第9話 鬼の宴


「…………」


 オーガの住処に足を踏み入れた三人は、できるだけ音を立てないように注意して先に進んでいった。

 洞窟は暗い。奥に行くほど、光が届かなくなる。

 松明を焚いて明かりを灯したいところだが……奥にいるオーガに気取られてしまう。


「『視覚上昇マナサーチ』」


 ティナが魔法を発動させる。

 視力を向上させる魔法によって、暗闇の中でもどうにか洞窟の内部を見えるようになった。


「器用だな。補助魔法も使えるのか」


「当然」


 ティアがピースサインをする。

 リオンは攻撃魔法が得意だが、補助系統の魔法は苦手だった。

 飲み水を出したり、身体を清めたりする程度はできるが……ティアほど器用に魔法は使えない。


「……この先に気配がするな。警戒しろ」


 ミランダが小声でつぶやく。


「わかるのか?」


「もちろんだ。私はこう見えても、気配に敏感だからな」


「フンッ!」と鼻を鳴らして、ミランダが言う。


「数はおそらく五体。それとは別に小さな気配があるな。もしかすると……人質になっている人間がいるのかもしれない」


 ミランダがかなり詳細な情報を教えてくれる。

 どうやら、ミランダは剣士でありながら斥候の才能があるようだ。

『北風の調べ』はアルフィラのワンマンチームだと思っていたのだが、どうやら、ミランダとティア、それぞれに役割があるらしい。

 そのまましばらく進んでいくと、徐々に視界が明るくなってくる。

 視覚向上の魔法がなくとも、先が見えるようになってきた。


「これは……」


「グギャッ、グギャッ!」


「グゲヒャヒャヒャヒャッ!」


 洞窟の奥には、開けた空間が広がっている。

 広々とした空間の中央では数体のオーガが集まっていて、酒盛りをしているようだ。

 オーガの数はミランダが指摘していた通りに五体。

 そして……彼らの向こう側には、数人の女性、子供が地面の上に力なく座っている。


「……おそらく、近隣の集落から攫われてきたのだろう。化物が」


 ミランダが忌々しそうに吐き捨てる。

 オーガはオークのような一部の魔物とは異なり、人間と生殖行為をすることはない。

 人間を攫ってきた目的は、食料として食べることだろう。

 実際、壁際には食いカスと思われる骨が捨てられている。人間のものに間違いなかった。


「……戦うのは問題ないが、人質を取られたら面倒だね」


 いくらリオンとはいえ、オーガ五体を瞬殺はできない。

 彼らを倒しているうちに、捕まっている女性や子供が傷つけられる可能性があった。


「眠る」


 しかし、ティアがおかしなことを言い出した。


「眠る? ここで?」


「眠る」


「違うわ。ティアは魔法で敵を眠らせると言っているんだ」


「ああ……そういうことか」


 ミランダの注釈に、リオンが納得して頷いた。

 つまり、魔法でオーガを眠らせておいて、その隙に捕まっている者達を助けろということか。


「しかし……できるのか、相手は五体もいるぞ?」


「お酒、余裕」


「ああ、確かにな」


 今度はリオンにもわかった。

 酒を飲んで酔っ払っているから、眠りやすくなっていると言っているのだ。

 リオンは頷いて、ティアに魔法を使ってくれるよう促した。


「『眠りの誘いヒュプノス・フレグランス』」


 ティアが詠唱をして、魔法を発動させる。

 すると……ティナの杖の先端から甘い香りが漏れてきて、奥にいるオーガへと向かっていく。


「グガッ……」


 眠りの芳香に包まれたオーガがトロンとした目つきになり、一匹、また一匹と眠りについていく。

 やがて、五体のオーガは残らず眠ってしまい、「ガーガー」と大きなイビキを上げだした。


「よし……もう大丈夫だな」


「ああ、彼女達を助けよう!」


 リオンが岩肌の影から出て、ミランダも小走りで捕まっている者達の方へと向かう。

 ティアは魔法を維持させつつ、油断なく眠ったオーガを見つめている。


「あとは、眠ったままのオーガを仕留めれば依頼達成。無事に終わって良かったよ」


「ガー、ガー……」


 リオンは魔法剣を発動させ、大きな寝息を立てているオーガに振り下ろそうとする。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ッ……!」


 しかし、そこで絹を裂くような悲鳴が放たれる。

 洞窟の壁に反射してこだましている悲鳴に、リオンが思わず声の方に目を向けた。


「助けて! お願いだから助けて! 殺される殺される殺される殺される……イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「お、落ち着け! もう大丈夫だから静かにしてくれ!」


 絶叫を上げたのは捕まっていた女性の一人である。

 ミランダにしがみついて、半狂乱になって助けを求めていた。


「不味……!」


「グガアッ!」


 女性の悲鳴を聞いて、オーガの一匹が目を覚ましてしまった。

 オーガは手近にあった酒瓶を掴んで、傍にいるティアに向けて横薙ぎに振る。


「…………!」


「危ない!」


 咄嗟にリオンがティアの腕を引いて、彼女を庇った。

 丸太のような腕が降り抜かれ、酒瓶がリオンの横面に叩きつけられる。

 ボキリと骨が折れるような嫌な音が、洞窟の中に小さく響いた。

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