第10話 再出現

「それそんなに気に入ったの?」

「とても」


 ルナは早速購入した髪飾りを付けていた。

 歩けば光に反射して色鮮やかな輝きを見せる。

 それが珍しいのか、すれ違う人々がチラリとルナの事を見て通り過ぎて行く。


「ルナちゃんもおしゃれさんだ」

「当たり前でしょ。女の子だもの」

「私はおしゃれより食べ物かなぁ~」

「可愛いのに。損するわよ」

「ありがとー」


 ミナイがはにかむと同時に近場で黄色い声が響く。

 なんだとそっちの方向を見ると、多くの人だかりができていた。

 ルナとミナイはそちらに近寄るとその人だかりの中心には若い男性が立っていた。

 その着飾った身なりや周囲に立つ三人の帯剣している護衛がいることからあの男性が高貴な身分であることがわかる。

 周囲の女性に笑顔を振りまいて周囲を見渡しているとこちらに目が合った。

 男性はニコニコとした笑みのままこちらに歩み寄ってくる。


「うわ、まじか」

「ミナイ?」


 男性に見覚えがあるのか、ミナイは少し困った顔になる。


「久しぶりだなミナイ君」

「ご無沙汰しておりますコレクトル卿」

「よそよそしいな。コレクトル兄さんと呼んでおくれよ。

 君の騎士団の評判は聞いている。調子がいいらしいな」

「バレトール家のご支援があってこそ、我々がその剣を振るえるというもの。

 コレクトル卿はどうしてこちらに?」

「決まっているだろう?視察だ。

 元々この自由市場は我がバレトール家が推し進めた催し。

 次期当主である私がその様子を見に来るのは不思議なことではあるまい」


 男性、コレクトルは自慢するように話す。

 ミナイは「それもそうですね」と笑って返した。


「君は休暇かい?」

「はい。

 自由市場を回りながら、新しくできた後輩を案内していました」

「後輩?」


 コレクトルはルナの事が眼中になかったのか、その存在に今気が付いた。

 ルナはそのことにイラッと来たが、頑張って抑える。


「初めまして、ルナ・スターズと申します」

「ほう。

 騎士団に若手が入ることはいいことだ。

 この国の為に尽くしてくれたまえ」


 ルナにそう言葉をかけると、隣にいる護衛の一人に耳打ちをされる。

 ほんの一瞬だけ眉を動かすが、「わかった」と答えて表情を戻す。


「それでは私はここで。休日に失礼したな」

「いえ、こちらこそ」


 コレクトルは護衛を連れて立ち去る。

 それに合わせて周りにいた人たちもバラバラに解散していった。

 彼の姿が見えなくなり、周りの騒ぎが落ち着いてき始めたころにミナイはホッと息をついた。


「どういう人なの?」

「コレクトル・バレトール。

 バレトール伯爵家の次期当主よ。

 見た目もいいし、主に女性に人気が高いの」


 平民貴族問わずに。とミナイは付け加える。


「それで?ミナイはどういう人なの?」

「あー、私って元貴族なの。

 いや、一応今でも貴族なのかな?」

「どういうこと?」

「私の実家は伯爵家でね。

 色々細かいことは省くけど、セルフ勘当みたいな感じで家を出たの」


 あははと笑いながら話を続ける。


「本来ならナイールを名乗るなんて許される立場じゃないんだけど、そこは母上と団長のおかげでね。

 だからって実家の繋がりはほぼ無いよ。ほんとに名前だけ」

「コレクトル卿もその関係?」

「彼の数ある婚約者候補だったって話だよ」

「『だった』済ませる話ではないと思うのだけれども……」

「いーの。もう終わった話だし。

 はい!この話は終わり!

 他のところ見て回ろ!もっと色々なお店あるんだからさ!」


 無理矢理話を切り上げられるが、これ以上追及するのも野暮と言うものだろう。

 今度はミナイがルナの手を引いて他の出店を見て回ろうと歩き出した。

 瞬間、轟音が響き渡る。

 振り返ると建物が倒壊し、その中から歪な姿をした巨人が現れた。

 周辺の人々はその巨人に目を奪われて動きを止める。

 巨人はゆっくりと周りを見渡した後にその大きな口を開き、咆哮を上げる。

 それをきっかけに悲鳴が上がり、我先にと逃げ始める。

 ルナとミナイはすぐに巨人に向かって駆けだした。

 休暇とはいえその腰には帯剣している。

 柄に手を当てながら、対面から向かってくる人たちを糸を縫うように避けて進む。


「ルナちゃんは逃げ遅れた人を誘導して!」

「ミナイは?」

「とりあえず誰かが来るまで相手してる!」


 ミナイが踏み込むと加速し、あっという間に距離が開いてしまう。

 魔力による身体強化だろう。

 同じことをできないことに歯がゆさを感じながら、ルナは柄から手を離して周囲に目を配らせた。

 泣いている子供、転んで動けなくなっている女性。

 尻もちをついて固まっている老人、自分の店の商品を守ろうとしてまだ逃げていない男性。

 見れば見るほど逃げ遅れがいることに舌打ちをしながらルナは正面から逃げてくるガタイにいい男の腕を掴んだ。


「なっ、なんだ!?放せよ!」

「逃げ遅れがいる。助けるの手伝って」

「ハァ!?ふざけんな!!

 俺だって今」

「手伝え」


 睨みつけると男は震え、首を縦に振った。

 この男は女性を回収させるとして、まだ人では足りない。

 ルナは他の逃げ遅れを探しながら、元気が有り余っている若者を確保していった。


 ☆


 ミナイは焦る。

 あの巨人は前回現れた時はスラム街だった。

 言い方が悪いが、守るべき人たちが多くない場所。

 しかし、今回は都の中心部。

 高い建物は勿論、その周囲で生活しているたくさんの民がいる。

 老若男女千差万別。

 それらを守るにはあの巨人はあまりにもデカい。

 人間サイズ相手なら被害を最小限に抑えられただろうに。

 手に持つ武器は予備で使ってロングソード一本。

 本来扱っている武器ではない。

 さりとてこの場から退くなど言語道断。

 ミナイは駆けながらも呼吸を整える。


「『フロートバリア』」


 水色の板が三枚現れる。

 それらはミナイの周囲を漂い、その身を守っていた。

 魔法名だけで発動させる簡易詠唱。

 本来の詠唱で発動させるものより些か効果が落ちてしまうが、それは余分に魔力を籠めることによって補わせる。

 ミナイは高く跳び、巨人の顔へとロングソードを叩きつけた。

 返ってくるのは硬い感触と手への衝撃。

 その額には薄い傷跡を付けることができたが、効果があまり見えない。

 舌打ちをしながらその頭を踏んで壊れていない建物の屋根へと移る。

 通常の攻撃はあれには無意味。

 ミレイズは魔力を籠めた一撃でその首へを落としたと聞く。


「私は無理かなぁ」


 先程の攻撃を思い出しながら呟く。

 出来ないということは無いが、それをやるには時間がかかる。

 人を守りながらではその余裕はない。


「だからまぁ、こうかな」


 脚に力を入れて踏み出す。

 剣に魔力を籠めれば首は落とせなくてもその身に斬り傷を負わせることができるのはわかっている。

 それができるなら気を引くのには十分だ。

 ミナイは第五騎士団の中で一番しなやかさを持っている。

 そのおかげで身体をより自由に動かすことができ、行動の選択肢を広げていた。

 建物から飛び降りて巨人の拳をすれすれで避けながらも、その肌を斬り付け、相手を翻弄する。

 水色の板を動かし、空中で足場にし、巨人の身体を触り、ポールダンスのように滑るような動きで密着しながら縦横無尽に動き続け、常に相手の動きを最小限に抑えられるよう密着しながらの攻撃を繰り出し続けた。

 巨人もされるがままではなく、自身を傷つけるミナイを排除しようとするが、するりと躱し抜け、また刃を振るう。

 ミナイの動きは周囲の被害を最小限にしており、巨人が出現した位置からほぼ動いていない。

 このままであれば救援が到着するまで時間を稼ぐことができるだろう。

 最低でもあと数分は稼げれば誰かはくるはず。

 呼吸を整えて剣を構え、迫る蹴りを横に転がることで躱す。

 身体を直ぐに起き上がらせて、簡易詠唱を唱える。


「『ファイアボール』」


 拳よりも一回り程大きい火球が3つ出現し、腕を払って巨人へと放つ。

 顔面に向かう火球は巨人の腕に塞がれるが、続けて魔力を脚に込めて跳躍していたミナイがその腕に剣を刺した。

 更に深く刺し込もうと力を入れるが、強靭な身体がそれを許さない。

 巨人は腕を動かし、ミナイを振り払う。

 ミナイは空中で身体を捻ることによってバランスを保ち、壁に足を付けた。

 それに追い打ちをかける様に巨人は拳を突き出す。

 ミナイが咄嗟に反応して前に跳び、入れ替わるように巨人の腕が建物を破壊し、その腕を埋めた。

 ミナイは身体を回転させ、巨人の胸から股まで斬り付ける。

 地面に足を付けた直後、またミナイは上へ飛び、板を自分の近くまで引き寄せて蹴り上げた。

 板は縦に回転しながらその角を巨人へと刺さり、肉を抉る。

 防御にも足場にも生かせる程度には強度がある『フロートバリア』は簡易的な遠距離攻撃へと使用することができる。

 巨人は苛立ちの声を上げながらその板を割り、お返しとばかりに今度は巨人がミナイを蹴り上げようとする。

 ミナイは身体を極限まで捻らせて躱し、その脚を掴んで上へと移動した。

 残った2枚の板の内の1枚を足元に寄せる。

 このまま突っ込んで目を抉り、視界を奪う。

 その狙いを定めた時、巨人がグリンと首を動かしてその顔を見せた。

 口が開き、口内が淡く光る。

 向いている方向にはまだ避難している人間がいた。


「くそっ」


 悪態をつきながら収束する魔力を感じ、板を踏み込み下へ跳躍。

 残りの1枚を巨人の胸の位置まで動かし、それを足場にして続けてもう一度跳躍する。

 剣に籠められるだけの魔力を籠め、全身をしならせ巨人の口内の光が強くなったと同時にその顎に剣を叩きつけた。

 口が強制的に閉じられ、爆ぜる。

 魔力が放たれることは無かったが、無理やり抑えた威力はあまりにも強大で、爆発はミナイも巻き込んだ。

 吹き飛んだミナイは建物の壁に激突して、地に落ちる。


「かっ……!こっ……!」


 背中を強打し、肺から空気が全て押し出される。

 ダメージも凄まじいものだ。

 本来防御用に使う板は足場にした為、咄嗟に魔力を全身に回してその防御をしたが、それでも爆発の距離が近すぎた。

 五体満足の状態なのが奇跡なほどに。


(だけど、これで……)


 よろよろと身体を起き上がらせて巨人を見上げる。

 巨人はバランスを崩して、建物に寄りかかるようにしてゆっくりと沈んでいった。

 痛手を貰ったが、おかげでいい結果になったことに安堵する。

 だが、そうするにはまだ早かった。


「うっそだぁ……」


 巨人の首が盛り上がり、やがて肉が顔の形を作る。

 それに伴い、ミナイがつけた傷も塞がり始め、やがては全て元の姿に治ってしまう。

 巨人は起き上がり、再びその咆哮を轟かせた。

 再生能力。

 前回とは別の力を身に着けた巨人は、己の頭を吹き飛ばす原因を作ったミナイを睨みつける。


「頭吹き飛んだんだから、意識も吹っ飛んでくれないかなぁ」


 ミナイは剣を再び構え、頭を回転させる。

 この状況を打開させるためには、どうすればいい?

 巨人の動きに合わせ、ミナイも一歩出す。


「お疲れミナイ。後は任せて」


 するとフワリと風が凪いだ。

 その風はミナイの肩を叩き、その先へと歩みを進める。

 ミナイは安堵して剣を下ろした。


「間に合ってくれてよかったですよ……団長」


 アルテイシアはその綺麗な髪をなびかせて腰の剣を抜く。

 その剣はミナイと変わらないどこにでもあるロングソード。

 だが、その剣には紫電が走っている。

 アルテイシアは笑みを浮かべながら巨人にゆっくりと迫る。

 巨人は誰が来ようとお構いなしと言わんばかりに方向を上げ、両腕を振り下ろした。

 風が、豪風へと変わる。

 次に見えるのは溢れんばかりの輝きだった。

 その輝きは巨人を飲み込み、悲鳴すら上げさせないままその身を焼き尽くす。

 やがて巨人は消滅し、残るのは残骸と静電気。

 ところどころパチパチという音が鳴っており、近くに居たミナイの髪もぶわっと広がっている。


「団長~もうちょっと出力抑えられないですか?」

「これでも抑えたよ。

 街中なんだから静電気もろに浴びちゃうのは仕方ないだろう」

「じゃあなんで団長は影響ないんですか?」

「内緒~」


 アルテイシアはミナイの髪を懐から取り出した櫛で見ないの髪を梳かす。


「まさか休みにこんなことになるなんて」

「んー、他にも現れるとは私も驚いたよ」

「……他?」


 聞き捨てられない言葉が聞こえて髪を梳かされながら聞き返す。


「あと4か所にアレが現れてね。

 いやぁ、びっくりしてすっ飛んできちゃった」

「えっ、それ大丈夫なんですか?」

「他の騎士団が対処してくれたよ」

「それは、よかったです。

 再生能力まで追加されていたので流石に心が折れてしまいそうでしたよ」

「ごめんそれは初耳」

「……私がハズレくじでしたか」


 一体何が起きているのかわからないが、今日の自由市場が中止になってしまうのは間違いないだろう。

 もっと他に見て回りたかったという残念な気持ちをため息と一緒に吐き出し、顔を上げた。


「団長。

 どうしますか?」

「とりあえず各騎士団長で緊急会議かな。

 出席する?」

「それは副団長のお役目ですので」


 前に一度だけ出席したことがあるが、あんな地獄に出席するなんて二度とごめんだ。

 何があろうとも首を縦に振りたくない。


「じゃあ、代わりにあの子を連れていくか」

「えっ?」


 アルテイシアが向ける視線の先には、こちらに向かって駆けているルナの姿だった。

 避難誘導を済ませたのだろう。

 アルテイシアがいることに驚いて目を丸くしていた。


「団長?

 来てたの?」

「うん、ちょっと面倒そうだったからね。

 それはそうとちょっとついて来れる?」

「えっ?」


 ルナは不思議そうな顔になり、ミナイを見る。

 ミナイはまるで死地に向かう兵を見る様な顔になってルナの肩をポンッと叩いた。


「頑張って」

「何を?」

「そんなに身構えるようなものじゃないけどなぁ」

「何が?」

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