第11話 新たな旅立ち
リオン・ローランが女神によって蘇らせられ、地上に遣わされた目的は一つ。
百人の子供を産み落とし、次代の勇者とするためである。
いずれやってくるであろう邪神復活に備えるため必要なことであり、与えられた期限は残り四百五十日ほどだった。
リオンは非公式ではあるものの、セントラル王国を魔女の呪いから救い、それによってセントラル王家とスノーウィンド公爵家から信頼を受けている。
彼らの協力によって、すでに少なくない人数の女性と子作りをしていた。
子供は天からの授かりものであるが、このままセントラル王国に留まっていれば、子供百人を作るという至難な命題を達成することができるだろう。
「あえてその優位性を捨てて、諸国を巡る理由があるということか?」
「もちろんです、マイマスター」
GS3が首肯する。
「百二十年間、邪神は大陸極北の地に現れ、北方諸国をことごとく滅亡させました。その後、世界各地に眷属を送り込み、いくつもの国々を危機に陥らせました」
「…………」
「前回は北の地に邪心が現れましたが……次も同じであるという保証はどこにもありません。北かもしれませんし、南かもしれない。東の島国や西の砂漠の果てという可能性もあります」
「それは……確かに」
「邪神が復活すれば、セントラル王国で生まれた勇者達が駆けつけるよりも先に、邪神の脅威にさらされた国々は滅びるでしょう。私に積まれたAIの計算では、セントラル王国に勇者の血族を集中させるよりも、世界各地に分散させた方が被害を78%減らせると出ています」
「なるほど……」
AIというのはよくわからないが、GS3の言い分はもっともである。
セントラル王国にたくさんの勇者の子供が生まれても、他の国々は無防備なまま。
邪神の脅威に耐え切れず、百年前の惨劇が繰り返されるだろう。
各地に勇者の血族をバラまいておけば、人類が邪神の虚位のために結束するまでに生まれる被害を確実に減らせるはず。
「つまり……お兄様はこの国を出ていってしまうということですか?」
サフィナが寂しそうに言う。
唇を不満そうにとがらせて、視線で抗議をしてくる。
「GS3の言うとおり、世界を救うためには仕方がないことだからね。何というか……申し訳ない」
やるだけやって、捨てていくような気分である。
リオンの胸に後ろめたさがムクムクと湧き上がってきた。
「サフィナ、リオンを困らせるんじゃない」
アルフィラが落ち着いた口調で妹を宥める。
「貴女にも説明したように、リオンには使命がある。一年という短い命で世界を救うために戦っているんだ。私達が足を引っ張るようなことをしてはいけない」
「アルフィラお姉様……」
「アルフィラの言う通りですよ、サフィナ。私達にできるのはリオン様の御子を産んで、強く逞しく育てることだけです。次代に勇者の血をつなげましょう」
「マリアお姉様まで……わかりました」
サフィナがしょんぼりとした様子で肩を落とし、リオンの服の袖をつまんでくる。
「私、我慢します。だけど……どうか死ぬ前にこの家に帰ってきてください。私、お兄様が戻ってくるのを待ってますから」
「……わかった」
「その時までにちゃんとお兄様の御子を産んでおきますから、抱いてあげてくださいねっ! あ、時期的にもう一人くらいは孕めますよね? それじゃあ、帰ってきたらまた子作りエッチをしてくださいっ!」
「わ……わかった?」
リオンは勢いに押し切られる形で、頷いてしまった。
とんでもない契約を交わしてしまったような気もするが……とりあえず、咳払いをして誤魔化しておく。
「それじゃあ、この国を出て異国に旅立つとして……最初に目指すのはどこが良いだろうか?」
「……私がお勧めするのは北方。ブレイブ・ギルド連合国です」
「……あの国か。紛争地帯じゃないか」
GS3の具申に、アルフィラが眉をひそめる。
リオンの知らない国である。
百年前の世界には存在しなかった。
「知らない国名だな。どんな国なんだ?」
「ブレイブ・ギルド連合国は邪神討伐後、邪神によって占領されていた土地に生まれた国だよ。一つの国というわけではなく、無数の国家の集合体だな」
リオンの疑問を受けて、アルフィラが棚から丸めた紙を持ってくる。
テーブルに広げると、それはこの大陸の地図のようだった。
「当事者に話すまでもないだろうが……かつて、邪神によって大陸北方の国々はことごとく滅ぼされた。王族も民も関係なしに、そこに住んでいたあらゆる人間が蹂躙された」
「…………」
「邪神討伐後、滅ぼされた国々があった土地に空白地帯が生まれた。いくつかの国が土地を奪い合い、亡国の生き残りが祖国を復興しようとして、大陸北方を巡って三十年にもわたる戦争が起こったんだ」
邪神という人類の天敵がいなくなったというのに、今度は人間同士で殺し合いが起こった。
それは誰の目から見ても、愚かであるとわかることだった。
「最終的に、大陸北方の地は十三の国に分けられることになった。それが『ブレイブ・ギルド連合国』。ブレイブというのは『勇者』という意味で、邪神を倒した君に対して敬意を払って付けられた名前だよ」
「そうなんだ……嬉しいやら、何やら複雑な気分だね」
「建国時にあった十三の国は統合と興亡を繰り返して、現在では七つまで減っている。それぞれが色にまつわる国名のため、『七色連合』とか『虹色連合』とか呼ぶ者もいるよ」
「さっき、紛争地帯と言っていたが……その連合の国は仲が良くないのか?」
「ああ、外部からの侵略があったら合同して立ち向かってくるが、基本的に内部での争いは絶えない。年がら年中、戦争しているよ」
「へえ……それは感心しないな」
感心しない。
もっと言えば、不快である。
自分と仲間達が命がけで平和を築いたというのに、それに胡坐をかいて人間同士で争っているなど、許し難いことだった。
「百年前に邪神が現れたのが北方ですから、次も同じである可能性があります。優先的に子供を作っておくべき国といえるでしょう」
「なるほど。防衛のための戦力を優先して配備する必要があるということか」
「戦争をしているのは問題ですが……いっそのこと、マスターが七国を統一してしまえば良いかもしれませんね」
「……それはいくらなんでも無理だよ。俺に王様は務まらない」
本気とも冗談ともつかないGS3の言葉に、リオンが苦笑をした。
王様なんてできる気がしないし、寿命一年未満では時間も足りない。
七国統一はできる誰かに任せたいところである。
「いずれにせよ、東西南北の全ての国を周っておく必要がある。最初はGS3の言うように北方に行くとしよう」
「ならば、スノーウィンド公爵家で旅の準備と情報収集をしておこう。それまでに準備を済ませておくと良い」
「助かるよ、アルフィラ」
「それじゃあ、旅立ちまで毎日子作りですねっ! 昨日だけじゃ孕んでるかわかりませんから、きっちり抱いてもらいますからねっ!」
「…………」
笑顔で言い放つサフィナにリオンが黙り込み、アルフィラが「やれやれ」と苦笑する。
マリアステラは「あらあら」と頬に手を当てて首を傾げ、微笑ましそうに瞳を細めるのであった。
かくして、リオン・ローランの旅立ちが決定した。
最初に向かうのは北方の紛争地帯……ブレイブ・ギルド連合国。
どんな戦いが待ち受けているのか。
そして……どんな女性が待ち構えているのか。
それは世界を創りたもうた女神ですらも知らぬことである。
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