第3話 罪と罰と贈り物


「呪い……か。残念だけど、俺は呪術の心得や技術は持っていないよ」


 呪印によって人形になった少女の傍ら、椅子に腰かけたリオンが重々しく口を開く。


「ただ……古い知人の呪術師から、呪いに対する対抗策は教えてもらったことがある。少しは力になれると思う」


「そうか……ちなみに、その知人の呪術師というのは……?」


「残念だけど、アイツの力は借りられない。すでに鬼籍に入っているからね」


 もしも『彼女』が生きているのであれば大いに頼もしいのだが、熟練の呪術師であった『彼女』は邪神との戦いで命を落としていた。

 邪神の側近が振るう刃に貫かれて倒れたところを、リオンはその目で確認している。


「とりあえず、事情を話してくれないか? この子が呪われた経緯について知っていることを教えてくれ」


「妹が呪いにかかったのは半年ほど前のことだ。急に……突然、身体におかしな文字が浮かび上がってきて、そのまま眠り込んでしまった。変な物を食べたとか、怪しい人間に会ったとか、前兆らしき前兆はなかったと思う」


「うーん……だったら、どうやって呪いをかけたんだろうな」


「どうやってって……呪いなんだろう? 遠くからこう念じてかけたんじゃないのか?」


「これは友人の受け売りだけど……呪いというのは縁もゆかりもない相手にはかけられないんだ」


 リオンはゆっくりと、噛み砕くようにして説明する。


 呪いを使うためには、前提として相手との間に『縁』を結ぶ必要がある。

 糸のように結んだ縁を通じて、相手に怨念を飛ばすのだ。


「相手と直接、顔を合わせて『縁』を結ぶの理想的だけど……それが出来なくとも、他の方法で縁を結ぶ方法がある。例えば、相手が大切にしていた持ち物であるとか、毛や髪のような身体の一部を入手して、そこに呪いをかけるという方法もある」


「そういえば……ちょうど半年前だったな。サフィナが大切にしていたクマのぬいぐるみがなくなってしまったことがあった。母が生きていた頃にプレゼントしてもらった物で、とても悲しんでいたのを覚えている」


「だったら、何者かがそのぬいぐるみを盗んで、呪いをかけて可能性があるな。盗んだ下手人に心当たりは?」


「……同時期にメイドが一人辞めている。勤めてからまだ一年ほどだったのだが、病気になった父親の介護のために故郷に帰ると話していた」


 アルフィラが表情を曇らせる。

 そのメイドがやったという確証はないが、可能性はある。


「だったら、そのメイドを調べてみるのが良いんじゃないか? もしかすると、呪いをかけた術者に頼まれて盗んだのかもしれない」


「そうだな……彼女について調べてみよう」


「俺も当てがあるから、別方向から調べてみる。何かわかったら知らせに来るよ」


「ああ、よろしく頼む……そうだ。こっちに来てもらえるかな?」


 アルフィラが立って、再びリオンを先導して屋敷の廊下を歩いていく。

 連れていかれたのは別の部屋。何故かその部屋の前には、兵士らしき男性が立っている。


「アルフィラお嬢様」


「すまない。見張りはもう大丈夫だ。通常業務に戻ってくれ」


「わかりました。失礼いたします」


 アルフィラが声をかけると、兵士は部屋の前から立ち去った。

 ドアノブに手をかけて、扉を開く。


「二人とも、反省しているか」


「「アルフィラお嬢様!」」


 その部屋には二人の女性がいた。

 ミランダ・アイス。

 ティア・アックア。

 アルフィラがリーダーをしている冒険者パーティー『北風の調べ』のメンバーであり、リオンのことを殺害しようとした二人である。


「アルフィラ様……申し訳ございません。ご迷惑をおかけして」


「……ごめんなさい、です」


 二人はアルフィラの姿を確認するや、すぐさま床にひざまずく。

 彼女達の顔は主君に見捨てられるかもしれない恐怖からか、酷く蒼褪めている。


「謝る相手が違う。まだ反省していないのか?」


 アルフィラの言葉は冷たい。

 身内だからといって、過ちを犯したことを見逃すつもりはないようだ。


「……申し訳ありませんでした。許してください」


「……ごめんなさい。出来心です」


 二人が隣にいるリオンに謝罪してきた。


 不承不承。

 嫌々、謝っていることがわかるような表情である。


「ハア……本当に仕方がないな」


 アルフィラが処置無しとばかりに首を振った。


「すまないな、リオン。許してくれとは言えないが……この子達には罰を受けてもらいたいと思う。何か希望はあるだろうか?」


「希望と言われてもね……」


 リオンは困り果てる。

 反省している様子の無い二人を許すとは断言できないが、彼女達のおかげでアルフィラに負い目ができて、こうして話す切っ掛けができたのも事実だ。

 そう考えると、そんなに責める気にもなれなかった。


「……罰は公爵家に任せるよ。適当にやってくれればいい」


「なるほど……それでは、こちらで決めさせてもらうとしよう」


 アルフィラが頷いて、膝をついた二人を見下ろした。


「ミランダ、ティア……君達には、これからリオンのサポートをしてもらう」


「なっ……!?」


「え……」


「拒否権はない。リオンの命令に逆らうことも許さない。これから、リオンのことを私だと思って仕えるように」


「「…………!」」


 二人が愕然として、絶望の表情になる。

 主人を汚そうとした男に仕えるなど、彼女達の矜持が許さないのだろう。


「もしも次に彼を傷つけるようなことがあれば、私は君達を生涯許さない。彼を守り、彼のために働きなさい。それが罰だ」


「そん、な……」


「無体……」


 ガックリと肩を落とすミランダとティア。

 落ち込んでいる二人から視線をそらし、アルフィラがリオンに向き直る。


「そういうことだから、この子達のことを好きに使ってくれて構わない。手足のように使っても良いし、盾にしても良い。何だったら……君の使命とやらを果たすため、子供を産ませたっていいぞ?」


「子供って……良いのか? 仲間なんだろう?」


 リオンが思わずたじろいだ。

 自分の仲間、部下に子作りを許すだなんて、本当に良いのだろうか?


「もちろんだ。身内だからといって甘い罰は与えられないし、人を殺そうとしたんだ。どんな目に遭ったとしても仕方がない。違うかな?」


「…………」


 違わない。その通りである。

 殺そうとした。相手の全てを奪おうとしたのだから、それをやり返されても文句は言えない。

 たとえ女性の尊厳を奪うようなことをされたとしても、文句を言える立場ではなかった。


(うーん……いや、子供を産ませるとか産んでやるとか戦う前に宣言していたし、問題はないんだろうけど……)


 それにしても……とリオンはアルフィラの毅然とした相貌を見やる。


(身内が相手でも容赦しない。さっきまで、あんなに優しかったのに……)


 なるほど。

 これが本物の貴族というものなのか。

 百年前に手柄欲しさに戦場に出てきて、戦いもせずに逃げ回っていた連中とは違う。

 慈愛と厳格さを兼ね備えた、本物の貴族。

 人の上に立つ者として理想的な姿がそこにはあった。


「……わかった。それじゃあ、お言葉に甘えてサポートしてもらうよ」


「ああ、手加減はいらないからビシバシと躾けてやってくれ。この子達には良い薬になるだろう」


「「…………」」


 穏やかな笑顔さえ浮かべているアルフィラに、二人はガックリと項垂れるのであった。

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