お姉様はヴァンパイア

赤城ハル

第1話 深夜の校舎

 私、雨宮沙織。今年で24歳。警察官。今は制服に腕を通してお嬢様学校に潜入中。


 今、笑った? キツい? ん? 文句あんなら言ってみ。


 私だって好きで潜入捜査なんてしたくねーんだよー!


「くそがー!」


 今は深夜24時を過ぎた時間。場所は校舎。お姉様が魔法を使って人が来ないようにしてくれてるのだけど。


「なんでゾンビ! 意味わかんない!」


 そう。私はゾンビに追いかけられているのです。犯人と対峙するはずが、なぜかゾンビに遭遇。


 もちろん、ゾンビにコミュニケーション能力なんてあるわけなく、私は追いかけられています。


「こんなの聞いてないよ!」


 廊下を駆けながら、私は叫びます。


 犯人探しのはずがゾンビに追いかけられているのです。おかしいでしょ?


 しかも犯人を閉じ込めるために結界を張ったともお姉様は言っていた。それはつまり私も出られないということ。


 ピンチ。

 捕まったら食われてしまう。

 早く助けを呼ばなくては!


 これも私にお嬢様学校へと潜入させた上司と速攻で私が警察官と見抜いて突き止めた私のことヴァンパイアのお姉様のせいだ。


「いーやぁーー!」


 私は3階へ続く階段を急いで駆け下ります。


 と、その時、階段の踊り場で私は女子生徒と鉢合わせます。


「わ、わ!」

「きゃあ!」


 危うく衝突しそうになります。


「危なっ」

「雨宮さん? どうしたのこんな時間に?」

「貴女は西野さん? 貴女こそ、こんな時間に何を?」


 深夜24時越えてるよ。お嬢様はこの時間には眠ってるはずだよ。


「わ、私は部室棟に忘れ物があって取りに来たの。そしたら物音して。雨宮さんは?」

「私は工藤さんを追いかけて。そしたら──」

「雨宮さん! 後ろ!」

「そうだった!」

「西野さん、こっち!」


 私は西野さんの腕を引っ張って3階へと下ります。

 そのまま1階まで下りるのでなく3階で私達は廊下を駆けます。


「なんでそっち?」

「渡り廊下を進んで向こうの校舎に逃げるの?」

「な? なんで?」

「お姉様と合流するためです」


 そして私達は渡り廊下を進み、とある教室に入ります。


「お姉様!」


 教室の窓は開き、夜風が女性の絹のような黒髪をなびかせています。


「沙織、ご苦労様」


 振り向いた女性が私に労いの言葉をかけます。

 そうです。この人が私のお姉様でヴァンパイアの月野鈴音。


「月野様、大変です。ゾンビが! は、早く逃げましょう」


 怯えた西野さんが廊下を指します。さあ早くと相手を急がせるような態度。


「いいえ。ここで結構よ」


 しかし、お姉様はやんわりと拒否。


「え?」

「ゾンビはウチの子達が対応しております。それと工藤さんも保護いたしました。残念ですね」


 お姉様は小さく笑う。


「どういうことですか?」

「結界は中のものを外に出さないためだけでなく、外のものを中へと入れないためのものでもあるんですよ」


 それはつまり結界を張った以上、中へは入れないということ。

 ならどうして西野さんがここにいるのか。

 それは結界を張る前から校舎内にいたということ。

 部室棟に用があって、その後に物音を聞いて来たというのは嘘ということだろう。


「貴女が犯人なのでしょう?」


 先程まで怖がっていた西野さんが半眼とへの字口でお姉様に敵意を表します。


「よくお気づきですね」

「気づいたではなく、貴女がのこのこやって来たのでしょう? 私、特に推測も……憶測すらもしてませんわよ」


 お姉様はおかしそうに笑う。


 西野さんは舌打ちし、スカートのポケットからナイフを取り出します。


 月明かりがナイフの刃を白く輝かせる。


 お姉様と声を上げてしまいそうになるのを私はなんとか喉奥で堪えます。


 心配はありません。

 なぜならお姉様は──。


「死ねや!」


 西野さんがドスの聞いた声を発してお姉様の下へと駆けます。


 お姉様は西野さんへ左手を向けると、外からの夜風が教室へ強く中へと入り、西野さんを吹き飛ばします。


「おのれ!」


 西野さんはナイフの切先を床へと振り下ろします。

 木造ゆえ刺しても折れることはないだろうが、ナイフを刺してどうする気なのか?


 ナイフの切先が床へと刺さると、床が甲高い音を立てて割れ、稲妻のように亀裂がお姉様へと伸びます。亀裂は進むたびに周囲を弾け、破片が飛び散ります。


 それをお姉様はさして驚くこともなく、自身の足下へと向かってくる亀裂をふわりと宙に浮くことで回避します。


「くたばれ!」


 西野さんがそう言うと亀裂はお姉様の後ろの窓側の柱を伝い、天井へと伸びます。

 そして天井が大きく弾けて、破片がお姉様に──。


「なっ!」


 西野さんは絶句します。


 天井の破片はお姉様に届きませんでした。それらも宙へ浮いています。

 そしてお姉様が西野さんへ向け、手を払うような動作をすると浮いていた天井の破片が雨のように西野さんへと降り注ぎます。


 激しい音と土煙が発生。


「や、やった!?」

「いいえ。まだよ」


 土煙が徐々に消え、あちこち傷だらけだが、まだ西野さんは立っていました。

 西野さんは私へと目を向けました。


(あ、これまずいやつだ)


 その直感は正しかった。

 西野さんは私に駆け寄り、なんと私を人質にしたのです。


「お、お姉様!」

「動くな! 動くと大事な妹を殺すぞ!」


 ナイフの切先が私の喉に当てられています。

 お姉様はなぜか小首を傾げています。

 なんですか? その不思議そうな顔は?


「沙織、警察官でしょ? こういう時の対応とかないの?」

「私は会計担当なのでそういう技術はありません」


 てか、人質になったときの技術って何?

 護身術? そんなの一つも心得てないよ!


「警察?」

 西野さんが怪訝な声を出します。

「そうよ。その子は警察から事件を捜査するためにやって来た子なの」

「嘘だ!」

「本当よ。見た目は童顔だけど、骨格とか怪しいでしょ? それに加齢臭もぷんぷんするし」

「しないよ加齢臭なんて。まだ23です!」

「今年で24でしょ?」

「何百年も生きてるヴァンパイアの方が臭いです」

「あん?」

「ひっ!」


 お姉様がちょっとブチ切れました。


 乙女に年歳の話はタブーと。てか、そっちじゃん。先に年齢の話を振ったのは。しかも加齢臭って言ってきたし! ひどい!


 お姉様は手のひらを私達へ向けます。


「おい! 妹だろ!」

「ですから、その方は外から来た警察官。妹ではありません。利用しただけです」

「ひどい! 一緒に調べましょうて言ってたのに! 助けてよ、お姉様!」

「私達異形の者が外の、しかも行政側と手を組むと?」


 私の言葉は無視ですか?


「くっ!」


 西野さんは私を押しのけて、ナイフをお姉様に向けて放り投げます。

 ナイフはお姉様に当たる前に強い光を放ちました。


(目眩し!)


 お姉様は右手を目の前にかざします。


 それを見て、西野さんはこれチャンスと一気に駆けてポケットに隠していたもう一本のナイフでお姉様を刺しに行こうとします。


 けど──。


「臭いのよ」


 お姉様はぽつりと呟きます。


「は?」


 西野さんが疑問の声を発すると西野さんの体は切り裂かれました。そして床へと倒れます。


「私、鼻が効くのよ。だからゾンビ臭がたまらなく臭いのよ。近寄らないでよ」


 お姉様はゆっくりと右手を下げ、瞼を開ける。その瞳は赤く光っていた。


「クッ、てめぇ」


 西野さんは血を吐いて、ゆっくりと立ち上がります。


「もうふらふらね。降参したら? 今なら狼男に食べられる程度に済むわよ」

「いやいや、何お手頃コースみたい言ってるんですか? むしろ最悪ですよ」

「ジョークよ」


 ふふっとお姉様は笑う。


 お姉様が言うとマジっぽいので笑えないんですよ。というかこれこそ警察の出番では?


「誰……が、お前らの……」

「今にも倒れそうなのに」

「まだ終わっ……」


 あれ? 止まった? え? 死んだ? でも倒れずに立ったままだけど。


 近寄ろうとするとお姉様に手で止められます。


 なんだろうと西野さんを伺うと少しづつ、西野さんの体が大きくなってきているのが分かりました。


「え? 膨……らんで……」


 西野さんの腕や頭、体のあちこちが風船のように膨らんだり縮んだり、さらには弾けて血肉を床に撒き散らします。

 腐った鉄の匂いが教室に充満します。


「え、え、ええ?」


 そしてとうとう巨大な二足歩行のゾンビが生まれました。


「な、な、な、なんじゃこりゃあ!」

「見ての通り大型ゾンビよ」


 お姉様は溜め息交じりに答えます。


 大型ゾンビはお姉様を掴もうと左手を伸ばしますが、お姉様が振り払う動作をするとゾンビの左腕が切り落とされます。

 ゾンビは痛がることもなく、次に右手を差し向けますが、それもお姉様が簡単に切り落とします。

 切り落とされた断面から煙が立ち、悪臭が私の鼻腔を強く刺激します。


「沙織、下がりなさい。そして息を止めなさい」

「え?」


 よく分からないけどお姉様が少し切羽詰まった声を出すので私は言われた通り下がります。


 お姉様は俊敏な速さで次々とかつて西野さんだった大型ゾンビを切り落としていきます。

 そしてバラバラにし終わると、風を操り換気を始めました。


「終わったのですか?」

「ええ」


 お姉様は外を見て言います。


 私もつられて外を見ます。大きな満月と星々が煌めき、外をうっすらと照らしています。


 ちらりとお姉様を伺うと、月明かりにお姉様の長く美しい黒髪が風に靡いていて、どこか妖艶さを持っていました。

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