第8話 鬼退治の依頼


 娼婦のフェリエラ、スノーウィンド公爵家の三女サフィナ。

 二人にかけられた呪いに王太子が関わっている可能性に気づくことができたものの、それで事態がすぐに変わるということもない。

 王太子に真相を問い詰めるのがもっとも手っ取り早い手段ではあるが、リオンにそんな伝手ツテがあるわけもなく、迂闊に近づけばこっちが犯罪者。

 だからといって、他に呪いの解除について調べる手段もない。

 もしも呪いを解ける人がいるのであれば、スノーウィンド公爵家がとうに見つけていることだろう。


「怪しい人物がわかっているのに手が出せないとは……歯がゆいな」


「……おい、無駄口を叩いている場合じゃないぞ」


「注意散漫」


「わかっているよ……油断なんてしていないさ」


 その日、リオンは王都から少し離れた場所にある山に来ていた。

 目的はギルドで受けた依頼の遂行。この山に住みついたオーガの群れの討伐である。


 オーガはBランク以上が対象となる魔物。

 群れが相手となればさらにランクは跳ね上がり、Aランク冒険者でなければ討伐困難なものになる。


 本来であれば、この仕事はAランクパーティーである『北風の調べ』に依頼されるはずだった。

 しかし、アルフィラが王太子について調査をしていて手が離せないため、リオンに任されることになったのだ。


 本来であれば、ギルドに登録したばかりのリオンがAランクの依頼を受けるなどあり得ない。

 しかし……特例として、アルフィラの推薦があること、『北風の調べ』の二人が同行することを条件として、今回は認められていた。


「すでに集落が一つ、襲われて滅ぼされている。一刻も早く、オーガを倒さねばなるまい」


「わかっているさ……ちょうど、そこに出てきたところだしな」


 ミランダの言葉に顔を上げると、森の奥にある洞窟から黒い肌の鬼が出てくるところだった。

 二メートルの巨体。隆々とした筋肉。そして、頭部に生えた二本の角。

 間違いない……オーガである。


「オーガは少なくとも、五匹以上いるんだったな……」


「ああ、アレは見張りというところだろう」


 木の陰に隠れて、三人が洞窟の方を窺った。

 オーガの巣と思われる洞窟。そこから出てきたオーガは動く様子もなく、入口の前に立っている。

 仲間を呼ばれると面倒だ。その前に倒してしまいたい。


「狙撃」


 ティアが杖を掲げて、宣言する。

 自分が魔法で狙撃すると言いたいのだろう。


「よし、やってくれ。もしもの時はサポートするから」


「りょ」


 ティアが短く答えて、小声で呪文の詠唱をする。

 頭上に尖った氷の柱が現れた。

 魔力によって構築された氷柱の先端がオーガに向けられ……次の瞬間、爆ぜるような勢いで放たれる。


「グガッ……!」


 オーガの首に氷柱が突き刺さる。

 短く呻いたオーガが倒れるが、まだ息があった。

 手で這いながら、洞窟の中に逃げ込もうとしている。


「いけない……仕留めねば!」


 ミランダが木陰から飛び出し、オーガに向けて走る。

 しかし、その横を突風のような勢いでリオンが追い抜いていった。


「『吹けよ剣ラファル・エペ』」


 リオンの手に逆巻く風の剣が出現した。

 リオンが有する魔法剣……その中でも、最速の一撃である風の魔法剣だ。


「フッ!」


 目にも止まらぬ速度で放たれた斬撃がオーガの首を落とす。

 頭部を失ったオーガが力なく四肢を地面に投げ出し、そのまま動かなくなる。


「これで見張りは潰したな。あとは洞窟の中にいる敵だけか」


「ム……」


 出番を奪われたミランダが不服そうに唇を尖らせた。

 以前の決闘で思い知ったが、リオンはミランダよりも剣士としてずっと高みにいる。

 魔法においても、ティナよりも腕前は上。


(剣と魔法の両方に長けているだなんて、まるでアルフィラお嬢様ではないか……!)


 ミランダが敬愛する主人……アルフィラもまた、剣と魔法に長けた『魔法剣士』である。

 嫌いな男が主君と同じ場所になっているなど、ミランダとしては納得しかねることだった。


「さて……それじゃあ、洞窟に入って……どうした?」


「問題ない! さっさと行くぞ!」


 ミランダが怒った様子で言って、率先して洞窟に入っていく。

 リオンは首を傾げてその後ろを続き、ティナも後からついてきた。


 三人はオーガの住処である洞窟へと、足を踏み込んだのである。

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