第3話 執行猶予
ルナは馬車の中で揺れていた。
その手首には手枷が付いている。
服には渇いた血が付着しており、黒ずんだ染みが目立っていた。
周りには立派な鎧と剣を携えた騎士が馬に乗っている。
逃げ出そうにもこの現状じゃ厳しいだろう。
騎士一人ぐらいなら馬から蹴落として馬を強奪できなくも無いが、騎乗の経験が無い。
大きくため息をつく。
復讐はキッチリした。後悔も罪悪感を全くない。
叔父の冒険話でよく聞かされていた「やられたらきっちりやり返せ」を実行しただけ。
ちゃんと首を跳ねて部屋の机に置いた。
我ながらよく綺麗に首が斬れたなと少し思う。
さて、これから逃げられずに不当な罪で裁かれてしまうのだろう。
死刑か、それとも無期懲役の労働生活か、奴隷落ちか。
どうせなら死刑がいいなと思いながら上を見上げる。
死ねばきっと黄泉の地で両親と叔父とまた出会うことができるだろう。
復讐のためとはいえ人を殺めたから笑顔で迎えてくれるかは少し怪しいが、まぁちゃんと説明すれば大丈夫なはずだ。
「うん、そうしよう」
馬車の揺れが少しきつくなってきた。
眠気も来ているし、少し寝て誤魔化すことにしようと考えて瞼を閉じる。
起きたら身体が痛いだろうが、長時間苦痛を味わうよりきっとマシだろう。
ルナはすぐに眠りに落ちた。
夢の中では写真で見た両親と叔父と出会った。
直ぐに夢だと分かったが、ルナは胸を張って腕を突き出しやってやったぜと言わんばかりにピースサインをする。
両親と叔父はなぜか焦っている様子で全力で首を横に振っていたがやがてその姿は薄れていった。
その別れに名残惜しさを感じるが、またすぐに会えるかと思い、その意識を浮上させていった。
「おい!起きろっ!」
目が覚めると同時に騎士に揺らされていた。
「なによ、うるさいわね」
「こいつっ」
「なに?」
「ッ……!!
降りろ!目的地に到着した!」
「あっそう。
……別に逃げようと思ってないから睨まないでよ」
「斬り捨てるぞ貴様ぁ!!」
「いいわよ別に。
もしそれで死ぬならそれが私の人生だったってことだし」
別にもう生に執着する理由が無いルナは騎士に向けて身を晒す。
騎士は柄に手を当てるが、少し間をおいて手を放した。
代わりに手枷から伸びている鎖を手に取った。
「……ついてこい」
「はいはい」
騎士が馬車を降りて、ルナは続いた。
周りを見ると立派な建物があちこちに建設されていた。
何日も分けての移動だから長距離移動だったことは間違いない。
恐らくどこかの都会だ。
騎士に連れられて歩けば大きな建物に入る。
床には絨毯が引かれており、踏むたびに感じる柔らかい感触はどうにも気持ち悪さを感じる。
土とはまた違った感じだ。
やがて一つの扉の前で立ち止まる。
騎士がノックをする。
「入れ」
「失礼します!!」
騎士が扉を上げて、中に入る。
手枷の鎖を引かれてルナも部屋に入った。
中は執務室のようだった。
仇の館に入った時に似たような部屋を見た覚えがある。
その中には綺麗な金髪の女性が座っていた。
その女性は笑みを浮かべており、こちらを見ている。
騎士が扉を閉じて、部屋の中心に立った。
「ただいまお連れしましたっ!」
「ありがとうミレイズ」
女性は立ち上がって近づいてくる。
値踏みする視線にルナは苛立ちを覚えた。
「なに?」
だからつい、言葉が出てしまう。
「貴様っ!団長になんて失礼な」
「悪いけど、私は何も言われずに連れてこられただけ。
あんたやこの人が誰だが知らないの。
知らない相手に敬意を払う余裕も無ければ、その気もないわ」
「このっ」
「いいよミレイズ。
あと手枷外してあげて」
「団長っ!」
「大丈夫だよ。
この子は別に逃げたりしないだろうし」
「しかし」
「ミレイズ」
女性が鋭い眼光で騎士を見る。
騎士は何か言いたそうに兜を動かすが、言葉を飲み込んでルナの手枷を外した。
ルナは手首を擦り、痛みを和らげようと揉む。
「で?」
「で?とは」
「いや、とぼけられても困るんだけど。
私、処罰されるんじゃないの?
どう見てもそういう場所じゃないでしょ?」
「ほう?頭は働くんだな意外と」
「怒っていい?」
「見切り発車で貴族を殺すやつは考えなしの阿呆だと思うが」
「悪即斬って知ってる?」
「君は短気だなぁ」
「即断即決は大事よ」
「早計という言葉を知っているか?」
「思ったが吉日というのあるらしいわ」
「物知りだね」
「叔父が教えてくれたの」
「大事に育てられたのだな」
「そうね、私の中じゃ世界一の男性よ」
「だから復讐を?」
「そう。いけない?」
ルナの瞳に迷いはない。
改めて考えても自分が悪事を働いたとは思わない。
自分がやるべきことをしっかりとやっただけだ。
「感想は」
「とてもスッキリしたわね。
まぁ叔父に会えなくなった寂しさもあるけど」
「君の感性は……その、純粋だな」
女性はとても言葉を選んだ。
隣に立つ騎士はかなり引いていた。
ルナはそれを理解しているが別にどうだってよかった。
いい加減この場から離れたい。
「殺すならさっさとしてほしいだけど」
「あぁ、最初はそんな話が合ったのだが無しになった」
「……はぁ?」
なんだそれはとルナは怪訝な顔になる。
「不服か?」
「いや、まぁ無いなら無いで別にいいのだけれど。
じゃあなんでここに連れてこられたの?」
「そうだな、色々と長くなるがいいか?」
「やだ、手短にして」
「そうか。
じゃあ手短に話すが、君は私の騎士団に入ることになった」
「そう、わかったわ」
「いや!?俺はわからないですが!?」
隣に立つ騎士が素っ頓狂な声で割り込んでくる。
「取り乱すなミレイズ。
いつでも平常心を保ちなさい」
「無理です団長!
どういうことですか!?」
「うるさいんだけど」
「貴様は黙ってろ!」
女性は仕方ないなぁという顔で「いいか?」と話し始める。
「確かに彼女は貴族であるインダー男爵を殺害した。
それ自体は明らかな罪だ。即刻首を跳ねられても仕方がない。
だがインダー男爵は例の犯罪集団の協力者だったわけだ。
割と流してる情報の量が多かったからな。仮に男爵が生きていたら逆賊で捕らえられていただろうな」
「それがどうしてウチに入ることになるんです」
「それがわかったのは、結果的な話だがこの子が起こした事件によってだ。
元々処刑で話は進んでいたんだが、酌量の余地があると進言させてもらってな。
とはいえ、調書や報告を聞いては野放しにするのもどうかと考えた」
「それはどういう意味よ。ぶん殴るわよ」
「ほらな?」
「……よくその話が通りましたね」
「そこはほら、コネだよ」
「コネですか」
「うん、コネ」
コネで何とかできる範囲ではないと思うが、騎士が言いくるめられているのを見てルナは特に口を挟まなかった。
「さて」と女性は改めてルナの目を真っ直ぐ見つめる。
「そんなわけで条件付きの執行猶予という形で私の騎士団に所属してもらう」
「猶予?ずっとじゃないのね」
「まぁ希望すればそのままいてくれて構わないよ。
期間としては5年ほどだ。
その間、ちゃんと仕事をしてくれれば君は自由の身になる。
あぁ、給与はしっかり支払われるよ」
「ずいぶんと待遇いいわね?
こういっちゃなんだけど不気味過ぎるわ」
「それは……内緒だよ」
「そう、わかったわ」
「わかるのか……」
その場で困惑しているのは隣に立つ騎士だけらしい。
「おっと、そういえば名乗っていなかったね」
「そういえば」
「では名乗ろう。
私は王国第五騎士団団長、アルテイシア・ドラグニアだ」
「ドラグニア?」
その名前を聞いてルナは首を傾げる。
確かこの国の名前は。
「あぁ、ドラグニア王国の第三王女だ。
とはいっても継承権は返上しているがね」
どうやらコネとはそういうことらしい。
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