第4話 長女降臨


「前々から、我が屋敷には何度か訪れていたのでしょう? 挨拶ができなくて、ごめんなさいね?」


「いえ……」


「さあさあ、そのまま寛いで頂戴。我が家と思っていただいても構いませんわ」


「…………」


 マリアステラと対面のソファに座って、リオンは居心地悪そうに紅茶に口を付けた。


(この状況……何を話して良いのかわからないな)


 マリアステラの話しぶりは親しげであり、初対面とは思えないほどフレンドリーだった。

 しかし、マリアステラが纏っている空気……アルフィラとは比べ物にならないほどの高貴さに当てられて、酷く落ち着かない気分になってしまう。


(アルフィラは剣士としての凛とした雰囲気が強かったし、シュエットだってここまでのオーラはなかった。多分、聖堂に勤めていたから、シスターとして平民と接することに慣れていたからだろうね)


 しかし、マリアステラは違う。

 彼女の空気は完全に高貴な人間のそれ。下々と接する機会がほとんどない貴人のものだった。

 リオンのような庶民は一緒の空間にいるだけで精神が削られてしまう。


「えーと……ところで、そちらの方はどなたでしょう?」


「ああ、ごめんなさいね。紹介が遅れていたわ」


 マリアステラが隣にいる男性の袖を引く。

 促されて、男性が初めて口を開いた。


「僕の名前はエドガー・スノーウィンド。マリアステラの夫です」


「御覧の通り、気の弱そうな人でしょう? 人見知りだから、あまりしゃべろうとしないのよ」


「…………」


 マリアステラの言葉に、エドガーと名乗った男性が困ったように笑う。


 やはり、マリアステラの夫であったようだが……父親と同じように尻に敷かれているようだ。

 人見知りといったが、自分から話しださないのは別の問題であるような気がする。


「ところで……リオン様が伝説の勇者であるというのは本当かしら?」


「はい、そうですけど……アルフィラに聞いたんですか?」


「ええ、あの子から聞いた時には驚いたわ。正直、最初は妹がおかしくなったと思ったくらい」


 マリアステラが苦笑しつつ、紅茶を一口飲んだ。


「だけど……呪いにかけられて眠っていたサフィナが目を覚まして、同時期に王太子殿下が身罷られて。シュエット王女殿下から事情を説明する書状が届いて……こうなってしまうと、信じないわけにはいかないわ。私達はもう、貴方が伝説の勇者であることを疑っていません」


「…………」


「そして、私達の祖先が邪神殺しの功績を奪い取ったことについても。信じたくはないですが……信じざるを得ないのでしょうね」


 ティーカップを置いて、再び、頭を下げる。


「祖先がご迷惑をおかけいたしました。謝ったくらいで許されることではないけれど……どうか、許してくださいませ」


「あー……いや、俺としては別に怒っていない」


 マリアステラの謝罪を受けて、リオンは胸の前で手を振った。


「戦友を殺したルセルバードと配下については許していないけど、子孫である貴女達を責めるつもりは毛頭ない。どうか、頭を上げてもらいたい」


「本当に……寛大なお言葉、感謝いたします」


 マリアステラが顔を上げて、真っすぐな瞳でリオンを見つめてくる。


「この程度のことで謝罪になるとは思わないけれど……この都にある貴方の屋敷は好きに使って構いません。維持費、管理費、使用人の給与は全て当家が支払います」


「それは助かる……」


「それと……この都において貴方が孕ませた全ての子供達に、十分な育児費用と教育費用を出すことも誓いましょう。もしも母親が育児を放棄した際には、公爵家の方で里親を探させていただきます」


「本当に……助かる。心から……!」


 懸念していたことが一気に解決した。

 一年が経過して自分が死んだ後、母親と子供達がどうなるかが気がかりだったのだ。


「他にもご要望があれば、聞かせてもらいますが……」


「えーと……それじゃあ、セイルン村という場所にいるメイナとアルティという姉妹、二人のことをそれとなく見守ってあげてくれませんか?」


「……その姉妹もリオン様の御子を?」


「いや、そうと決まったわけじゃないんですけど、色々と世話になったものでして……」


「わかりました。本人達には悟られないよう、困ったことがあれば手助けするようにひとをやります」


「ありがとうございます。それで、アルフィラのことですが……」


「妹でしたら、好きなようにしてくださいませ」


 リオンの言わんとすることを察したのか、マリアステラが断言する。


「あの子はすでに覚悟を決めております。父は納得していないようですが……公爵家としましても、邪神殺しの勇者様の血を頂けるのであれば喜ばしいことです。どうぞ、ご随意に」


「……本当に良いんですか? 妹さんなんですよね?」


「妹だからこそです。それに……貴族という責任ある家に生まれた以上、相応の義務を背負っています。いずれ来たるであろう邪神復活に備えることもまた、その義務であると存じます」


「…………」


 ハッキリと明言したマリアステラに、リオンはかえって反応に困ってしまう。

 視線を彷徨わせ、マリアステラの横にいるエドガーと目が合うと、彼は苦々しい顔で唇を動かす。


『彼女は、言い出したら、聞かない』


『遠慮、しないで』


 おそらく、そんなふうに口にしていた。

 決断力にあふれているマリアステラにもっとも困らされているのは、この男なのだろう。


「それと……私共の方からもう一つ、お願いがあるのですが……」


 などとマリアステラが話したところで、廊下をパタパタと駆けてくる音がした。

 ノックも無しに応接間の扉が開かれる。

 水色のドレスを着た少女が飛び込んできた。


「マリアお姉様! リオンお兄様が来ているって本当!?」


「サフィナ……」


 はしたなくも部屋に飛び込んできたのは、呪印に侵されて意識を失っていた少女……サフィナ・スノーウィンドだった。

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