第6話 見回り

 あれから早いもので二週間がたった。

 装備を付けた動きにも慣れ、今では自在に身体を動かせていた。

 筋力も前よりはついた気がする。

 食事を取り、今日も訓練だと思った矢先にミレイズに今日の予定を伝えられた。


「見回り?」

「あぁそうだ。

 不満か?」

「そんなことはないけど……他の騎士団の役割かと思ってたから」

「否定はしないが、ウチもやるさ。

 とはいえ、歩くのは人目が届きにくい場所だけどな」

「例の取引場所ってやつ?」

「そうだ。

 あぁ、今回は騎士である事を隠しながら行うから私服を持ってこい。

 中には鎖帷子を着ておけ」


 ルナはそれを聞いて少し考える。


「どうした?」

「私、足手纏いじゃない?

 地理も詳しいわけじゃないし、実力だってなんとも言えないわよ」


 今日に至る訓練でルナはミレイズやミナイと何度かの木剣での模擬戦を行ってたが、二人に一度も勝てた事が無く、それどころか攻撃をまともに当てられていなかった。

 舐めていたつもりは無いが、自分との力量にこんなに差があることに多少のショックを受けている。


「実力の方は問題ないだろ。

 あんまり言いたくはないが、俺もミナイも手を抜かずに相手してるからあの結果になってるだけだからな?

 なんで普通に魔力強化の動きを目で追えんだよ、こえぇよお前」

「目で追えても身体が追いつかなければ意味ないじゃない。

 魔力強化のやり方もまだよくわからないし」


 魔力の扱い方についてもある程度は教わっていたが、ルナはいまだに上手く掴めないでいる。

 ミナイ曰く、「魔力の扱い方には個人差があるよ」ということらしい。

 今まで意識しなかった力ということもあるのだろう。

 出来れば早くものにしたい。


「まぁ、さっきも言ったがアレだけ動けるなら実力の程は大丈夫だ。

 何かあれば俺もサポートする、というよりはお前が俺をサポートする側だな」

「先輩、頼りなさそうだけど大丈夫?」

「どういう意味だ貴様ぁ!!」


 こいつを揶揄うのは楽しいな。

 そんな不遜な思いを抱きながら、ルナはある事に気がついた。


「先輩」

「なんだ。

 まだなんかあるのか」

「私、支給された制服しかない」

「……何?」

「だから」


 ルナは今着ている服の襟を見せつけるように引っ張った。


「私服持ってない。

 なんなら下着も使い回してるわよ」


 ミレイズはコロコロと顔を変え、額に手を当てて深いため息をついた。


 ☆


 結局、ルナは私服を買いに店に入っていた。

 道中はミナイの服を借り受けていたのだが、サイズが合わずに動きにくかったのだ。

 別に胸の辺りが緩かったのが気になったからではない。

 決してそんな理由で着替えることを決意したわけではない。

 店内で服を選び、自分に合った物を着用する。

 今回は動きやすさ重視の服を選んだ。


「それでなんでスカート履いてんだ」

「古今東西、女ってだけで舐める輩はいるのよ。

 冒険者の中にはゴブリンやオーク、賊を相手するのに敢えてスカートを着用する人もいるらしいわ。

 油断させたり、手を抜かさせる為にね」

「動いたら丸見えだろ。

 羞恥心はないのか?」

「下にも別の履いてるに決まってるでしょ。

 先輩はむっつりね」

「怒るぞ貴様」

「服の代金ありがとうね、後で返すわ。

 はいこれ領収書。

 言われた通り騎士団名義にしたけど、私か先輩の名前じゃなくてよかったの?」

「まぁ、一応な。

 任務に必要な物だから経費で落ちないかダメ元で掛け合う。

 経費が落ちなかったら返してくれ」


 ミレイズは領収書を受け取り、綺麗に畳んでポケットに入れた。


「今更だけどここは活気があるわね」

「まぁ、首都だからな」


 首都『ドラグニア』

 国と同じ名前を持つこの都はこの国で最大の大きさを誇る。

 城を中心に円状に広がっており、そんな広い都の交通を良くする為に馬車が通る通路や橋などが存在する。

 人に溢れており、多くが笑顔を浮かべている。


「俺らが向かうのは裏の方だ」

「ん、わかった」


 とはいえ、治安の良くない部分も存在する。

 ルナ達が向かうのはそこだ。

 中心から離れ、外周区。

 所謂スラム街と呼ばれる所。

 一目見るだけでもあまりいい印象は抱かない。

 ボロボロの建物、嗅いだだけで顔を顰めてしまう程の臭い、身なりが悪い浮浪者。

 確かに隠れて取引をするにはもってこいだ。

 ルナは一つの疑問をミレイズに問う。


「ここの調査って誰もしてないの?

 あれからそれなりに立つでしょうに」

「人を変えてまた調べるんだ。

 その日に調べた奴が気づいてなくて、別の奴が気づくという話はよくある」

「でも一度顔出してるなら、手掛かりは隠蔽されてるんじゃないの?

 相手もそこまで間抜けじゃないでしょ」

「否定はしない。

 まぁ、実のところある程度本命のあたりはつけてるんだ」

「……じゃあなんで私達ここに来てるのよ」

「お前の実地研修」

「あー、なるほど」


 そう言われたら納得するしかなかった。

 スラム街を歩きながら周りを目だけで見渡す。

 こんな場所でも人の生活を感じる事ができ、ちらほらと送られてくる視線に居心地の悪さを感じる。

 それを誤魔化す為にルナはミレイズに言葉をかけた。


「今追いかけてるのって具体的にどんな奴らなの?」

「むっ?知らないのか?」

「生憎と」

「そうか、訓練ばかりで説明していなかったな。

 すまん」

「まぁ、私も周りに聞かなかったから、別に謝られる事じゃないわ」


 それからミレイズは詳細を語る。

 黒教団と呼ばれる犯罪集団は厄神の存在を謳い、王国のあちこちで不当な勧誘活動を行っている。

 それだけなら極めて迷惑な集団ですむ話なのだが、他にも貴族に対する脅迫や盗みも行い、残念なことに被害は小さくはない。

 狙われるのは大体首都から離れた領地だが、最近ではこの首都でも活動を確認されている。

 中には腕の立つ剣士や魔導士もいるとのことだ。

 彼らの詳細な目的はいまだに不明だが、この王国を脅かす存在には違いない。


「わざわざ首都で何してるの?」

「現在行われているのは違法薬物の取引だ。

 それを種に収入源の確保や信者の獲得を行っているらしい」

「らしい?」

「続けて使用しないと意識が混濁し始めるらしくてな。

 そのせいでまともな事情聴取ができん」

「取引相手に貴族も含まれてるの?」

「恐らくな。

 インダー男爵は取引の手引きをする側でそのおこぼれを幾分か懐に収めていたようだ」


 取引場所の調査だけではなく、貴族間の繋がりも調べているとミレイズは付け加えた。

 斬り殺して正解だったなとルナは思うが、同時にそのせいで余計手間を掛けさせてしまっていることに申し訳なさを感じなくもなかった。

 しかし、自分が行ったことで発覚したことだからそれで相殺で勘定してくれるだろう。


「んっ」

「どうした?」


 ルナはスラム街とはまた別の臭いを嗅ぎ取って足を止める。

 ミレイズもルナの異変に気が付いて立ち止まった。

 ルナは臭いのする方向を向いて指を指す。


「あっちから変な臭いがする」

「お前は犬か何か?

 いや……狂犬だったな」

「ぶん殴っていい?」

「それでどんな臭いだ」


 ルナはスンスンと嗅ぐ。


「少し甘い臭い?」

「それは……」

「当たり?」

「薬物や使用者の口内から甘い臭いがするとの報告が上がっている。

 もしかすると、と言う可能性もあるな。

 俺の後ろでわかる限り案内してくれ」

「了解」


 ルナはミレイズの後ろから案内して臭いの元へ向かう。

 進むたびに道が入り組み、ゴミや倒れている人がんがいるのが目立つ。

 呻き声が耳に入るが、ルナができることは無い。

 それよりも目先の目的の方を優先させるべき案件だ。

 やがて一軒の建物に到着する。

 見るからに廃墟だが、補強されている様子を見ると誰かが住んでいる形跡があるようで、ルナとミレイズは互いに顔を見合わせた。

 ミレイズが軽く扉にノックを行う。

 返事は無い。

 もう一度ノックをするが、やはり返事が無かった。


「人の気配は、無いな」


 ミレイズは扉に身体を当てて中を探る。

 ルナの感覚でも中に人がいる様子を感じられなかった。

 二人は剣を抜いた。

 ミレイズがゆっくりと扉を開く。

 中は暗く、埃だらけで不衛生極まりない。

 しかしどことなく生活感を感じられていた。


「ルナ、臭いは」

「下から」

「……地下室か?」


 パッと見、下に繋がる部分は見えない。

 汚れた部屋が逆にカモフラージュになっているのだろう。

 ミレイズは靴の底で床を叩き、どこか繋がっているとこを探す。

 ルナも同じようにしようとした時、反射的に後ろに剣を振るった。

 金属がぶつかる音が鳴る。

 視界に映るのは黒ずくめの男性。

 顔は布で隠されて見えないが、その視線には殺気が乗っている。

 


「っ!?」


 不意打ちに対応されたことに驚いたのか、動きが鈍っている。

 ルナは一歩踏み出してその襟首を掴み、投げる様に地面に叩きつけた。

 男は背中から落ちて肺の空気が吐き出されるが、男はすぐに反撃を繰り出そうとして腕を伸ばす。

 そこにミレイズの剣が突き刺さった。

 悲鳴が漏れて足掻こうとするがミレイズの蹴りが頭に当たり、意識を刈り取った。


「上!!」


 だがそれだけじゃない。

 殺気はもう一つあった。

 ルナの声にミレイズは刺した剣をそのまま振り上げる。

 腕が裂け、血が飛び散り、再び金属音が響く。

 ルナは跳躍してもう一人の腕を斬り落とした。


「ぐっ!?」


 返しに柄尻で顎を打ち、意識を混濁させて床に落とす。

 斬られた腕の根元を抱えてくぐもった声を上げる男の首筋に刃を当てる。


「死にたくなければ従え。

 そうでなければ死ね」

「こっわ……」


 ルナの言葉に味方であるはずのミレイズが震える。

 だからと言って止めるようなことはしなかった。

 襲い掛かってきた男たちは間違いなく自分たちが追っている黒教団の一員だろう。

 尋問は必要なことだった。

 最も傷の深さは二人共尋常じゃないが……。


「……っ!……っ!?」

「あぁん?黙ってるつもりなの?

 じゃあもう首跳ねるわ」

「まてまてまて!殺すな!

 重要な参考人だぞ!」

「喋らなきゃ死体と変わらないわよ」


 ルナの言葉に男が首をブンブンと横に振る。

 それを見たミレイズが察し、ルナを手を掴んだ。


「こいつらは多分魔法か呪いで情報を喋られないようにしているんだ。

 それを何とかしない限り聞き出すことはできない」

「それって連れて帰ってなんとかできるのものなの?」

「聖教会に頼めば恐らくな」

「そう」


 そうであれば殺せないな。

 ルナは剣を引いて、近場に転がってる布を拾った。


「じゃあ止血するから連行されてくれるわよね?

 でなければ」


 剣をチラつかせると男は首を急いで縦に振る。

 新品の服に血がかかったことに不満を漏らしたいところだが、さっさとその大元の血を止めないと男が死ぬ。

 見張りをミレイズに任せ、男の腕の根元を布で縛ろうとしゃがんだ。

 その時、ルナの本能が反応する。

 周りを見ているミレイズの襟を掴んで直ぐに建物を飛び出した。

 ミレイズは、まさかのルナの行動に反応できずに身体を持ってかれる。

 剣は握ったままで入れたのは奇跡的だったろう。

 そのまま手を離されて、勢いのままに地面に転がる。


「いっ!何すんだ貴様ぁ!!」

「ごめん、でもそれは後」

「あぁ!?」


 ミレイズが怒りの声を上げると同時に建物が崩壊する。

 そこから現れるのは巨人だった。

 子供の粘土細工で遊んだらあのような形になるのではないのかと思ってしまうほどに歪な形な姿をしており、モンスターの方がまだマシに見えるだろう。

 そんな巨人の膨れ上がった右腕にはルナが腕を斬り落とした男を握っている。

 男はじたばたと暴れているが、その大きな手には無力もいいところだ。

 やがて巨人は男を口元に運んで、喰らった。

 悲鳴と本能的に受け入れたくない嫌な音が鳴る。

 ゴクンと飲み込むと大きな咆哮を上げ、ルナ達を見下ろした。


「アレ、何?」

「……俺が知りたいよ」


 二人は巨人と対峙する。

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