426日目 ありウマパスタよ 永遠に
こんばんは、レンズマンです。
最後のありウマパスタを食べてきました。
僕の大好きなパスタ屋さん、「ありえんくらいウマいパスタ」と僕が勝手に呼称していたお店が、なんと昨日11月30日限りで閉店することになりました。
このお店にはかれこれ十年近く通っています。片道車で約一時間、往復すれば約二時間。近隣のパーキングに料金を払って駐車して、貴重な休日の時間を費やして。そうまでしてでも、このお店に通いたかった。それだけこのお店のこの味が大好きだったのです。
今回、同行者のイートンさんはわざわざ僕の家の近所まで迎えに来てくれました。ご厚意に感謝しつつ、彼自身の意気込みも感じます。
かつて、イートンさんとは一度だけ一緒にこのお店に来たことがありました。当時、イートンさんはたらこにハマっていて、その日のランチセットの明太子パスタも楽しみにされていました。紹介者である僕は半端な味では幻滅されてしまうと思い、怯えました。しかし、食後「近所だったら毎日通うね」と断言したイートンさんの態度を見て、僕はガッツポーズをしました。この店の味を考えれば、全くの杞憂だったのです。
今回、最後に一緒に行こうと言ってくれたのも、閉店することを知ったイートンさんの方からの声かけでした。これだけ喜んでくれるなら、あの時誘ってよかったです。
開店一時間前に到着の目途が立ち、他の用事を済ませようかと車内で話していました。ところが、お店の前にはすでに行列が。慌てて並び、そこから一時間寒空の下で待ち続けました。今朝は僅かに雨が降り、その影響で今日は特に冷え込んで辛かったです。
今にして思えば、このお店に通うことは苦難を伴うことが多かったように思えます。今は車で一時間、昔はバスと電車を乗り継いででさらに時間をかけてやってきました。そして、はるばるやってきたのに、お店が休みだったり。食べログの情報は当てにならないとしったのはこの時でしたね。
印象深いのは、妹を連れてきたときのことです。ちょっと遠い場所に車を停めたら、お出かけ用のヒールの高い靴を履いてきた妹に足が疲れたと怒られ、喧嘩になりました。しかも、その日はお店がお休みで、結局地元に帰ってから違うパスタ屋さんで食事をすることに。それでも諦めきれず、数か月後、再び帰省してきた妹とリトライし、ついにこのお店のパスタを食べる事が出来た妹もリピーターになりました。あの日食べたあさりの酒蒸しの味は忘れられません。僕はシスコンなので、妹が喜んでいた思い出は全部大切なのです。
妹が絶賛したことで、後に両親も連れてくることになりました。外食を好まない母と偏屈で我慢が苦手な父、二人を片道一時間の道を連れ出して、さらに一時間並んで席に座らせるのは申し訳ない気持ちがありました。でも、やっぱり食べたら大絶賛。このお店が終わると聞いた時、僕に「どうせ仕事もしてないんだから、技を盗んで来い」と、無茶を言うほど気に入ってくれたようです。
早めに並んだ甲斐あって、開店から一時間ほどたってから無事座る事が出来ました。合計二時間、これほど長い時間待ったのにそれでも幸いだと思えるのは、入店すらできずに帰っていく人たちをたくさん見たからです。近所の方や遠方から来たリピーターがたくさんいたのでしょうが、僕も譲れません。なんたって、今日は僕にとっても最終日ですから。
僕は好きなものはどんどん拡散し、広めたい人間です。イートンさんを始め、他にも何人か友達を誘ってこのお店を訪れました。特に、僕の家の近所に住んでいる「つぶら爺」や、このお店が知り合いの中で最も近い「武士道」とはよく一緒に食べ行った覚えがあります。
僕と一緒に行くようになる前に、武士道にはこのお店の場所をあらかじめ伝えて、奴は一人でこのお店で食事をしたことがあります。事前にオススメメニューとして、「鉄板ナポリタン」「たらこの生クリームパスタ」を伝えておきました。後日、食事をした武士道は絶賛のコメントを僕に送ってきて、「和風キノコのパスタ」の写真を添えられていました。
……全然話を聞いていない。こいつは人におすすめをしたがるくせに、人のおすすめには従わないあんちくしょうです。でも、今でもこのことを思い出して笑い話になっています。このお店にかかれば、武士道の事件でさえ楽しい思い出に変えてしまう。そんなパワーがありました。
やはりと言うべきか、最後の日もお料理の味はどれも素晴らしかったです。ランチセットのパスタはもちろん大人気「たらこの生クリームパスタ」、それから「ハンバーグ」「かにクリームコロッケ」「サラダ」。大満足のプレートに、漬物が添えられたご飯とスープがつきます。たらこのソースが良いんでしょうか。パスタとご飯が何故美味しいのか?もう、意味が分かりません。そして、こんがり焼いた丁寧なハンバーグを食べて、イートンさんが唸っていました。僕もたまらず頷きます。一口食べると美味しいお肉とデミグラスソースのおかげで多幸感が溢れてしまいます。
また、最後だからと言うことで、タコの唐揚げも注文。笑っちゃうくらい美味しかったです。タコ足って、唐揚げにしても美味しいんですね。イカゲソ揚げと似たような食感、しかし味と歯ごたえは、よりしっかりしていました。ああ、やっぱり、何を食べても美味しいんだ。初めてここに来た時のことを思い出して、懐かしい気持ちになります。
僕が初めてこのお店にやって来たのは、好きな漫画作品の聖地巡礼に訪れた時のことです。綺麗な街並みや川と橋、ついでに見かけた和菓子屋さんを満喫した後のこと。僕たちはお腹が空いて、食事処を探していました。麺やパンを好まない僕は、たまたまこのお店の前を通りがかり、看板に描かれていたオムライスの写真を見つけます。釣られるように二人でお店に入り、改めてメニューを開いて出会ったのが「鉄板ナポリタン」でした。
あの日から最後まで、僕はこのお店のオムライスを食べたことはありません。簡単に目移りできないほど、このお店のパスタは最高だったのです。でも、何を食べても美味しいこのお店のことですから、きっとオムライスも美味しかったんだろうな……。
いろんなことを考えているうちに、デザートの珈琲ゼリーとレモンジュースを残すのみになりました。珈琲ゼリーは四角い形の上にムース状のクリームがかかっていて、苦みと甘みのバランスが絶妙です。レモンジュースも甘酸っぱくて、口の中がさっぱりします。
食事の終わりを告げるこのジュースを飲み切れば、このお店とお別れになってしまう。そう考えると、寂しくてたまりません。
……あの日、オムライスを食べるために入ったお店で、僕はナポリタンを食べました。そんな僕を見てあの子はどう思っただろうか。あの子が僕の元を去っても、このお店はずっと大好きなままで、色んな人を連れてきました。その度にみんなが喜んでくれるのが嬉しくて、僕が作った料理でもないのに自分のことのようにうれしかった。大好きなものが褒められるのが、こんなにも嬉しいことなのだと、僕はこのお店に教わった気がします。
そんな思い出のお店が、今日で終わる。ああっ、寂しい。寂しいぞ!未来のことを思えば絶望でしかない!ありえんくらいウマいパスタが、もう二度と食べられないなんて!うぎゃ!イヤだー!泣き喚き騒ぎだしたい思いです。
でも、僕は八年経って大人になってしまいました。自分の思いだけを押し付けるのは悪いことだと知っています。外では、寒空の下順番待ちをしている人がたくさんいる。食事が終わったら、席を立たなくてはいけないんだ。
レモンジュースのグラスの中で、氷とレモンだけが残されている。それ以外は全部綺麗に食べた。思い残すことは何もない。
僕は席を立ちました。レジでお会計をするときにお店の方にお声がけをしたら、ずっと通っていたことを覚えてくれていました。今まで一時間かけて来ていたと告げたら、びっくりしていました。それだけここが好きなんだと、もっとはっきり言えばよかったな。僕は後悔してばかりです。
と、いうわけで。度々話のネタにしていた「ありえんくらいウマいパスタ」の話は、今回で終わりになります。
このお店に代わる味をどこかで見つけられるでしょうか。次はもうちょっと近い場所で見つけられると良いな。それとも、そんなに美味しいお店はもうどこにも無いんでしょうか。
それでもいい。それほど美味しいお店だったのだと、美しい思い出としてこの胸にしまっておくためにも、僕はまだまだ美味しいものを食べに行かなくてはなりません。
おお、考えていたら楽しみになってきました。寂しさに耐え切れずに書き始めた今日の日記ですが、最後には前を向けそうです。
では、今日はこの辺で。お疲れさまでした。
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