第2話 呪印の少女
「私は君が勇者だというのも信じられないし、王国の歴史書に刻まれた偉人であるルセルバード王が偽勇者だったとも信じられない。だが、個人的な印象として君のことは信じてあげたいと思っている」
アルフィラが神妙な面持ちで、ゆっくりと言い含めるようにして言う。
「だから……君に一つ頼み事をしたい。もしも私の願いを叶えてくれたのであれば、君の言い分を信じて可能な限り手を貸すことを誓おう」
「……その頼み事というのは?」
「私の妹を助けて欲しい」
アルフィラがリオンをまっすぐに見つめながら、説明する。
「スノーウィンド公爵家には三人の姉妹がいる。上の姉はすでに婿を取っていて公爵家を継ぐための準備をしているのだが、妹がある事情によって臥せっているのだ。どうにか妹を助ける方法を探してもらいたい」
「臥せているということは病気か? 生憎と、俺は医者ではないのだけど」
「医者にはすでに匙を投げられた。それに……厳密には病ではない」
アルフィラがソファから立ち上がった。
部屋の入口に歩いていき、ドアノブを回して廊下に続く扉を開く。
「説明するよりも見た方が早い。こっちに来てくれ」
「…………」
リオンは言われたとおりに、アルフィラに続いて部屋を出る。
彼女の背中を追いかけて廊下を歩いていくと、公爵邸の奥にある一室へとたどり着いた。
「サフィナ、入るぞ」
アルフィラが部屋のドアをノックする。中から返事はなかったが、アルフィラがドアを開いて中に入る。
「ああ……今日は顔色が良いじゃないか。気分が良いのかい?」
「……失礼します」
アルフィラに続いてリオンが部屋に入ると、薄暗い部屋には一人の少女の姿がある。
「…………!」
その少女はベッドで上半身を起こして座っていた。
髪の色はアルフィラと同じくプラチナ色。ぼんやりと宙を見つめる瞳も同じく碧眼である。
しかし、それ以上に目につくのは彼女の虚ろな表情だった。
その少女は人形と見間違うほど感情が抜け落ちており、アルフィラの呼びかけを受けても一切の反応がなかったのである。
「アルフィラ、その子はいったい……?」
「ああ……一年ほど前からこんな状態なんだ。それまでは明るくて腕白な性格だったんだけどね」
アルフィラが表情を曇らせて説明する。
「一年前、私の妹であるサフィナ・スノーウィンドは急に倒れてしまい、一人では食事すらままならない状態となってしまったんだ。言葉をかけても反応はなくて、御覧の通り、まるで魂が抜け落ちた人形のようになっている」
「病気……じゃないんだよな? 原因はわかっているのか?」
「ああ……すまない、サフィナ」
アルフィラが妹に謝罪をしてから、身体にかけてある布団を退ける。
そして、何を思ったのかリオンが見ている前で寝間着のネグリジェを捲り上げたのだ。
「うわっ!」
リオンは慌てて、少女の柔肌から目を逸らした。
白い太腿と水色の下着が一瞬だけ見えてしまったが、罪悪感から記憶を消し去ろうとする。
「これを見てくれ」
「見ろって言われても……」
「いいから。話が進まない」
「う……」
リオンは恐る恐る姉妹の方へと視線を戻して……驚愕から目を見開いた。
「それは……呪印か?」
捲り上げられたネグリジェ。露わになった少女の腹部には無数の黒い文字が虫のように這っていた。
呪いの刻印……呪印である。
「医師の話では、これは呪術師によって呪いをかけられた証であるという。病ではないからどうにもならないと話していた」
「…………」
「リオン。君がこの呪いを解いて妹を助けてくれたのであれば、私は君のことを勇者だと認めよう。私が持てる全力をもってして、君の活動をバックアップさせてもらう。だから……サフィナのことを救ってもらえないだろうか?」
アルフィラが懇願する。
よほど妹が大切だったのか、瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、唇も小刻みに震えていた。
「もしも、君が妹を救ってくれたのであれば……私は君の子を産もう。勇者の母になってもいい」
「…………!」
公爵令嬢にして最強の冒険者であるアルフィラは、驚いて固まっているリオンにそう宣言したのである。
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