第5話 狂犬女
早朝。
食堂には団員が集まる中、その席の隅に見慣れない赤毛の少女が座っていた。
見る限り十代前半、もしくは後半に入ったばかりといったようで、黙々と食事を食べ進めている。
その隣にはこの団のムードメーカーであるミナイがニコニコと笑いながら話しかけていた。
この団の女性の人数は少ない。
というかそもそも騎士団に所属する女性が少ない。
中には男性だけという騎士団もいる。
その中でミナイやアルテイシア達は素晴らしき花だ。
そこに新たな花が咲いていることに団員が互いに顔を見合わせて頭に疑問符を浮かばせていた。
「諸君、おはよう」
食堂にアルテイシアが入ってきた。
その場の団員は揃って立ち上がり敬礼をする。
自宅にて朝食を取る人だ。
この時間にこの場に来るのは極めて稀である。
「あぁ、楽にしてくれ。
ちょっとした伝達事項を伝えに来ただけだ」
「ハッ!なんでありましょう」
「今日は訓練場にいて朝礼を行う。
駐屯地にいる団員全員に声をかけてくれ。
時刻は、まぁあと2時間後ぐらいで構わないよ」
「ハッ!了解であります」
「一応、私からも他に声をかけておくけど。
できるだけ遅れないように」
アルテイシアはそれと伝えると食堂を後にする。
そして団員達は各々の食事を手早く済まし始める。
この騎士団の特性上全体朝礼は珍しい。
だが、それがあるという時はなにか大切なことがあるということには違いない。
現在も黙々と食べている少女の事は忘れ、団員達は他の団員に伝えるために駆け出して行った。
☆
「これから諸君に新たな仲間を紹介する!
ルナ・スターズだ!」
装備を着用したアルテイシアが整列する団員の前に立ち、大声を出す。
そしてその隣に立つのは食堂で満腹になったルナだった。
アルテイシアの目配せを受け、一歩前に踏み出した。
多くの視線を受けるが特に臆したりはしない。
しないのだが。
「あー、えっと……ルナです。
ちょっと身内の仇を討ってからここに来ました。
ほどほどによろしくお願いします」
何を喋っていいのかわからなかった。
ルナの発言に大きな動きはなかったが、何人かは眉や視線を動かした。
何か間違ったかな?と思い、隣を見る。
何故か笑いを堪えているアルテイシアの姿があった。
面白いことを言ったつもりが無いので首を傾げる。
「んふっ、これからルナは我が騎士団の一員だ!
実力の期待性は大きく、素晴らしい決断力を持っている。
皆と共に道を歩む仲間として仲良くしてくれ!」
『ハッ!』
団員が揃って敬礼をする。
統率が取れているのが目に見えて、ルナは素直に関心した。
「ハッツ副団長。
後は頼む」
「ハッ!了解しました!」
アルテイシアは退き、代わりにハッツと呼ばれた男が前に出た。
「最近王国を騒がしている集団、黒教団だが、物資の取引現場をいくつか絞り込んだ。
今から名前を読み上げる者たちをいくつかの班に分けて調査を開始する」
それからのことはルナにとって関係ないと思い、言葉を聞き流していた。
早朝に起きることには慣れているが、流石に長旅や初めての宿舎だったせいかよく眠れていない。
ついでにしっかりと食べたので眠気がすごかった。
このまま眠りこけるということはしないが、意識は空に丸投げしていた。
微かに残る意識は耳に向けている。
やがてハッツが「以上!解散!」と告げると団員達は敬礼した後にそれぞれ動き始める。
話が終わったのだろうと思い、意識を戻す。
「ルナ。
俺たちは訓練だ」
「了解、先輩」
「一応、先輩とは呼ぶんだな」
「体裁は整えないと」
「なら敬語も使えや」
「あっはっはー」
棒読みの笑いで流す。
明らかに不満の顔を浮かべるが頭を振り、顔を引き締めた。
「ついてこい」と告げてミレイズが訓練所の端の方へ行く。
「中心でやらないの?」
「あそこは手合わせするときに使うからな」
「そうなのね。
今日は何するの?」
「お前の剣を見て、必要なら矯正する。
使えそうならそのまま基礎トレーニングだ」
「こういうのって型とかあるんじゃ?」
「普通はな。
だがこの騎士団は事情が異なって、それぞれの別の流派を持っている人も珍しくない。
もちろん、王国剣術の型を基本としている者もいるがな」
俺とか、と付け加えて振り返る。
「とりあえず剣を振ってみろ」
「りょーかい」
ルナは剣を抜いて、構えた。
やはり、いつも握っていた木剣より重い。
握る力を強くして足を広げる。
型稽古は幼いころからやってきていた。
頭の中で振りを思い描きながらそれをなぞる。
とはいえ慣れない装備で少し動きが固く感じる
そのことに少しの苛立ちを感じながらも最後までやり遂げて剣を下ろした。
「どう?」
「そう、だな」
ミレイズが何か言い淀む。
「なに?言いたいことがあるならはっきり言って」
「その前に質問するが、お前の叔父上は元冒険者だったんだよな」
「そうだけど、それが?」
「お前の型だが、王国剣術によく似ている」
「似ている?」
「あぁ、構えからの振り方とか重心とか細かいところに差異はあるがな」
そう言われてルナは考える。
はて、叔父が王国剣術を学んだという話は聞いたことが無い。
ただ差異があるというのには少し心当たりがあった。
「叔父さんは私の稽古の時に成長につれて私に合うように指導してくれたわ」
「お前の身体に合う形にしたということか?」
「そうなるのかしらね」
「……君の叔父上は一体」
「元冒険者と言うことしか知らないわよ。
王国剣術を目の当たりにする機会があってそれの技術を盗んだんじゃない?」
「み、身も蓋もない言い方するな……」
勿論、それ以外にも理由はあるだろう。
とはいえ既に聞くことはできない。
素性を調べればもしかすれば何かわかるかもしれないが。
「で、なにか問題はあったかしら?」
「そうだな、少し動きが固く感じられたが……それは身に着けてるものに慣れていないからだろう」
「私もそう思う」
「ならやることはそれを装備しながらの基礎トレーニングだ。
身体に馴染ませろ」
「了解」
「へぇー、おもしれ―ことやってんじゃん」
ルナが剣をしまおうとした時、後ろから声をかけられる。
振り返るとツンツンとした髪で、いかにもチャラそうな雰囲気を感じさせる男がいた。
肩に担いでいるのは柄の長く先に鋭い刃がついた槍。
ガチャガチャと音を鳴らす鎧は見た目のわりに動きやすそうである。
「初めましてお嬢さん。
オレはツヴァイ・アークスマン。
見ての通りこの騎士団の槍兵だ」
「そう、よろしく」
「なかなか生意気なやつじゃねぇの。
今夜どうだい?」
ツヴァイはグイッと顔を近づける。
ルナは無表情のままツヴァイから目を逸らさずにその瞳を見つめ返していた。
だがその間に手が割り込まれる。
「あまり新人をからかわないでくれアークスマン」
「なんだよミレイズ、もしかしてもうお手つきか?」
「冗談でもやめてくれ。
絶対嫌だ。本当に。
神に誓うこともやぶさかではないくらいに」
「あっ、うん。
すまん」
「そこまで言われたら流石の私も傷つくんだけど」
「どうせ数時間後には治ってる程度だろう」
「そうかな?そうかも」
「仲良しさんで何より。
しかしお嬢ちゃんには悪いが、なんだってこんな時に新人を迎え入れたんだろうな」
ツヴァイの言葉にルナは首を傾げた。
それを見たツヴァイは「あぁ」と話し始める。
「朝礼で言ってた取引現場の手掛かりなんだが、どうやら何処かの貴族が情報源らしい。
ただその貴族も平民に殺されたってんで本人に尋問も出来ないし、見つけた情報を頼りに足を使うことになったわけ。
ウチはそういうの専門だからこれからだいぶ忙しくなるのよ」
「そう、申し訳ないわね」
「あぁいや、お嬢ちゃんが悪いわけじゃないさ。
団長がいきなり人を引き入れるのはいつものことだし……」
「そっちじゃなくて」
「おん?」
「その貴族を殺したのは私だし」
甲高い音が二度響く。
そしてツヴァイの首筋にルナの剣先が当てられていた。
少し遅れてミレイズは動く。
「な、何してるんだ貴様っ!」
「何って言われても。
先に槍を振るったのはその人なんだけど」
ルナの言葉を聞いてミレイズはツヴァイを見る。
ツヴァイはミレイズに顔を見られて、諦めたように笑い、手を上げて降参のポーズを取る。
「いや悪かった。
ちょっと過敏に反応してしまっただけだよ」
「アークスマン!」
「そこまで怒鳴るならなくていいわよ先輩。
殺気はあったけど別に殺そうって感じじゃなかったし」
「お、お前が擁護するのか……」
ルナは剣をしまいながら、自分が手が震えていることに気がつく。
剣を撃ち合った影響だろう。
これでよく剣を落とさなかったなと自賛してしまう程度には震えている。
片手でこの剣を振るうものではないなと改めて認識した。
「それでお嬢ちゃん、なんだってお貴族様を?」
「朝言ったと思うけど」
「……アレマジなの?」
「アレを場を和ませるジョークだとしたら趣味悪いでしょ」
「そりゃあ、そうだが……。
敵討ちとはいえ、貴族を殺めた事になんか感じたりしねぇの?」
「むしろスッキリしたけど。
何?犯罪者を斬り捨てることに罪悪感を感じるタイプなの?
意外とおセンチなのね」
「……ちょっとミレイズ借りていい?」
「構わないけれど。
先輩、待ってる間何してればいい?」
「あ、あぁ……とりあえず訓練所の周りを走っててくれ」
「わかったわ」
☆
ルナはから離れ、ツヴァイは一息ついた後にミレイズに困惑した顔を向ける。
「あいつ頭おかしいぞ」
「知っている」
ツヴァイは見た目や言動に少し問題があるものの、思考はキッチリとした常識人だ。
民のために汗水を流し、悪を許さない正義感も持ち合わせている。
故にミレイズもこの男は嫌いではない。
直ぐに女性に鼻を伸ばす所を直せば今頃妻帯者になれているだろうにと日頃から思っている。
「だがお前もお前だ。
なんで槍を向けているんだ。
気を抜いていた俺が見えなかったということは割と本気だったろう」
「ちゃんと手を抜いてたって。
法螺を吹く新人を脅して気を引き締めさせようと思ったんだよ。
まぁ、当てるつもりは無かったとはいえ防がれたのにはビビったし、あの反応見たら法螺を吹いた訳じゃないことも理解した。
理解したが……普通に危険人物じゃん」
「それは同意する」
「団長何考えてんの?」
「それは俺が知りたいよ……」
ミレイズは深いため息をついた。
それを見てツヴァイはヘッと笑う。
「ちゃんとあの狂犬のリードを握っておけよ」
「変わってくれないか?」
「絶対イヤだね。
じゃあ俺はこれから仕事に行くから」
「あぁ、気をつけろよ」
ツヴァイは手を振って与えられた任務をこなす為に歩く。
そのさながらにルナに槍を防がれたことを思い返していた。
当てる気がなかったし、脅すつもりで手を抜いたのは嘘ではない。
もし、ちゃんと戦う事があれば自分が圧勝できるだろう。
しかし、アレに反応できて槍を弾く力もある。
あの年齢ならばまだ伸び代もあるに違いない。
ちゃんと育てればこの騎士団にとって大きな力になるのは間違いない。
「でもちょっとなぁ」
ルナには躊躇いというものが無い。
いや、おそらく全く無いわけではない筈だが、人より迷わない。
ちゃんと考えるのか怪しいとさえ感じる。
アルテイシアが言った通り、決断力を持っていると言えば聞こえはいいが……。
「ちゃんと躾してくれよなぁ
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