第6話 冒険者ギルド

 ジェイルと別れたリオンであったが、その足で向かったのは町の中央にある建物である。

 その施設がそこにある場所は、すでにジェイルから話に聞いて確認済みだった。


「……ここが冒険者ギルドか。流石に大きいな」


 リオンの視線の先にそびえ立っているのは三階建ての建物である。

 その入口の扉には、『冒険者ギルド』という文字と共に剣を象った紋章が掲げられていた。


 冒険者ギルド。

 魔物の討伐を生業としている冒険者が集まる施設。

 剣と魔法。己の腕っぷしを頼りにして生きる荒くれ者の巣窟だった。


(あれから百年も経ったけど、やはり冒険者ギルドはなくならないんだな)


 かつて、リオンが生きた時代にも冒険者ギルドは存在していた。

 共に邪神と戦った仲間にも冒険者がいて、彼らには随分と助けられたものである。


 リオンが冒険者ギルドを訪れた理由はいくつかあった。

 最初の理由は資金稼ぎだ。

 フェリエラという娼婦を身請けするためには、彼女の借金を返済できるだけの多額の資産が必要になる。

 フェリエラのことがなかったとしても、資金稼ぎは必要だ。

 多くの女性に子供を産んでもらい、さらにその子供を立派に育ててもらわなければいけない。養育費はどちらにしても必要になる。


 また、次代の勇者を産む母親探しも理由の一つである。

 リオンが生き返る際、女神は『強い女性を探せ』と言っていた。

 強い女性ならば強い子供を産んでくれる可能性が高くなり、邪神を討伐できる希望も色濃くなる。

 冒険者という戦いを生業としている人間であれば、『邪神殺し』の勇者を生み出すことができる強者がいるかもしれない。


 同じ条件でいうのであれば『傭兵ギルド』も該当するのだが……傭兵に与えられる仕事は長期のものが多く、戦う対象も魔物ではなく人間であることが多い。

 一年という限られた命しかなく、人間同士の戦いを嫌っているリオンには選べない選択肢だった。


「よし、入るか」


 リオンは扉を開けて、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。


 建物の内部には広々とした空間が広がっていた。

 入口から向かって左側には受付カウンターがある。カウンターには清潔な制服を着た女性が並んでおり、来客の応対をしていた。

 壁にかけられたボードには何枚もの紙が貼られている。あれが依頼書だろう。


 そして、向かって右側は食堂か酒場のようになっている。

 丸テーブルが複数置かれており、昼前の時間だというのに席の半分が埋まっていて、酒を飲んでいる人がいた。

 左側がギルドの本体。右側は冒険者が計画を立てたり、冒険後の打ち上げをしたりするためのスペースである。


「ム……?」


(思ったよりも綺麗だな。もっと、こう……盗賊の根城のような場所を想像していたが……)


 リオンの脳裏にかつての仲間の一人が浮かんだ。

『ベオハルト』という名前の戦士で、巨大な戦斧を振り回して戦うスタイルのパワーファイターだった。

 髭をモジャモジャに生やしており、返り血で汚れた身体を洗いもしない不潔な男で、他の仲間からさんざん文句を言われていた。


「ガハハハッ!」と笑いながら大酒をかっ喰らうその男の姿はまさに『冒険者!』というイメージそのものだった。


「お待ちでしたら、こちらにどうぞー」


 リオンが入口の傍に立っていると、受付カウンターの奥から女性が声をかけてくる。

 二十代半ばほどの若い女性だ。栗色の髪をセミロングにしており、瞳の色も同系色。

 リオンに向けて穏やかに微笑みながら、手招きをしてくる。


「初めて来られる方ですよね? 登録ですか、それとも依頼ですか?」


「あ……登録をお願いしたい」


 カウンターの前まで行って、リオンが答える。


「冒険者への登録ですね? それでは、こちらの書類にご記入をお願いしたいのですが……代筆は必要ですか?」


「いや、問題ない。自分で書けますよ」


 リオンは勝利とペンを受けとり、必要事項に記載を始める。


(名前はリオン。年齢は二十歳。姓は書かない方が良いよな。出身はセイルン村にしておくとして、職業は……?)


「この『職業』というのは何ですか?」


「ああ、それは冒険者としての役割になります」


 リオンの問いに受付……胸元に『イーリス』と名前を付けた女性が答える。


「冒険者は仲間とパーティーを組んだり、必要に応じて他の冒険者と共同で依頼を受けたりする場合があります。その際に集団内でこなす役割を決める基準として、職業を記入して欲しいんです」


「役割ね……」


「難しく考える必要はありませんよ? 剣が得意であれば『剣士』、魔法が使えるのであれば『魔法使い』といった簡単なもので構いません。自由記入欄なので白紙でも構いませんが、その場合は他の冒険者と組んでする依頼を受けられなくなる場合があります」


「…………」


 パーティーを組む予定はなかったが……子供を産んでくれる女性を探すために、他の冒険者との交流は必要かもしれない。

 職業欄が白紙であれば、信用が得られない可能性があった。


「それじゃあ……『魔法剣士』でいいか」


『勇者』と書いても信じてもらえないだろうし、リオンはとりあえずそう記載しておいた。


「これでお願いします」


「はい。えーと、リオンさん。出身はセイルン村で…………え、『魔法剣士』?」


 イーリスが書類を片手に、まじまじとリオンの顔を見る


「何か問題ありましたか?」


「いえ……そうですね、お若いですものね。大丈夫ですよ、こちらで受理いたしますね」


「…………?」


 イーリスは何故か含み笑いをしながら、必要事項が記載された書類を受け取った。

 何なのだろう、この反応は。

 まるで誇大妄想な夢を語っている子供を見るような、微笑ましげな顔である。


「登録料は銀貨一枚になります」


「ああ、これで」


「はい、確かに。それではこちらのタグが冒険者の証となります。再発行には金貨一枚が必要となりますので、くれぐれも無くさないようにご注意ください」


 銀貨と引き換えに、イーリスが紐がついた金属のタグを差し出してきた。

 冒険者の証となるものだ。リオンの名前と番号のようなものが刻みつけられている。


「こちらの冒険者証は特殊な魔法で作られています。複製はできませんし、ギルド以外で加工することもできません。依頼を受ける際に提示をお願いするので、できるだけ持ち歩くようにしてください」


「へえ……便利そうだな」


「それと……これはお願いなのですが、行き倒れの遺体などから冒険者証が見つかった場合、できるだけ持ち帰ってくるようにしてください。ギルドから手間賃が支払われますので」


「…………」


 死亡証明ということだろう。

 冒険者であれば、依頼の遂行中に命を落とすことも珍しくはない。

 死んだ冒険者の遺体が何者なのかを確認するためにも、このタグが必要なのだ。


「わかりました……早速依頼を受けたいのですが、今日から可能ですか?」


「もちろんです。そちらの壁に貼られている依頼書を剥がして、受付までお持ちください。ただし……依頼書には適正ランクが定められているものもありますので注意してください」


「適正ランク……?」


「登録したばかりの新人冒険者であればFランク。依頼を達成してギルドに貢献することでランクが上がっていき、最高でAランクまで上昇します。ランクが高いほど依頼の難易度は上がり、報酬も比例して高くなります。逆に依頼を何度も失敗した場合にはランクが下がることもありますから、こちらもご注意を」


「ランクね……そういうものもできたのか」


 百年前にはなかった制度である。

 おそらく、あらかじめランクを付けて制限を設けることで、分不相応な依頼を受けて命を落とす冒険者を減らすことが目的だろう。


(昔のように『依頼を受けたんだから失敗して死んでも自己責任』というふうじゃないんだな。良い時代になったということかな?)


 百年前の大戦時代はあちこちに邪神の眷属がいたし、冒険者も兵士もいつ死んでもおかしくはなかった。

 平和な時代となったことで、不慮の事故への配慮が広がったのだろう。


(しかし……少しだけ困るかな? 新人の俺では、報酬の高い依頼が受けられないということか)


 リオンには時間がない。

 悠長にランクを上げている暇などなく、少しでも早く大金が必要だ。

 さっさと報酬の高い依頼を受けて、手早く大金を稼ぎたかったのだが……。


「これは仮にの話ですが……依頼の達成中、別の依頼書に書かれている魔物に遭遇して倒したとして、そちらの報酬は貰えるんですか?」


「えー……依頼を受けていない以上、達成とはみなされないので報酬は支払われません」


 イーリスが事務的な口調で問いに答える。


「ただし、依頼の内容が『討伐』ではなく魔物の部位などの『納品』であるならば、魔物の討伐後に依頼を受けて、すでにお持ちの素材を納品すれば達成となります。この場合、適正ランク以下であったとしても問題はありません。また、依頼が出ていなくとも、倒した魔物の素材はギルドで引き取っていますので、タダ働きにはならないと思いますよ?」


「なるほど……概ね、理解しました」


 リオンは満足げに頷いて、イーリスに笑いかける。


「それじゃあ、さっそく依頼を受けさせてもらおうかな。冒険者としての初仕事……はりきっていこうか」


 宣言して、リオンは適当な依頼書を剥がしてきてイーリスのところに持ってくるのであった。

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