第3章 呪印編
第1話 スノーウィンド公爵邸
ミランダ・アイス、ティナ・アックアとの決闘を経て……リオンは後からやってきたアルフィラに、全てを明かすことにした。
ここでいう全てとは……リオンの素性とこれまでの経緯について。
百年前、勇者として戦って邪神を討伐したこと。
天上で女神と話して、現代に復活させられたこと。
邪神の復活に備えて百人の子供を作らなければいけないこと。また、そのために残された時間が一年弱しかないこと。
勇者の母親になってくれる女性を探していることまで。
「そうか……話はわかった」
一通りの情報を明かすと、アルフィラ・スノーウィンドは難しい表情で考え込む。
場所は都の外の平原から変わって、スノーレストの中央にある大きな屋敷。
領主であるスノーウィンド公爵家の邸宅である。
リオンとアルフィラは公爵邸の一室で二人きり、テーブルを挟んでソファに座っていた。
話が長くなるので場所を変えたいと提案したところ、アルフィラに公爵邸に連れてこられたのだ。
「わかった、わかったが……正直、信じがたいな。君が邪神を滅ぼした勇者本人だなんて」
「そうだろうね、俺だって他人事だったら信じないと思うよ」
ソファに座りながらリオンが肩をすくめる。
「それでも……俺が話したことに一切の偽りはない。それは保証する」
リオンは真っすぐにアルフィラの瞳を見つめて、断言した。
「俺はどうしても百人の子供を作らなければならない。だから……貴女に手助けしてもらいたい。Aランク冒険者にして公爵令嬢という立場と力をどうか俺に貸してもらいたい!」
あえて情報を明かした目的……それはアルフィラに使命達成の助力をしてもらうためである。
リオンは『百人の子供を作る』という目標到達を独力で成し遂げることに、限界を感じていた。
金も知恵も地位も権力も……時間すらもリオンには足りない。
この使命を無事に達成するためには、全てを明かしたうえで協力してくれる仲間が必要だった。
(考えても見れば……邪神を倒したのだって俺一人の功績じゃない。一人で出来る仕事はたかが知れている。大きなことを成しとげるには、手を取り合う戦友が必要なんだ)
その点、アルフィラを仲間に引き入れることができればかなり大きい。
たとえ彼女が次世代の勇者の母親になってくれなくても……その地位と力、ついでに知恵を与えてくれるだけでも十分にやりやすくなる。
「信じられないことはわかっている。それでも……無理を承知でお願いする。俺のことを信じて欲しい。貴女しか頼れる人間がいないんだよ」
「…………」
リオンが真摯に訴えかけると、アルフィラはかなり長い時間考えてから首を振った。
「……君が嘘をついているようには見えない。それでも、妄想や空想ということもある。やはり信じられない」
「それは……」
「まずは私の話を聞いてくれ。君は自分こそが勇者だと言ったが……この国で語り継がれている歴史書に『リオン・ローラン』という名前はないんだ」
「へ……?」
リオンは首を傾げた。
自分の名前が残っていない……たった百年で失伝してしまったとでもいうのだろうか?
「この国に伝わっている勇者の名前は『ルセルバート・セントラル』。セントラル王国の中興の祖と呼ばれている御方だ」
「はあ!? 何だって!?」
リオンは思わずソファから立ち上がった。
「そんな……勇者は間違いなく俺だ! 俺が邪神を倒した……間違いない!」
声を大にしてまで手柄を主張したいわけではないが、自分が成し遂げた功績が他人のものになっているのは流石に許せない。
自分の手柄が奪われているというのなら、仲間の功績はどうなったのだろう?
「ん……ルセルバート、ルセルバートって……?」
ふと記憶の琴線に引っかかるものがあり、リオンは眉をひそめた。
「その名前はどこかで……もしかして、『臆病者のルセルバート』か!?」
リオンは目的の記憶にたどり着き、大きく目を見開いた。
ルセルバート……ファミリーネームは知らなかったが、その人物は大戦期に貴族出身者が集められた『蒼き血』という部隊の指揮をしていた人物だ。
『蒼き血』は自分達は高貴な存在で選ばれた戦士だと威張り散らしていたのだが……初陣の戦いで敵前逃亡をして、それからずっと後方支援とは名ばかりに戦場から逃げ回っていた者達である。
味方を見捨てて敵から逃げ回っていた指揮官……ルセルバートのことを、口が悪い者達が『臆病者のルセルバート』と揶揄していた。
(まさかアイツが王家の人間……貴族を束ねていたから有り得なくはないが、まさか王族だとは思わなかった)
「どうして、アイツが勇者だなんて……ありえない」
「ひょっとすると……セントラル王家が勇者の功績を奪うため、君の存在そのものを抹消したのかもしれないな。もちろん、君の言葉が正しいと仮定すればの話だが」
「…………」
リオンが肩を落として、ソファに深々と座り込む。
(別に報酬が欲しかったわけじゃない。名誉を手に入れたかったわけじゃない……だけど、まるでいなかったみたいに存在を消されてしまうだなんて、あんまりだろう)
「大丈夫かい……?」
落ち込んだ様子のリオンに、アルフィラが痛ましげな瞳を向けてくる。
「君の話を信じたわけではないが……それでも、君が強い意思をもって何かを背負っていることはわかる。たとえ歴史に名が残らずとも、君が成した事が無かったことになるわけではないだろう」
「お気遣い、感謝するよ……アルフィラさん」
「アルフィラで良い。私も君のことはリオンと呼ばせてもらおう」
アルフィラが穏やかに微笑みながら、曇りなき眼で見つめてくる。
磨き抜いた刃のような眼差しだ。リオンの話を眉唾に思いながらも、それでも尊重してくれているのが伝わってきた。
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