第12話 疑惑

 第五騎士団執務室。

 ルナ、アルテイシア、ハッツは会議が終わって直接ここに戻ってきていた。

 部屋に入るなり、アルテイシアはルナに問い掛ける。


「それで?さっきのはどういうことだい?」

「答えたこと?」

「そう、私としても伯爵家を疑うなんて流石にね。

 理由はあるんだろう?」

「勘って答えたと思うのだけれど」


 ルナがそう返すと、アルテイシアは「いいや」と額を人差し指でトントンと突く。


「自論だけど、勘っていうのは本人の経験則から無意識的に導き出される答えだ。

 君がそう言うからには何かしらの理由が存在するはずだよ」

「バレトール家から支援を受けている我々としては疑うなんて失礼千万だとは思うが……。

 そもそも、スターズはどこでコレクトル卿のことを知ったんだ?」

「自由市場であったの。

 ミナイが隣にいたからあちらから話しかけてきたわ」

「ミナイ?

 あぁ、なるほど。彼女がナイール家にいた時の繋がりか」


 ハッツは納得したように頷きながら、眼鏡をクイッと上げる。


「彼を疑う理由は?」

「……私の主観でしかないのだけど」

「それを聞きたいんだ」


 アルテイシアは執務机に腰かけながら顎でルナを促す。

 じゃあ、とルナはコレクトルに会った時に感じたことを思い出しながら話し始める。


「まず香水の香りがきつかった。

 女性が香水がきついって話はよくあることだと思うけれど、男性があんなにきついのはちょっと変だと思ったわね」

「別に不思議なことか?」

「薬の臭いを隠していると?」

「さぁ?

 でも、ミナイは何も言わなかったからいつもあれくらい強いのかもしれないわね」


 次に、と話を続ける。


「周りの護衛。

 三人いたけど、ギラついた雰囲気を感じたわ。

 貴族が街中を見回るなら当然と言われたら何も言い返せないけれどね。

 というか、わざわざ歩いて見回る必要あるの?

 バレトール家が始めたことだとは本人から聞いたけれども」


 ハッツは顎に手を当てて「ふむ」と思案する。


「確かにあの催しはバレトール家が国家事業として提案したものだ。

 僕の小さなころには既にあるぐらいには前から続いている。

 次期当主が視察するぐらいは不思議なことではないとは思うが?」

「ルナはどう思うんだい?」


 そう問いかけられて、ルナは考える。

 喋っているうちに自分の中にある疑う根拠が纏まりつつあった。


「合法的に街を見て回れるとか、もしくは取引しても怪しまれない?」


 疑問形になってしまったが、アルテイシアとハッツはムッと表情を変える。

 二人の中で「あり」という可能性が生まれたからだろう。

 だがハッツは首を振り、それを否定する。


「いや、いやいや流石にそれは言いがかりだろう?」

「理由はそれだけかい?」

「いや、あとは……そうね、一つかしら」

「それは?」

「疑わしくないところ」

「……は?」

「貴族とか平民に大人気。

 実家も伯爵家、将来が期待されている次期当主。

 まぁ、慕われやすい貴族よね」


 だけど、と紡ぐ。


「そんな人ほど怪しいのよね」


 最後の理由にハッツは呆けた顔になり、眼鏡がずれ落ちる。

 そして次第に唇が震え始め、顔が赤くなり始めた。


「な、なんだそれは!?

 それこそ言いがかりだろう!?

 お前はアレか!貴族に対して嫌悪感しか持ち合わせておらんのか!?」

「私の主観っていう話って言ったじゃないハッツさん。

 それに別に貴族斬り殺したからって他の貴族は何とも思ってないし。

 ぶっちゃけ知り合い以外どうでもいい」

「お、前なぁ……!」

「どうどう副団長。落ち着きなさい。

 ところでルナ。

 その言い分だと私のことは疑わしい人だと思っていることになるのだと思うのだけれど」

「当たり前じゃない」


 なに言ってんだこいつと、鋭い目つきを更に細くしてアルテイシアを見る。


「人斬りをコネを使って歓迎してくる人なんて疑わしさしかないじゃない」

「それは……返す言葉も無いね」


 アルテイシアは肩を竦める。

 本人にもその自覚はあるらしい。


「……仮にコレクトル卿が繋がっている貴族だとして、どうやって調べ上げるのですですか?」

「一応、ベリブ団長の耳に入れたからね。

 あの方は用心深いし、もう調べ始めていると思う。

 それ頼りとはいかないが、こちらで地道に調べている中で報告を待つかな」

「他の騎士団には?」

「別の任務があるから数人ぐらいしか手を借りることしかできなかったし、そちらは主にパトロールの増強に回してもらうしかないだろう。

 会議でまとめた話通り、主体は私たちと第三騎士団で調べていくしかないかな」

「ふぅむ……」


 ハッツは腕を組んで唸る。

 これ以上に自分たちから動いてできることは無い。

 何処までも後手に回ってしまうのはいかなるものかとルナは思うが、掴んだ手がかりではまだ届かない。

 きっかけを掴むのは時の運だ。

 とはいえ、いつまも待つのはルナの性分に合わない。


「もうバレトール家に突撃すれば?」


 ルナの言葉にハッツはまるで石造のように固まってしまった。

 予想外だったのかアルテイシアも驚いて「こいつまじか」という顔になっている。


「いや、言葉通りじゃないわよ。

 家に訪問して調べればって話。」

「……普通に訪問すれば隠されると思うが」

「アポイントメント無しでいけば?」


 伯爵家に電撃訪問をかませば、何かしら出てくるだろう。

 そう思ったがアルテイシアが首を横に振る。


「正当な理由も無しに通してもらえるとは思えないし、もし、我々を通してもらえたとしても、隠す時間くらいはあるんじゃないかな。

 それに自宅にそんなわかりやすい証拠を残すとは思えない」

「じゃあ本人を監視すればいいじゃない。

 隠すものがあるほど、いつかボロが出るもの」

「だとしても……」

「第三騎士団の報告を待ってからじゃ遅いでしょ?

 むしろ一緒に協力して監視つけるべきよ。

 ……いや、疑われてることをチラつかせれば余計ボロが出るんじゃない?」

「待て待て待て。

 スターズ、コレクトル卿が黒教団と繋がってると思っているのはお前だけだ。

 それを押し通せるほど騎士団は甘くはない」


 ハッツがルナの提案に待ったをかける。

 頭の固い眼鏡め、と悪態をつきそうになるがここは堪えた。


「私がやっちゃだめなの?」

「具体的なプランは?」

「無いけど」

「じゃあ却下だ」

「ケチ」

「ケチじゃない!子供かお前は!」


 こちとらいまだに十代の乙女である。

 ルナがそれを主張したら頭頂部に拳を落とされた。

 そのせいか、気になったことがあったことを思い出す。


「そういえばなんで情報交換の申し出を断ったの?

 今の話だって一緒にすればよかったじゃない」


 先程のベリブ団長の誘いについてだ。

 一応、共に調査をすることになっているわけなのだからこの話し合いに混ぜるべきだったのでは?と思わなくもない。


「あー、ベリブ団長……というよりは第三騎士団は色々知りたがりだからね。

 関わりすぎるとお尻のほくろの数まで知られてしまう」

「例え。

 知られて問題でもあるの?」

「弱みまで知られると後で揺すられる」

「揺すられるって……何?

 騎士団同士って仲悪いの?」

「国を護るためにそれぞれの主張があるってことさ」

「めんどくさいわね」


 シンプルなことが好きなルナにとっては理解し難いものであった。


「まっ、私の方でもなんとかコレクトル卿を調べられないか手を回してみるよ」

「じゃあそれまで適当に待ってるわ。

 早く魔力での強化を身に着けたいし」

「まだできていないのかい?

 君の才能ならもう身に着けても不思議じゃないと思うのだが」

「そんなこと言われても知らないわよ。

 私自身がなんでできないのかわからないのだからどうしようもないわ」

「ふぅむ……まぁ精進してくれ」

「ありがとう団長。

 失礼しても?」

「あぁ、今日は付き合ってくれてありがとう。

 ハッツ副団長はこのまま残ってくれ」

「はい」


 ルナは最低限の礼儀として軽く頭を下げ、部屋を出る。

 今日の予定は訓練所での鍛錬だ。

 と言っても特別にやることは変わらない。

 剣を振り、走り込み、相手がいれば木剣で打ち込み合う。

 進展があるまではそれの繰り返しだ。


「まったく飽きないわねほんと」


 ☆


 ルナが退室した後、ハッツがアルテイシアに目を向ける。


「例の事はお伝えしなくてもよかったのですか?」

「インダー男爵の事?」


 遺体となって回収されたガロン・インダー。

 この事態の一員である為に、解決するまで証拠の一つとして保管されていた彼の遺体が数日前に安置所から消えてしまったという。

 その日の警備の者は重傷を負わされており、僅かながら魔法の痕跡が残っていた。

 一体だれが何のためにそんなことをしたのかは不明であるが、あたりを付けるとしたらやはり黒教団になるだろう。

 だが、わざわざ遺体を回収する理由がわからなかった。

 彼の屋敷から見つかった資料を見るに、彼も幾人いるただの協力者。

 黒教団で特別な地位にいたというわけでもなく、彼自身も特別な素質を持っていたという話も聞かない。

 疑問が増えることばかりだ。

 そんなガロンの情報をアルテイシアはルナには話さなかった。


「彼女の中ではもう終わった話だし、もし話した場合」

「場合?」


 アルテイシアは少し間をおいて、苦笑いをする。


「十中八九何かするだろうね」

「……それは、確かに」


 なにせ即断即決で首を斬りに行くような少女だ。

 仇の遺体が誰かに連れ去られたなどと聞いたらどのような行動に出るのかわかったものではない。

 故に、アルテイシアは敢えて彼女にはこの情報を伏せることに決めていた。


「こっちの案件も第三騎士団が取り扱ってくれてるらしいし、そっち側は完全にお任せするしかないね」

「しかし、なぜインダー男爵を回収したのでしょう?」

「それが分かれば苦労しないんだよなぁ~。

 遺体を調べる前に盗まれちゃったから、多分、彼の身体に何か仕込んでいたんだと思うんだけど」

「えっ、まだ何も調べていなかったのですか?

 結構な日数経ってますよね?」

「ちょっと横やりを入れられてしまっていてね」

「それって」

「まぁ、ハッツ副団長の言いたいことはわかるよ。

 確実に内側に

 だからルナがコレクトル卿が怪しいって話も信憑性は高いんだ」


 ハッツは目を見開いて絶句してしまう。

 この王国にそんな裏切り者が多数いるとは、愛国心の強い彼にとって信じられないことであった。

 そんなハッツを見てアルテイシアは微笑んで肩を叩く。


「ルナの言う通り、私たちは甘かったわけだ。

 取り返しのつかないことは仕方がない。

 これからを見据えていかなければね」

「……はい」

「さてこれから忙しくなる。

 手伝ってくれ」

「了解です、団長」

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