、首を」


 声音は耳朶を震わせ、脳へと侵入する。

 体温が上がり、どこか息苦しさを感じる。


 私はお姉様に言われた通り、胸元のリボンを解き、制服の胸元を右肩まではだけさせ、首を左に傾けます。


 お姉様がゆっくりと近づいてきます。


 それがどこかじれったく、早く早くと私は待ち焦がれます。


 お姉様が私の肩に手を置き、開いた右首にお姉様の牙が突き刺します。

 そこを中心に快楽の電流が体を駆けます。

 お姉様の香り、お姉様の吐息、お姉様の唇、お姉様の唾液。


 そして血を吸われる快感。


 ドクン、ドクンと鳴るのは私の弾む胸か、それとも血が流れる音か。はたまた幻聴か分からない。


 でも、気持ちがイイ。

 もう何も考えなくていい。

 ただ快楽に溺れてればいい。

 ドクン、ドクンと鳴るたび、力が抜けていく。


 立っているのも辛い。それでもお姉様は強く私を抱きしめて、吸い続けます。

 私もまたお姉様を抱きしめます。

 そして吸血に身を捧げます。


「気持ちいいです。お姉様」


 吸血が終わり、私はアイドリング中の車のようにびくびくと震え、快楽の余韻に浸ります。


「沙織、ソファに寝転びなさい」

「はひぃ」


 私はお姉様の手助けを受けて2人掛けのソファに寝転びます。たぶん今、恍惚な顔をしてはしたないだろうけど、失禁してないだけマシだろう。


「美味しかった」


 お姉様はハンカチで口元をぬぐいつつ言う。


「……す、吸いすぎです」


 私は力無く抗議する。


「だって今日は力を使ったもの」

「使いすぎですよ」

「あら? そうでもしない貴女、神経ガスで死んでたわよ?」

「え?」

「気づいてなかった? ゾンビ西野さんが体が出していた煙は神経ガスよ」

「神経ガス?」

「そうよ。腐敗した匂いじゃないのよ。早くケリをつけてなかったら貴女死んでたわよ」


 むしろ礼を言うべきなのではみたいな発言ですが、私、スイートデスしそうなんですけどね。


 ピクピクしてる私にお姉様が頭を撫でてくる。


「あの、今、まだ痺れといいますか、ええと、そのう……」

「気持ちいいのでしょう?」

「分かってるならやめて下さい」

「後戯も乙女の所作よ」

「意味不明です。やめて、また……あっ!」


(ああ、駄目だ。本当にスイートデスしちゃう!)

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