第13話 経過報告

「こんちわーっす!」


 翌日、ルナが訓練に勤しんでいると見慣れない顔が元気よく現れた。

 第三騎士団の団長、ベリブの後ろで眠そうにしていた女性だ。

 パッと見、ルナより少し年齢が上だろう。

 そんな女性がヘラヘラとしながら汗を流すルナに片手を上げて近づいてきた。

 その間にミレイズが出て、歩みを塞ぐ。


「スリナ、なぜ貴様がここに来ている。

 訪問の先触れなんぞ来ていないが」

「いやっすねぇミレイズ、そんな御貴族様じゃあるまいし。

 配属が違うとはいえ同じ国の為に働く騎士団。

 そんなに不機嫌な態度を取らなくてもいいじゃないっすか?

 ウチのこと嫌い?」

「お前の飄々ひょうひょうとした態度は好きになれん」

「それ、ベリブ団長の前で言えます?」

「それは」

「まぁ、今はそんなことどうでもいいっすけど」


 身体を傾け、汗を拭くルナに笑いかける。


「改めましてルナちゃん。

 ウチは第三騎士団所属、スリナ・リードっていうっす。

 以後お見知りおきを」

「おい」

「いいわよ先輩。

 別に噛みついてこようってわけじゃないらしいし、私だって噛みつかないわよ」

「なんすか、その物騒な発想。

 情報通りの狂犬ぶりっすね」


 歩み寄る手助けをしたはずなのに、むしろ一歩引かれてしまう。

 なんでだと思わなくもないが、そこを指摘すると話が進まない気がするので追及しないことにした。


「それで、何か調べはついたってこと?

 ならさっさと話しなさいよ」

「ミレイズ。

 別の騎士団とはいえ、この子は歳上で先輩の私に敬意を払う様子が無いんっすけど?」

「安心しろ、この騎士団のみんな相手でもだいたいこんな感じだ」

「無礼千万も極まりないっすね~。

 だから陛下にもあんなこと言えちゃうんでしょうけど」

「何の話だ?」

「あれ?ご存じない?」

「いいから!

 話を脱線させないでくれる?」


 会議の事は結果ぐらいしか共有されていない。

 ルナの大問題発言は黙秘されている。

 ルナ自身も誰かに伝える様なことでもないので、ミレイズにも話していなかった。

 それはさておき、ルナはスリナに苛立ちの視線を送る。


「おー、こわっ。

 そんなに睨まなくても報告するっすよ。

 ここじゃ何なんで、団長さんの所に連れて行ってくれないっすか?

 話を聞くならまとめて聞いた方が時短になるでしょうし、伝言より正確っす」

「そう。

 じゃあ先輩、ちょっと抜けるわね」

「待て、俺も行く。

 スリナ、少し片づけるから待ってろ」

「へーい」


 ミレイズとルナはそれぞれの装備を外し、訓練に使用したものをあった場所に戻した後、軽い身支度を整えてスリナと共に団長室へ向かった。

 部屋のドアをノックすると「入りたまえ」という声が返ってくる。

 ミレイズがドアを開けて入り、ルナとスリナも続けて入った。


「おや?スリナも一緒ということはもう調べがついたのかい?

 流石だね」

「いやぁ~、ほんとはそう行きたかったんですけれどもそううまくは行かないのが現実ですね」


「っす」口調が無くなり、飄々とした態度も半減する。

 流石に団長であるアルテイシア相手には多少かしこまるようだ。


「では?」

「経過報告って感じですかね。

 現時点で調べがついていることを教えてこいとウチの団長からのお達しで」

「ふむ、それでも助かるさ。

 早速お願いしてもいいかな」

「ではお言葉に甘えて」


 スリナは懐から数枚の紙を取り出してミレイズに渡す。

 ミレイズはそれを受け取り、書いてあることや手触りを確かめた後、アルテイシアに渡した。


「何今の」

「検査っすよ。

 騎士団とは言え、他所から渡されたものっすからね~。

 まぁ形式的な物っす」

「へー」


 アルテイシアは受け取った紙を読む。

 それを見て顎に手を当てて何かを考えはじめ、チラリとスリナを見た。


「スリナ、念の為口頭での報告もお願いしてもいいかな」

「もちろん」


 スリナは頷き、それに応える。


「まずバレトール家自体には特に不審な点はありませんでした。

 当主のはいたって健全、貴族の鏡ですね。

 ただ息子の方のコレクトル卿はここ最近、商いの方に手を出しているみたいです」

「商い?」


 ルナが疑問の声を上げる。


「最近出入りしている商会に彼個人が支援しているようで。

 この前の自由市場フリーマーケットに出されてた露店にも顔を出していたようですよ。

 商会の方は主に日用品から医薬品など、多く揃えていて評判はゆっくりではりますが右肩上がり。

 ただ、まだ新米らしく経営に思考錯誤しているみたいですが」

「その商会の名前は、フェアリーローズか……。

 どこかのカバー組織の線は?」

「無いとは言い切れませんが、まだこちらは調べ始めと言った感じなので目ぼしい情報はまだ。

 ですが疑うならここかと」

「了解した。

 他には何かあるか?」

「いえ、上げられる報告はこちらだけです。

 細かい情報はそちらに記載させていただいています」

「……ねぇ、その商会は香水も扱っているの?」

「香水?」


 スリナは首を傾げた後、数秒だけ思案して頷いた。


「確かに香水も扱っているっすよ。

 ただ、あまりそちらの評判は良くないみたいで品揃えが減ってるっすね」

「香りがきついとか?」

「へっ?えぇ、そうみたいっすけど……」


 スリナは目を丸くして驚いた。


「やっぱそこが気になるかい?」

「んー、引っかかる程度なのよねぇ。

 香りが強いからなに?って話なんだけれど」

「スリナ、その香水の製造元を調べることは可能かい?」

「香水を?

 まぁ、団長から許可を貰えればおそらくは調べられると思いますが」

「なら頼む。

 ベリブ団長や他の団員に何か言われるようなことがあれば、私も口添えしよう」

「いやいやいや!!

 流石にそこまでしてくださらなくても大丈夫っすよ!?

 団長も頭硬い方じゃないんで!」

「おや、そうかい」

「そうっすそうっす!」


 スリナは口調も元に戻りながら焦って、提案を断る。

 冷や汗が流れているのがルナからでもよくわかった。

 アルテイシアの口添えで何かまずいことでもあるのだろうか?


「で、ではウチはここで失礼します!」


 スリナはそう言って綺麗にお辞儀をした後、逃げるように団長室から出て行った。


「なにあれ?」

「気にするな」

「まぁ、私は継承権放棄しているとはいえ王族だからね。

 余計に口を出されると彼女の立場が無いってものさ」

「よくわからないわ」

「考えてないだけだろお前は……」

「とはいえ、私たちの方でもこの商会を調べていくとしようか。

 頼んだぞ、二人共」

「えっ!?

 俺たちですか!?」


 突然の指名にミレイズは驚きの声を上げる。


「なんだ?不満か?」

「不満ということはありませんが……コレとですか?」

「どういう意味よ」


 ルナはすぐさま一発ぶん殴ろうかと拳を構える。


「ルナは事件の渦中にいるからな。

 その鋭敏な感覚やめぐり合わせる運はきっと頼りになる。

 ミレイズはそのサポートをしてあげてくれ」

「それは、その……わかりました」

「じゃあ今日の訓練は切り上げてその商会を見に行きましょうよ」

「貴様な!」

「なによ?善は急げ、思ったが吉日って言葉知らないの?」

「それには私も賛成だな」

「団長まで……」


 ミレイズはつきそうになるため息を必死で飲み込む。


「根本的に似ているのか?この二人は」

「あによ?」

「……何でもない」


 ☆


「流石にアルテイシア団長に口を挟まれるとみんなに怒られるからなぁ……」


 アルテイシアは現在騎士団に所属しているとはいえ、王族だ。

 そんな人に口添えをしてもらえれば確定でその提案は通るが、借りを作ることになり、ベリブや他の団員に「余計なもの連れて帰ってきたな」と怒られるに違いない。

 だから少々無礼ではあったがすぐにあの部屋から退散することにした。


「しかしルナちゃんなぁ」


 スリナは自分の騎士団へ帰りながらルナについて思い返していた。

 一言で言えば、おっかない。

 むき出しの刃物だアレはとスリナは考える。

 スリナはベリブに命じられた通り、彼女の素性を調べた。

 貴族を斬り殺した時の取り調べの情報は勿論、これまでの彼女の生活態度はある程度調べることができた。

 村でとても親しまれる娘であったらしい。

 だが、家族の方はどうにもはっきりしない。

 両親は冒険者で、依頼の事故で既に故人。

 彼女を育てた叔父も元冒険者と言うだけで目立った功績は上げてなかった。

 引退後もそうだ。

 ルナを迎える前からも農作業をする程度。

 どこからどう見てもよくある冒険者の家系。

 だが、情報が綺麗すぎた。

 通常、普通に生きていても薔薇の茎にあるトゲ程度のやんちゃな過去はある。

 それなのに彼女の両親や叔父にはそういった部分が無い。

 情報が操作されているというより、包み隠されているような感じだ。

 彼女自身に何か秘密があるのか?と思っていたが、普通にやばいヤツだった。

 貴族を斬り殺す前と後で性格が違いすぎやしないかと思わなくもないが、人と殺めて性格が変わるなんて珍しい話ではない。


「んー、こっちの方は下手に調べない方がいいかもしれないっすね」


 己の直感がそう訴える。

 彼女については深入りしない方が身のためだと。

 街角を曲がり、一瞬の寒気を感じ取る。

 すぐさま腰のナイフを抜き、地面に這うような姿勢で構えた。


「なんだ、いい反応するじゃないか。

 若いのに精進してる」


 声だけが聞こえる。

 周りには人はいない。


「人払いの結界っすか。

 こんな白昼堂々と大胆っすね」

「なに、今回は警告……いや、忠告をしに来た。

 別にお前の敵じゃない」


 気配がつかめない。

 結界以外に魔法を使っている様子はないので、これは身体技術だろう。

 そんなのを使えて、敵じゃないというのならスリナの頭に浮かぶのは一つだけだ。


「影狼でしたっけ?」

「おや、お前は博識だな?」

「思ったよりよく喋るので当たってるか半信半疑だったんすけど」

「いいだろう?普段は碌に会話をすることができないんだ」


 影狼。

 それは国の裏側の仕事を受け持つと言われている王族直属の暗部。

 伝説や噂程度の存在だったが、スリナはそれを言い当てた。

 その声は満足そうに、嬉しそうに会話を続ける。


「その体勢辛いだろう?

 崩しても構わないぞ」

「得体のしれない相手を警戒するなってのは無理な話っすね」

「そうか、ならば仕方ない。

 要件をさっさと済まそう」


 どこか残念そうにその声はスリナに告げる。


「ルナ・スターズについて深入りはするな。

 お前の団長にもそう伝えておくといい」

「理由は?」

「陛下に直接伺って許しを貰えるなら答えてやろう」

「それもう教えないって言ってると同じっすよね?」

「さぁな。

 肝に銘じておけよ。

 もし無視するようなら……」


 そう言って声と共に結界が消える。

 しばらくスリナは這うような態勢を取っていたが、相手が消えたと確信して立ち上がった。

 ナイフを収め、大きくため息を吐く。


「いやもう、勘弁してほしいっす。

 これ団長に追加給金せびってもいいっすよね。

 影狼の脅しとか労災ものっすよ、直帰してぇ~」


 スリナはぶつぶつと言いながら再びその脚を動かす。

 彼女の影が炎のように揺らめいていたのには気がつかなかった。

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