第8話 材料

 あれからスラム街で他に2件ほど薬の保管場所が見つかった。

 ルナ達のように襲われることは無かったのはその前にひと悶着があったせいだろう。

 ただ逆に薬が放置されたままでいたことに疑問が残る。

 発見される間に回収できたはず。

 なぜ回収されなかったのか。


「知らないわよ」

「お前には聞いてない」


 駐屯地を歩きながらブツブツと呟いていたミレイズの言葉に反応したルナだったが、不機嫌な顔で言葉を返される。


「あの薬が資金源であったことには間違いないはずだ。

 アレ程の量をあっさり捨ててしまうなんて」

「足が付くのを嫌がったんじゃないの?

 時間があったとはいえ、あんな騒ぎの後にコソコソ荷物を運び出したら逆に目立つもの」

「ふむ、確かに」


 ルナの言葉にミレイズは納得した後に、ふと足を止めて妙な視線をルナを見る。


「あによ」

「お前って、意外と頭回るよな」

「喧嘩売ってる?殴るわよ?

 というか今どこに向かってるのよ。

 今日は非番じゃないの?」


 そう、今日は二人は非番。つまり休日だ。

 だと言うのにミレイズはルナを連れ出していた。

 連れ出されるがまま後ろを歩いているが、何をするかは聞かされていない。

 ちなみに私服はしっかりと洗濯したので血の染みは無い。


「前に言ったろう、魔法の適正も見ると」

「そういえば、そんなこと言ってたわね」

「今日は遠出していたウチの魔術師の指南役殿が顔を出していてな。

 またどこかに行ってしまう前に見てもらった方が良い」

「適正って人に見てもらわないとダメなの?

 道具とかあると聞いてるけど」

「一応、あるがそれは国家の重要な魔道具だ。

 国に認められた施設にしか預けられてない」

「お姫様がいるのに?」

「そうだ。

 俺らの騎士団が借り受けるにはまだ規模が小さい。

 だが代わりに指南役殿に見てもらえることになっている。

 指南役殿はこの国での指折りの魔術師で、本来ならもっと大きなところにいるべき方なのだが、事情があってな」

「お姫様がいるから?」

「あまり声に出して言いたくはないがな」


 ミレイズは渋い顔で歩みを再開する。


「使えるものは使うものでしょ。

 団長はそれをわかっている人じゃないの?」

「お前にあの人の何がわかる」

「少なくとも同じ女のことなら」

「お前が女と思いたくない」

「刺すわよ」

「殺意が上がったな……」


 二人が戯れていると一部屋から声が聞こえた。

 一つはウンズ、もう一つは女性の声だった。

 ミレイズがその部屋の扉をノックすると、女性の返事が返ってくる。

 扉を開けて中に入ると最初に煙草の香りがルナの鼻腔に入った。

 叔父が吸っていたものと同じ匂いで、その思い出がフラッシュバックする。


「おやぁ?ミレイズの坊やじゃない」

「お久しぶりです、指南役殿」

「いやねぇ、ミーリンおねぇさんとお呼びいつも言っているでしょうぉ?」

「ミーリン殿、流石に『おねぇさん』は難しいお歳でしょうに」

「ウンズ?貴方は焼死したいようねぇ」

「はっはっは!これはお手厳しい」


 その女性はまるで物語に出てくるよな魔術師だった。

 大きな帽子に自身の身長程の杖を持ち、紫のローブを羽織っている。

 片手に持つキセルからは紫煙が昇って、その匂いを部屋に充満させていた。

 その姿を見ていると女性がルナに気づく。


「あら見ない顔。

 新人さんかしらぁ」

「そうです指南役殿。

 コレの魔法適性を見ていただきたく伺いました」

「なるほどなるほど、ならちょちょいと見てあげましょうかねぇ」


 女性は立っているルナの元に歩み寄り、グッと顔を寄せる。


「顔が近いわ。

 臭う」

「指南役殿に対して失礼だぞ」

「しょうがないじゃない。普通に胡散臭いもの」

「貴様っ」

「生意気娘ねぇ。

 私はミーリン・マーズ。

 貴女の名前はぁ?」

「ルナ・スターズよ。

 どうもよろしく」

「スターズ?」


 ミーリンはルナの名前を聞いてなにか思い当たるような顔を見せた。


「なに?」

「いや、私の思い違い。

 気にしないでいいわぁ」

「ならいいけど、適正ってどう見るの?」

「難しいことじゃないわよぉ。

 貴女の手を私が触るだけぇ」

「それだけ?」

「それだけよぉ。

 簡単でしょぉ?」


 ミーリンがニコリと笑って答えるが、ウンズが「いやいや」とそれを否定する。


「そのようなことができるのはミーリン殿を含め数人しかいない高等技術ですぞ。

 全く簡単なことではございませぬ」

「それは現代の魔術師が修練を怠けているからよぉ」

「これは手厳しい」

「さてじゃあちゃっちゃと見ましょうかねぇ」

「お願いするわ」


 ルナは腕を上げて手を差し出す。

 ミーリンはその手を取って目を閉じた。

 しばらく無言の空気が続いたが、やがてミーリンは手を放してニコリと笑った。


「全然わからないわぁ」

「はっ?」


 ルナは眉間に皺を寄せて低い声を出した。


「なんで?」

「魔力自体は感じるけれど、なんか通りが悪いというか。

 厚めのコートの上から肌を触っても肌の柔らかさや硬さなんてわからないでしょ?

 そんな感じ」

「どうしてそんなことになっているの?」

「んー?ごめん、私も初めてのことだから分からないわぁ」

「ミーリン殿でもですか?」


 ミーリンの言葉にウンズが驚いた声を上げる。


「えぇ、だからとても興味深いわぁ……。

 ちょっと私の研究対象にならない?」

「普通に嫌よ。

 ……さっきからなんとなく感じていたけれど貴女って人間じゃないわよね?」

「あら言ってなかったのかしらぁ?

 そう、私は魔女よぉ」


 ミーリンは肯定した。

 この世界は人の身でありながらその理を超えた存在がいる。

 その一つが魔女。

 あらゆる魔法や呪術を極め、結果的に人の寿命を超えた存在。

 目の前にいるミーリンがどれだけの時を渡っているのかはわからないが、少なくともウンズの反応を見るに、彼よりは歳上なのだろう。

 彼女から感じる気配は通常の人とは違うものがあった。


「初めて会ったわ」

「魔女なんて普通は人里に降りてこないもの。当然の事よ。

 私はここの王族に縁があるからここにいるけれど」


 そう言ってミーリンはルナから離れて煙草を吹かす。


「指南役殿はいつまでこちらに?」

「しばらくは滞在しているわよぉ。

 なにか教えてほしいことでもあるのかしらぁ?」

「はい。

 今回の我々が対応している案件でて少しお伺いしたいことがありまして」

「あぁ、なにか面倒なことなことに巻き込まれているらしいわねぇ。

 それで何を聞きたいのぉ?」


 ミレイズは腰につけている小さなポーチから一つの袋を取り出す。

 ルナの嗅覚がその臭いを捕らえ、少し驚いた。

 それは例の薬物だったからだ。


「先輩、それ勝手に持ち出したの……?」

「そんなわけないだろスカタン。

 もちろん許可は頂いている」


 ミレイズは取り出した袋をミーリンに渡した。

 ミーリンは袋の口を開けて中身を見る。


「これの正体を探っています。

 一応、調べはしたのですが材料の解明もできていなくて」

「ふーん」


 ミーリンは片手に少量の薬物を出す。

 薬物は桃色のサラサラとした粉。

 鼻に近づけて臭いを嗅いだ後、小指の腹で粉をなぞり、小指に付着した粉を眺めた後、


「ちょっ!?」


 ミレイズが焦って手を伸ばす。

 少量とはいえ、問題になっている薬物を摂取するとは普通に考えてあり得ないことだ。

 だが焦っているのはミレイズだけ。

 ウンズやルナは腕を組んでそれを眺めていた。

 ウンズは付き合いの経験から。

 ルナは直感で。

 ミーリンは目を閉じて舌を転がす。


「うん。なるほど」

「わかりましたか?」

「魔法と呪術を使った混合物ねぇ。

 材料は……まぁ人間かなぁ」


 ミーリンの答えにミレイズは絶句する。

 薬物の材料が人間。

 それはあまりにも受け入れがたい事実。

 口をパクパクと動かすだけで声を出せていないミレイズの代わりにウンズが質問する。


「それは本当ですかな?」

「まぁもしかしたらエルフとかドワーフとかも使われているかもしれないけれど、おおむね人種が使われているわねぇ。

 でもこれ常時使用すれば人間性というか、人を捨てることになるわよぉ?」

「しかし使用を継続しないと意識の混濁や廃人になる事例もあります」

「呪術が混ざっているからそうなるでしょうねぇ。

 普通は呪いは他にかけるものだけど、自分に呪いをかけて強化する方法もあるのよぉ。

 悪魔契約に似ているけれど、それは横に置いておくとしてぇ。

 呪術によって依存性の増加や自我を削っての魔力増幅ってとこかなぁ」

「魔法は何に使ってるの?」

「自我の補強。

 細かいことは魔法陣や術式を見ないとわからないけれど……いや、これもしかして失敗作?

 だとしたらぁ……」


 ミーリンがぶつぶつと呟きながら何かを考察している。

 ルナはまだだんまりとしているミレイズの脇腹を小突いた。


「な、なんだ?」

「こっちのセリフ。

 自分の世界に入られちゃったんだけど」

「あ、あぁ……あの方はああなると長い」

「なら、もう用は無いし出てくけどいいわよね」

「そう、だな。

 戻ってもここであったことは他言するなよ」

「わかっているわよ。

 ウンズさん、失礼します」

「えぇ、お疲れ様です。

 今日は大きな市をやっているそうなのでもしよろしければそちらに顔を出してみればいかがでしょう」

「実はミナイとそちらに向かう約束をしていたんです」

「おや、無粋でしたか。

 お気をつけて」

「ありがとうございます」


 ルナはウンズに一礼した後、部屋を退室した。


 ☆


「しかして、材料が人とは。

 これはまた面妖な」

「正直、信じ難いですが」


 ミレイズがブツブツと呟くミーリンを見る。

 長年の時を生きる彼女が嘘をつく理由がない。

 誰よりも知識を蓄えているこの人が言うのならば間違いないのだろう。

 ならばあまりにも外道が過ぎる。

 回収された薬物もかなりの量が存在する。

 一体どれだけの被害者が出ているというのだろう。

 考えるだけでゾッとする思いだ。


「すいませんウンズさん。

 俺も団長に報告しに行くので」

「あぁはい。大丈夫ですよ」

「では失礼します」


 ミレイズも部屋を退室する。

 扉を閉じる時、ミーリンが面白いと言わんばかりの笑顔を浮かべながら思考を回している様子が見えた。

 これがわかって笑えて考えられるのは、やはり魔女と常人では価値観も違うのだろう。

 ウンズと彼女は付き合いが長いらしいが、できればあまり自身が彼女と積極的に付き合おうとは思えない。

 首を横に振り、考えを切り替える。

 考えることは薬物や黒教団のことだ。

 物資をこの都内に入れるのはそう簡単ではない。

 根回しをしているのは間違いないだろう。

 先にそちらを捕らえるべきだとは思うが、足を掴めない。

 ということはやはりインダー男爵のように貴族にいると考えた方がいい。


「何か騒ぎを起こしてくれれば……いや、不謹慎だな」


 焦っている。

 自分だけが焦っていても仕方がないのはわかっているのだが、中々捕まえられないのはもどかしい。

 ともかく、今は薬物についてアルテイシアに報告しなければならない。

 ミレイズは早足で団長室に向かった。

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