第7話 薬の効果

 巨人の腕が振り下ろされる。

 地面が砕かれて破片が飛び散り、周囲に散らばる。

 猪のような突進が建物を破壊し、獲物を追いかけていた。

 そんな獲物となった二人は剣を片手に入り組んだ道を走っている。


「どこから湧いてきたんだあいつ!!」

「多分最初に襲いかかってきた方じゃない?」

「理解の外だっ!」


 巨人の攻撃を躱しながらルナは飛んできた破片を片手で受け止め、そのまま身体を回してその顔に投げる。

 巨人は腕を上げてそれを防いだ。

 そこそこの速度で投げた物だったが、よほど頑丈な皮膚なのだろう。

 傷が付いた様子がまるで無かった。


「ダメか」

「当たり前だろ。

 お前が与える攻撃は虫以下にしかならん」

「腹立つわね。勝算は?」

「囮を任せる。2分だ」

「はっ?ちょっと!?」


 ミレイズはルナの返事を待たずに建物の上に跳躍する。

 呆気に取られて足を止めるが、すぐに走ることを再開する。

 だが向かう先は巨人のいる方。

 巨人は離れたミレイズは無視してルナへと意識を向ける。

 それに気づいたルナは笑みを浮かべた。


「モテる美少女は辛いわね」


 巨人の拳がまた振り下ろされる。

 大砲にも負けない威力を持っているがミレイズやミナイの攻撃に比べたら随分と遅い。

 ルナは余裕を持ってそれを躱して巨人の足元へと辿り着く。

 両手で剣を握り、そのままその脛を斬りつける。

 返ってくるのは硬い感触。

 まるで鉄の柱だ。

 ルナはその衝撃を無理に受け止めることはせずに剣を握る手を緩め、身体を捻ることで受け流す。

 更にそこから踵を叩くが、やはり傷をつけられない。

 ルナは舌打ちを鳴らす。

 巨人は苛立ちの声を上げながら地団駄を鳴らす。

 後ろに飛び退き、次はどうしたものかと思考する。


「やっぱ魔力強化しないとダメか」


 そう呟いて少しだけ意識を集中させる。

 やり方はミナイから教わった。

 魔力の流れを触れ合うことで感じさせてもらった。

 それを思い出す。

 しかし身体に変化は起きない。


「無理」


 集中を解くと巨人は大木の様な足を横に払ってきていた。

 身体を仰け反って紙一重の距離でそれを避けた。

 ルナは丁度いいなと思いついて剣を逆手に握り直して肩まで持っていき、身体を起こす勢いのままその剣を投擲する。

 狙うは巨人の眼球。

 剣は狙い通りに巨人の左目へと刺さった。


「おっ」


 狙ったのはいいが防がれると思ったので思わず声が漏れた。

 だが巨人は片手で顔を抑え、そのままジタバタと暴れ始める。

 周りへの被害が更に広がってしまった。


「これは良くないわね」

「何をしているスカタン!!」


 上からの声がして見上げると、そこには剣を構えるミレイズの姿があった。

 彼の周囲から淡い光が放たれており、周囲が少し歪んで見える。

 そして一息入れて踏み出すと屋根の一部が弾け、巨人へ肉薄した。

 巨人の首へと剣が振るわれ、甲高い音と共にその首は断ち切れられる。

 ミレイズが着地し、少し遅れて巨人の首が落ちた。

 それに続くように身体も地面に倒れ込む。


「お見事」

「おとなしく囮に専念していればいいものを」

「何もせずにやられっぱなしは癪だったし」

「全く……。

 とりあえず調べるのに人を呼ばなければな」


 ミレイズが巨人を見ると、その身が灰になって散っていた。

 やがて頭も身体も全て灰になって消滅した。

 ミレイズは口を開けたまま塞がらなかった。


「一応聞くけど、何か知ってる?」

「俺が知るかっ!」


 ☆


 あれから騎士団総出、と言うわけではないがそこそこの人数が調査に駆り出された。

 巨人の灰の回収や地下の調査。他に同じ建物がないかの捜索。

 それと被害があった住民の治療や食事の手配。

 最後のは騎士団の仕事ではなく、アルテイシアの個人的な活動だ。


「お優しいのねウチの団長様は」

「元より団長はこのような地を良く思っていない」

「それって普通嫌ってる人の言い方なんだけど。

 博愛主義にもできることに限度があるわよ」

「だが、そんなお方だからお前も生きている」

「生かせと頼んだ覚えは無いんだけれど」

「口が減らんな貴様っ」

「腕で負けてるから口では負けたくないの」


 そんな話よりルナは先ほどのミレイズの一撃を思い返していた。

 あれが魔力を込めた攻撃。

 自分が試しても上手く行かないのは一体なぜなのか皆目見当がつかない。

 何がいけないのか……。


「おーい!お手柄だったなぁー!」

「二人ともお疲れ様ぁ〜」


 声がした方に振り返るとツヴァイとミナイが手を振って歩いてきていた。


「これはまた派手に暴れたなぁ」

「暴れたのは相手だ」

「ルナちゃんだいぶ血で汚れちゃったねぇ」

「新品がもう台無しよ。

 あっ、台無しと言えば借りた服も逃げる時にどこかに無くしちゃって」


 最初に突入するときに入り口に服が入った紙袋を置いたのだが、巨人が暴れたせいで紛失してしまった。

 もし残っていたとしても浮浪者に盗られているだろう。


「あぁ気にしないで良いよ。

 私が入隊初期に着てたお古だし、持ってても着れないから」

「……それは筋肉的な意味で?胸的な意味で?」

「りょうほーう」


 受け入れたくない事実に泣きそうになる。


「それで状況はどーなってんの」

「地下にあったのは例の薬だ。

 ついでにそれの詳細を書かれた書類が見つかった」

「大金星じゃねぇか」

「だがそれだけで黒教団に直接繋がるものはなかったさ。

 仲介役の荷物置きだな」

「薬の効果は中毒性以外に何があったんだ」


 ミレイズが顎に手を当てて少し考える。


「なんか言いにくいのか?」

「いや、そういうわけじゃない。

 内容がな……」

「どういうことなの?」

「……魔力の増幅効果があるらしい。

 それも継続していけば継続するほどに」


 それを聞いてツヴァイとミナイは怪訝そうな表情になった。

 ルナは首を傾げる。


「なんか変なことなの?

 要するにドーピングでしょ?

 別に不思議なことじゃ無いと思うんだけれど」

「なんだ嬢ちゃん知らないのか」

「残念だけど素人以下の知識しかないわ」

「えっとね、話すとちょっと長くなるんだけど」

「嫌よ、短くして」

「貴様は少し聞く耳を持てっ!

 いいか?」


 ミレイズは説明を始める。

 生き物の魔力というのは空気中の魔素を体内で変換して生成する。

 保有魔力の容量には個人差があり、またその成長にも個人差がある。

 容量を増やすには年齢を重ねる以外に、筋肉を使うように魔力を使わなければならない。

 確かにルナの言うとおりドーピングによる増幅させるものは確かにある。

 問題はそれに使われる素材だった。


「モンスターの魔石だ」

「魔石?」

「通常、人間が取りこめば拒絶反応が出て死にいたる。

 仮にうまくいっても結局のところ死ぬまでの時間が伸びるだけで結末は変わらない」

「一足飛びしようとした阿呆がやるやつな。

 でもよ、前もって調べていた薬の成分にはモンスターの魔石は含まれてるなんていってなかったろ?」

「あぁ、だから疑問に思ってな。

 モンスターの魔石を使わずにどうしてそんなものが出来上がるのか。

 さらには継続するだけ効果が増幅するのもな」


 ふーんとルナは聞き流し、ふと気が付く。


「あの巨人。

 薬を使い続けたからあぁなったとか、あるんじゃないの?」

「っ!

 いや、それは」


 ミレイズはルナの言葉を否定しなかった。

 言われて確かにその可能性はあると思ったのだろう。

 しかし巨人を見ていないツヴァイとミナイは「いやぁ~」と苦笑いを浮かべる。


「それは無いでしょ。

 薬でこんな被害を出す化け物になるなんて」

「そうだぜ嬢ちゃん。

 確かに魔石ドーピングでを取り込んで人外に迫る強さにはなったり爪や牙とか生えたりはするが、身体の原型はそのままだし」

「んー、そっか」


 自分より詳しい彼らがそういうならそうなのだろう。

 ルナは自分の推測を否定されても不快に感じることは無かった。

 ミレイズはまだ何か考えているようだがそれは放置する。


「仕事の手伝いに行くわ」

「私もー」

「オレも行くか」

「なっ、待てっ!」


 ルナ達はせっせと働く団員に合流し、仕事の手伝いを始める。

 血で張り付く服をそのままにしていたので心配されたり、驚かれたりしたが無視してさっさと終わらせることに専念した。

 清き乙女はその身を綺麗にしたくて堪らなかったのだ。

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