第10話 ミーサ・サンダーカノンの遺産


『なあ、アンタ。タバコとか持ってない?』


 白衣を着て、目の下に色濃い隈を作ったその女性……ミーサ・サンダーカノン、『悪魔の智慧』とまで呼ばれる至高の錬金術師は、初対面のリオンに向かってそう言い放った。


『タバコは吸わない? つまんない男だねえ。ヤニも酒も嗜まないで、いったい何が楽しくて生きてるんだい?』


『邪神討伐? 人類救済? 若いうちから、知ったようなことをさえずってるんじゃないよ。耳が腐る』


『神殿の神託なんて、どうだっていいだろう。嫌になったら逃げちまいなよ。一人のガキに託さなくちゃ滅ぶような世界に価値なんてないんだからね』


『アンタらみたいなガキを戦わせないために、アタシが手塩にかけてゴーレムを作ってるんじゃないか。先に死ぬのはアタシの子供達と爺婆ジジババらで十分。アタシらよりも先に死ぬんじゃないよ、クソガキ』


 リオンにとってミーサ・サンダーカノンという女性は口が悪く、不健康で、タバコ中毒者。

 酒を飲んだら周りに絡んで、人前で服を脱いで裸になるハタ迷惑な女性だった。


 しかし、リオンがミーサを嫌っていたかと聞かれると、そんなことはない。

 むしろ、ぶっきらぼうなくせに優しいミーサのことは好いていた。

 もしも自分に姉がいたのならば、こんなふうだったのではないかとすら思う。


(思えば……彼女だけだったな。『邪神と戦わなくても良い』なんて俺に言ってきたのは)


 神託によって勇者に選ばれてから、誰もがリオンに『邪神を倒してくれ』と縋ってきた。

 国王も、貴族も、平民も、奴隷も、亜人も……地位や種族に関係はなく、誰しもリオンのことを頼ってきた。


 それなのに、ミーサだけは違った。

 嫌だったらやめろ。死ぬ前に逃げろ……そんなことを言って、リオンが最前線で戦っていることに苦言を呈していた。


 彼女が錬金術師として多くのゴーレムを生み出したのも、戦場で兵士を死なせないように、代わりに捨て駒にできる存在を用意するためだ。

 事実、ミーサが作ったゴーレムのおかげで、兵士の損害がかなり減っていた。


(ミーサのゴーレムは最後の戦いで最前線に立って、全て壊れたはず……まさか、生き残りがいただなんて……)


「……すまない。俺は君のことを覚えていない」


「当然かと。私は直接、リオン・ローランとお会いしたことはありません」


 公爵家の玄関で向かい合い、ゴーレム……GS3は表情を変えることなく言った。


「あれ? さっき、『久しぶり』とか言ってなかったかな?」


「言いました。しかし、実際にあったのは私の姉妹機です。私と姉達は電磁波によって記憶を共有していますので、リオン・ローランと会った記憶があるのです」


「でんじは……?」


 意味がわからない。

 リオンは首を傾げた。


「えっと……それで、どうしてミーサが生み出したゴーレムをシュエットが送りつけてきたんだ……いや、それよりもまず……」


 リオンは「コホン」と咳払いをしてから、GS3から視線を逸らす。


「……まずは服を着てもらおうか。何か用意してもらえるかな?」


 後半の言葉は傍にいるミランダに向けられたものである。

 ミランダは「待っていろ」と返事をしてから、屋敷の奥に消えていった。


 その後、GS3には屋敷の使用人が着るメイド服を着用してもらい、場所を応接間に変えて話をすることにする。

 その頃には公爵家の三姉妹も起きており、一緒にソファについて話に立ち会うことになった。


「まずは、改めて自己紹介を。偉大なる錬金術師ミーサ・サンダーカノン博士によって製造されました、甲一種・戦闘用ゴーレム『ギガント・ソルジャー』の3号機になります」


「ごめんなさい……何を言っているのかわからないわ」


 一同を代表して、マリアステラが頬に手を当てて言う。


「でも……『サンダーカノン』という錬金術師の名前は知っているわ。いくつも著作の本が残っていて、現代錬金術の祖として知られている御方よね?」


「私も名前は聞いたことがある。まさか、女性だったとは思わなかったが」


 マリアステラに続いて、アルフィラも口を開いた。


「あらゆる毒物を分解する『万能解毒薬』の開発に成功した人物だろう? 邪神討伐軍に参加していたというのは初耳だな……」


「ミーサはゴーレム部隊を指揮するだけじゃなくて、自分でゴーレムに乗り込んで戦いにも参加していたからね」


「ゴーレムに……乗り込む?」


「そういうゴーレムがあったんだよ。大戦期にはね」


 リオンが昔を思い出しながら、説明をした。


「それにしても……人型のゴーレムは初めて見た。『ギガント・ソルジャー』というゴーレムのシリーズは知っているけど、もっと武骨で大きくなかったかな?」


「私は人型ゴーレムの試作機として生み出されましたが、戦場に出されることはありませんでした。どうやら、博士は私に情が湧いてしまったようです」


「ああ……なるほど。ミーサらしいね」


 おそらく、何らかの思いつきによって人間と酷似したゴーレムを生み出したのだが……人と近い姿にしたせいで、戦場で消耗させるのが忍びなくなったのだろう。

 口が悪い癖にお人好しのミーサらしいことである。


「博士の研究室に死蔵されていたのですが、後にセントラル王家によって押収され、宝物庫に入れられていました。宝物庫には何故かしゃべる本……リズベッド・ランクォード氏を名乗る御方もいました」


「リズベッド……」


 そういえば……リズベッドが宝物庫にいた際に、話し相手がいたと話していたような。それはGS3のことだったらしい。


「私を製造した博士は邪神との戦いで落命する寸前、無線を通じて全てのゴーレムに命じました。『自分の死後、リオン・ローランに指揮権を移譲する』と。ゆえに、私はリオン・ローランにお仕えいたします」


 GS3が説明を続ける。


「リオン・ローランもまた邪神との戦いで命を落としたため、私の役割ももはやないと思っていましたが……貴方が生きているという情報が入ったため、宝物庫から出てシュエット・セントラルに送っていただきました」


「……どうやって、俺が生きていることを知ったんだ?」


「私には魔力センサーが内蔵されています。先日、リオン・ローランとリズベッド・ランクォードが戦っている魔力の波長を感じ取りました。城の内部を高感度マイクで探っていたところ、リオン・ローランの生存を確信したのです」


「……そうか」


「リオン・ローランがシュエット・セントラルと肉体関係を持っているのも知っています。音声を録画していますので、良ければ再生いたしましょうか?」


「やめろ、本当に」


 城でシュエットを抱いたわけだが、全て聞かれていたようだ。


「本当はもっと早く馳せ参じるつもりだったのですが……百年間、死蔵されていたせいで部品の経年劣化が大きく、自己治癒に時間がかかってしまいました」


「自己治癒って……ゴーレムが自分で自分を治せるのか?」


「可能です。その機能を積んでいるのは私だけですが」


 驚くリオンの問いに、GS3が何でもないことのように答える。

 ゴーレムが自分自身を修理するだなんて、聞いたことがない。

 GS3はまさに天才が生み出した最高傑作ともいえる作品なのだろう。


「なるほど……話はわかった」


「リオンお兄様、どうするつもりですか?」


「もちろん、彼女を受け入れるよ。傍に置くことにする」


 リオンは断言した。

 GS3は戦友であるミーサ・サンダーカノンの遺作にして、娘にも近い存在だ。

 友人の娘をないがしろになどすることはできない。


「君が俺に仕えるのが望みだというのなら、喜んで受け入れる。どうか手伝ってくれ」


「イエス。マスター。この身を賭けてお仕えいたします」


 GS3が膝をつき、恭しく臣下の礼を取った。

 まるで忠実なる家臣が、王に頭を下げるかのように。


「つきましては……麾下きかに加えていただいたところで、マスターに具申したいことがあります」


「具申……何だろうか?」


 GS3が頭を上げて、まっすぐリオンを見つめながら口にする。


「マスターはこの国での子作りが終わり次第、速やかに他国に移動するべきです。北方のブレイブ・ギルド連合国。東方の加羅王朝とジパング連邦。西の砂漠国家イフリート。南の海洋国ラハスラーラ……諸国を巡り、そこにいるあまねく女性達に子種を与えるべきです」


「…………!」


 GS3の申し出に、リオンは驚いて目を見開いたのである。

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