第4話 仮面と呪い

「フェリエラと申します。今日は指名いただき、ありがとうございます」


「あ、ああ……よろしく」


 仮面を付けた女の登場に面食らいながらも、リオンは挨拶を返した。


 指名されて現れた女性……フェリエラは鼻から上を白い仮面で覆っている。

 顔は下半分しか見えないものの、何とはなしの雰囲気から整った顔立ちであることがわかった。


「本日はお客様のご要望に応えることができるよう、精いっぱい務めさせていただきます……と、言いたいところですが」


「へ?」


 フェリエラが仮面越しに、リオンを睨みつけてきた。


「貴方は弟に頼まれて、私を指名したんですよね?」


「弟って……」


「ジェイルのことです」


「…………!」


 リオンはわずかに目を見張る。

 仮面にばかり気を取られていたが、フェリエラはジェイルと同じく赤髪をしていた。姉弟だと言われたらそんな気もしてくる。


「……その反応は正解のようですね。まったく、本当に仕方がない子です」


「あ……」


 隠せと言われていたのに、思わず取ってしまった反応で気取られてしまったらしい。

 残念ながら……リオンはそこまで嘘が得意ではなく、隠し事ができるタイプではなかった。


「参ったな……その通りだよ。俺はジェイルに頼まれてここに来た。貴女が姉だということは聞いていないけど」


 リオンは観念して、正直に明かすことにした。


「ジェイルが貴女を指名するように強く推していたが、自分の姉に客を紹介していたってことだったのかな?」


「そのようです……あの子は頼んでもないのに、そういう余計なお世話を焼くのです」


「余計って……」


「余計です。私は自分の意思でこの店に勤めています。弟の稼ぎに縋るつもりはありません」


 フェリエラはベッドに座っているリオンの前まで歩いていき、腰を折って頭を下げた。


「……お金は私の方からお返しいたします。ですから、弟にはこのようなことをしないよう話しておいてください」


「えーと……それはキャンセルってことになるのかな?」


「いえ……客として店に代金を入れてしまった以上、こちらも精いっぱいのおもてなしをさせていただきます。私のような醜女しこめで良いのならば……ですが」


「醜女って……いくらなんでも、自虐が過ぎるんじゃないか?」


 顔は半分しか見えないが、雰囲気からフェリエラが美女であると予想できる。

 だが……フェリエラはわずかに口端を上げて、嘲るように冷たい笑みを浮かべた。


「……この顔を見ても、同じことが言えますか?」


「…………!?」


 フェリエラが仮面に手をかけて、顔から外す。

 隠されていた顔の上半分が露わになるが、そこに隠されていたものにリオンが息を呑む。


「それは……呪印なのか?」


 リオンがつぶやく。

 フェリエラの目元から額にかけて、黒ずんだ痣のようなものがこびりついている。

 よくよく観察してみると、細かい文字のようなものがビッシリと密集しており、虫が這うように蠢いていた。


「はい……とある事情により、私は呪いに侵されています」


 フェリエラが仮面をかぶり直し、赤いドレスに覆われた胸元に手を当てる。


「こんな顔をしているせいで客がつかなくなってしまい、弟が気を遣ってお金を入れようとしているんです……自分の生活も豊かではないでしょうに。私がいっこうにお金を受けとらないから、他の男性に私を買わせようとしたのでしょう」


「……こういった事情に疎いんだが、客が女性を買うと君達にもお金が入るのか?」


「借金などが原因で働かされている場合、客が支払った金銭は返済のために使われます。私も同じです。弟は私を娼館から解放したくて、こんなことをしたのでしょう」


「…………」


 そういえば、ジェイルは娼婦の身受けについても勧めてきた。

 あれはリオンがフェリエラのことを身請けすることを期待していたのかもしれない。


「……よくわかった。そういうことか」


 ジェイルとフェリエラの事情はおおよそ推察できた。

 フェリエラが借金により娼館に勤めており、ジェイルはそんな姉を心配して金を入れようとしている。

 しかし、フェリエラはそれを拒んでおり、間接的に彼女を支援するためにリオンに金を渡して送り込んだのだ。


(やはり裏があったようだな……まあ、これくらいの陰謀だったら可愛いものだけど)


 姉を救うためにしたことならば、騙されたと被害者ぶるほどではない。

 大戦時代には、人間でありながら人類を裏切って邪神に内通する者がいた。彼らと比べると、ハイエナと子犬ほどにも差があった。


「それでは、お帰りの際にお金は用意しておきます。それで……」


「あれ? 帰るのか?」


「え……?」


「抱かせてくれるんだろう? 帰ってしまったら困る」


 ドレスの裾を翻して部屋から出ていこうとするフェリエラを呼び止めた。

 身請けしたわけでもないので子供を産んでもらうわけにはいかないが、女性に慣れるためにも相手をしてもらわなくては困る。


「金は返さなくていい。どうせ俺の物じゃないし」


「いえ、それでは弟が……」


「アイツはアイツの意思で金を俺に渡したんだ。男に恥をかかせるのは良くないと思うぞ」


「…………!?」


 リオンは一度ベッドから立ち上がり、フェリエラの手を掴んだ。

 そのまま彼女の手を引いてベッドに誘導し……細い身体を軽々と抱きかかえた。


「お客様……!?」


「それじゃあ、これから抱かせてもらうけど……問題ないな」


「だ、抱くのですか……私を、この呪われた女を……?」


「……そのつもりで来たと言ったはずだけど?」


「ッ……!」


 フェリエラが信じられないとばかりに目を見開いた。

 顔の上半分が不気味な呪印で浸食されており、仮面で隠しているような女に欲情する男がいることが信じられないのだろう。


「別に気にすることでもないだろうに……これくらい、軽い物じゃないか」


「何を……!」


「チュ……」


「…………!」


 リオンはフェリエラの顔から仮面を奪い、額に口づけをする。

 唇を奪われたわけでもないだろうに……フェリエラが愕然と表情を凍らせた。


「俺がもっとも信頼していた仲間の一人は、全身にこれと同じような呪印を描いていたよ。別に気にするほどでもないだろう」


 驚いて固まっているフェリエラに、リオンは微笑みかけながら言う。


 リオンは脳裏にかつての仲間の姿が甦る。

 邪神に立ち向かうためにあえて自分に呪いをかけ、女としての人生を捨てることと引き換えにして力を得た気高き魔法使いの姿を。


 フェリエラの呪印を見ていると信頼していた仲間を思い出す。気持ちが悪いなどとは少しも思わなかった。


「君がどんな事情で借金を背負い、娼館で働き、呪われているのかはわからない。だけど……少なくとも、弟想いで気高い女性であることはわかった……それで十分だ」


「あなたは、どうして……」


「嫌だったら抵抗してくれ。無理強いはしないよ」


 リオンはもう一度、呪印の上から口づけをする。

 ベッドに押し倒してドレスに手をかけても、フェリエラは抵抗しなかった。

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