380日目 ばいばいちいまま
こんばんは、レンズマンです。
昨日、祖母のお葬式に参加してきました。
前回の不眠小話を書いた日の朝のことでした。どうせ休日だ、昼まで寝てしまおう。まあ一日中コンディションは悪いかもしれないけど、仕方ない。そんなことを考えていたのに、朝七時半に電話が鳴って起こされました。あれはしんどかった……。
父方の祖母は我々孫の代から「ちいまま」と呼ばれていました。彼女は背が低くて、あっという間に背を抜いた僕の成長をとても喜んでくれました。「小さいママ」だからちいままなのかな。それとも、名前から取ったのか。なんにせよ、親しみの沸く呼び名でした。初孫である僕は、ちいままにずいぶん可愛がられたような気がします。家に遊びに行くたびに歓迎され、お菓子やアイスをくれました。自宅から近かったこともあり、僕にとって憩いの場所であったり、休憩所でもある。夏の暑い日、高校の帰りにアイスを貰いに立ち寄ったのを覚えています。その頃には昔ほどあの家に親戚みんなで訪ねることも少なくなっていて、たまに顔を見せる孫と会うのを喜んでくれていたと思います。ただアイスを食べに行くだけなのに、ちょっぴりいいことをしているような気もして。喜んでくれるからまた行こうかな、なんて思ったりもしました。
そんなちいままですが、どうも僕の母上とはあまり仲が良くなかったようです。母はある年から、義実家に年末年始の挨拶に行かなくなりました。何があったのか、詳しくは知りません。僕が生まれた頃か、それよりもっと前に、祖父母に何か言われたそうです。僕にとってはいい祖母でも、母にとってはいい姑ではなかった。身近な人間二人にとって、正反対の評価を受けることもあるらしいです。少し大げさかもしれませんが、これも人間の二面性、それも無自覚によるもの。祖母はある意味で僕に人間を教えてくれた人物でもあります。
晩年、祖母は少しずつ体を弱らせ、立ち歩くのを嫌がる様になりました。並行して認知症も少しずつ進行し、会いに来た僕を従弟と間違えたり何度も同じ質問をしたりしました。成人し、大きくなった僕が見下ろすちいままはとても小さく見える。これは僕のせいか、彼女の生命力が弱っていたからか。何が理由の錯覚なのかは今でもわかりません。
この夏の暑さで体調を崩したちいままは、肺炎を患い入院しました。病室を訪ねても、「はあ~エライ(しんどい)」と言うばかり。ほとんど会話は成立しませんでした。感染症対策の都合か、面会時間は十五分。どうせ会話にならないのなら、時間前にさっさと帰ってしまおうか。そう思いましたが、何故だか帰りたくありません。
(これが最後になるんじゃないか)
肝を冷やすような想像に苦笑いをした。不謹慎なことを考えるなと自分を叱りつけましたが、現実はその通りでした。
「はよ退院せんと、ご飯食べに行けんぜ」
「そうや、ここにおったらレンズマンとお茶もできん」
一緒に喫茶店に行った事は覚えていたみたいですね。
「マロンはどうなったかな」
「叔母さんちで預かってるんじゃないかな。大丈夫だぜ」
ペットが好きで絶えず犬か猫を飼っていました。ほんの数年前まで、犬の散歩をしながら僕の家まで会いに来ていた。
口の中の何かが気になるのか、やたらと口を触っていた。それがちょっと汚く見えて、最期の握手を誤魔化した。……ちゃんとすればよかった。また一つ後悔を積み重ねる。
ちいままの高い声が僕を呼ぶ。もう二度と呼ばれることがないのに、頭の中に響き渡る。どうしろというのだ。どうしようもなかったじゃないか。これは言い訳じゃない、じゃあなんなのか。多分、寂しいだけだ。どうしようもなく、ただ寂しい。僕のことを好きだった人が死ぬのは、とても寂しい。僕が大好きだった人が死んでしまったから、ただ寂しい。どうしようもない。人の死はそういうものだから。
ちいままの遺体には、唇に血の跡が滲んでいました。触らない方が良いって言ったのに。ちょっと開いた左目。同じくちょっと開いた口。生前そのままの豊かな表情のまま、彼女は永遠の眠りにつきました。葬儀場から持ち出される棺のまあ軽いこと。小学生の頃運んだ母型の祖父はあんなに重かったのに。ばいばい、ちいまま。さくらとハスキーによろしくね。俺は当分そっちにはいかないと思うけど、楽しく過ごせるように祈ってるよ。
この日記を書いてたら、なんだか無性に悲しくなって泣いちゃいました。葬儀でも泣かなかったのにね。日記恐るべし。自分の感情の整理にこんなに役に立つとは。今はちょっと冷静です。最近日記サボっててすみません。忙しかったし、なんだか書く気が起きなかったんです。落ち込んでいたのかもしれません。結構好きだったんだな、ちいままのこと。初めて知りました。この日記、書いててよかったな。
では、今日はこの辺で。おやすみなさい。
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