第3話 公爵家との戦い

「かかれえええええええええええええええええっ!」


 スノーウィンド公爵が指示を出し、騎士が一斉に襲いかかってくる。

 セントラル王国北方の雄であるスノーウィンド公爵家に仕えている騎士は、当然ながら精強そのもの。

 剣や槍で襲いかかってくる姿はそれなりに様になっている。


「だけど……足りないね」


 風の魔法剣――『吹けよ剣』


 リオンは襲いかかってくる騎士を目にも止まらぬスピードで斬りつけ、武器と防具を破壊していった。

 剣を砕き、槍を折り、鎧や盾だけを破壊しながらも、身体に傷をつけることはしない。


「なっ……!」


「殺しはしない。そのまま、大人しくしていてくれ」


 騎士達は弱くない。むしろ、この時代では強い方だ。

 しかし、リオンは大戦期の英雄。最強と謳われた勇者である。

 騎士達の振るう剣と槍を掠らせることすらなく、次々と無力化していった。


「フッ!」


「クッ……やるではないか! 誉めてやろうぞ!」


 全体の半分……五十人ほど倒したところで、スノーウィンド公爵が猛然と襲いかかってきた。

 リオンが後方に飛び退ると、公爵が手にしていたハルバードが地面を粉砕して砂煙が上がる。

 二十過ぎの娘がいる公爵は五十路に近い年齢だったが、少しも衰えを感じさせないスピードと力強さだった。


「強いな……さすがはアルフィラの父親というところかな?」


「娘を呼び捨てにするな! この痴れ者があっ!」


「ム……!」


 ハルバードを勢い良く回転させて、公爵が連続攻撃を放ってくる。

 リオンは風の剣で攻撃を防御しつつ、徐々に後ろに下がっていく。


(面倒だな……)


 勝てるかどうかと聞かれたら、おそらく勝てる。

 ハルバードの攻撃は鋭くパワフルではあったが、リオンの命を刈り取れるほどではない。

 だが……先ほどの騎士達のように無傷で鎮圧させるのは難しかった。


(これほどの使い手を殺さず、怪我もさせずに倒すのは困難だな……相手は殺す気、満々みたいだし)


 生半可な攻撃では、目の前の男は止まることはないだろう。

 殺すつもりとは言わないまでも、手足の腱を切断するくらいのダメージは与えなければいけない。


(大怪我をさせたらアルフィラが悲しむだろうな……何としてでも、最小限のダメージで抑え込まないと……!)


「……少しだけ、本気でいかせてもらう。上手く防いでくれよ」


「ヌウッ!?」


 リオンはギアを一段階上げて、ハルバードの攻撃を捌いていく。

 円運動によって放たれる思い斬撃を受け、流し、弾いて、躱して……そして、生まれた隙を突いて、公爵の足へと風の刃を叩きつけようとする。


「そこまでですっ!!!!!」


「ムッ……!」


「グッ……!」


 しかし、攻撃が当たる直前で大音声の制止がかかった。

 屋敷の方に顔を向けると、そこにはスーツの男性を後ろに伴ったドレスの女が立っている。


「これ以上、公爵家の庭園で私闘をすることは許しません! 双方とも剣を引きなさい!」


「グウ……ま、マリアステラ……!」


 公爵が呻くように彼女の名前を呼んだ。


「マリアステラ……?」


 その名前には聞き覚えがあった。

 王都に向かう道中。空いた時間にアルフィラと話した際に出てきた、スノーウィンド公爵家の長女の名前である。

 すでに婿を取っており、いずれはスノーウィンド公爵家を継ぐ予定であるとのことだったが……。


「お父様、どういうことでしょう? 何故、貴方はアルフィラの客人に刃を向けているのですか?」


「い、いや、違うのだ。マリアステラ。これはその……」


「おまけに、そちらの御方はサフィラを救ってくださった恩人というではありませんか! 恩義に報いるでもなく、仇で返すなとは無礼千万! それでも、栄えあるスノーウィンド公爵家の当主ですか!?」


「ヌウ……」


 ピシャリと叱りつけられ、先ほどまで果敢にハルバードを振るっていた公爵が縮こまる。

 どうやら、この人物は娘に頭が上がらないようだ。

 まるで飼い主に叱られた大型犬のようになっていた。


「そして……貴方。貴方がリオン・ローランさんでよろしかったでしょうか?」


「あ、はい。そうですけど……」


 その女性……マリアステラがドレスの端をつまんで、リオンの方へと歩いてくる。

 後ろにいるスーツ姿の男性も控えめについてきていた。

 もしかして、あの男性がマリアステラの婿なのだろうか?


「スノーウィンド公爵家が長女、マリアステラと申します。妹がいつもお世話になっております」


 マリアステラが美しい所作で頭を下げる。

 アルフィラと顔立ちはよく似通っているが、妹とは別種の美しさを纏った女性だ。

 温室で丁寧に育てられた大輪の薔薇のような雰囲気があって、リオンは思わず気圧されてしまう。


「あ、いや……こちらこそ?」


「そして、下の妹であるサフィナを救っていただいたこと、誠にありがとうございます。どうか、父の暴走をお許しください」


「まあ、それは構わない……娘を心配すること自体は悪い事じゃないからね」


「寛大なお言葉、感謝いたします」


 マリアステラが頭を上げて、屋敷のエントランスを手で示す。


「それでは、どうぞ屋敷の中へ。お話を聞かせてくださると嬉しいですわ」


「も、もちろん……」


「お父様はそのまま庭に立っていてくださいな。止めなかった騎士達も同罪。アルフィラが戻ってくるまで、庭園に並んで直立しているように」


「「「「「…………」」」」」


 誰一人としてその命令に逆らうことなく、公爵と騎士が庭園の木々をバックに並んで立つ。

 どうやら、この家においてもっとも力関係が強いのは長女のようだ。

 公爵であり、父親であるはずの男すら文句を言わずに立っていた。


「それでは、応接間へどうぞ。すぐにお茶を淹れさせます」


 マリアステラに案内されて、リオンは公爵家のエントランスに足を踏み入れた。


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