第12話 クリムゾン・アヤワスカ
眼前に見上げるほどの大きさの怪物がいる。
長くのたうつ身体は大蛇か龍のようにも見えるが、緑の体色の触手を振り回すそれはまぎれもない植物だった。
食人植物――クリムゾン・アヤワスカ。
高濃度の魔力によって突然変異をした、魔窟の怪物である。
「り、リオンさん! 逃げましょう!」
常識を超えた怪物を目の当たりにして、後ろからメイナが叫んでくる。
「こんな化物に勝てるわけがありません! 殺されてしまいます……早く逃げましょう!」
「そうだよ、お兄さん! 食べられちゃうよっ!」
アルティも一緒になって、逃げるようにと訴えてきた。
リオンは「何を今さら……」と苦笑しながら、魔法で生み出した氷剣の切っ先を怪物に向ける。
「心配しなくてもいい。すぐに片付けるから、そのまま待っていてくれ」
「あっ!」
怪物に飛びかかっていくリオンの姿に、姉妹が絶望の声を漏らす。
自分の恩人が……自分達のために薬草を採りに付き合ってくれた男性が、怪物の餌食なろうとしている。
激しい無力感を感じながらも、姉妹は抱き合って震えることしかできなかった。
『ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
怪物が赤い頭部をもたげて、リオンめがけて喰らいついてくる。
リオンが巨大な口による噛みつき攻撃を避けて、頭部を斬りつけた。
「うん、やはり効果は弱いか」
裂けた傷口が凍りついてダメージを与えるが、すぐに内側から傷がふさがってしまう。驚くほどの治癒力である。
「一番の有効打は炎なんだけど……燃やしてしまうわけにもいかないよな」
リオンが使用できる魔法は『氷』だけではない。『炎』の魔法も使うことができた。
植物系の魔物にはそちらの方が有効なのだが……とある事情により、目の前の怪物――クリムゾン・アヤワスカを燃やしてしまうわけにはいかない。
「ム……」
『ジャッ! ジャッ! ジャッ! ジャッ! ジャアッ!』
怪物が無数の触手を伸ばしてきて、リオンのことを捕まえようとする。
リオンは氷剣で触手を切り裂き、攻撃を捌いていく。
『ブシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「これは……!」
触手を切り裂いて身を守っているリオンであったが、怪物が触手の先端から黄土色の煙のようなものを吐きつけてきた。
毒の霧である。少しでも体内に入れてしまえば、身体が痺れて動けなくなってしまうだろう。
「これは不味いか……!」
「「キャッ!?」」
リオンは氷剣を捨てて後方に走り、アイルとメルティの身体を抱きかかえる。
二人の身体を肩に担いで、空気中に拡散していく毒の霧から逃げていく。
「り、リオンさん!?」
「おにいさっ……!」
「しゃべるな! 舌を噛むぞ!」
二人を抱えたまま追いかけてくる毒霧から逃げる。
恐るべきスピードで周囲の景色が後方に流れていく。まるで自分達が風になってしまったようだった。
『ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
怪物が毒を吐きつけながら、リオン達を追いかけてくる。
蔦の身体を激しくのたうたせて、大蛇が獲物に飛びかかるようにして迫ってきた。
「先に謝っておくよ。二人とも……ごめんな」
「「ッ……!?」」
「飛ぶぞ」
リオンが地面を蹴って跳躍した。
後方から噛みついてきた怪物の
勢い良く蹴りつけられた幹が衝撃によって軋み、今にも折れてしまいそうだ。
「ハアッ!」
そして、三点跳びの要領で上空に高々と跳躍した。
怪物の巨体を悠々と見下ろせる高さまで跳び上がり、リオンは抱えていた二人の身体を宙に放り投げる。
「「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」
空中に投げ出された二人が悲鳴を上げる。
お互いの身体を抱きしめ合って、スカートをブワリと広げて絶叫する。
「
二人を手放して両手を開けたリオンは魔法を発動させた。
リオンの両手に嵐を凝縮したような風の刃が出現して、淡い
『ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
下から怪物が喰らいついてくる。
リオンは両手の風剣を構え、怪物の口の中へと突っ込んだ。
怪物がガブリとリオンの身体を飲み込むが……戦いはまだ終わってはいなかった。
「吹き荒れろ……
リオンは高速で身体を回転させながら、両手に握りしめた風の刃を振り回す。
放たれた無数の斬撃が内側から怪物を斬り裂き、巨大な植物の肉体が解体されていく。
『ギジャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
怪物が絶叫を上げて、触手で地面を激しく殴打する。
しかし……もはや勝敗は決まったも同じ。無駄な抵抗だった。
嵐のような斬撃。再生能力を超える速さで千々に斬り裂かれ、怪物は紫色の体液を地面にぶちまけながら絶命する。
「よっと……」
バラバラになった怪物の残骸の上に着地して、リオンが両手の風剣を消す。
それなりに強い敵だったが……終わってみれば圧勝である。リオンはかすり傷一つ負うことなく勝利することができた。
メイナとアルティという足枷をこの場に連れてこなければ、もっと早く決着がついたことだろう。
「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」
一方で、その足手纏いの二人が落ちてきた。
宙に投げ出された二人は悲鳴を上げ、涙を流しながら地表に向かって落下してくる。
リオンは風の魔法を発動させて落ちてきた二人の勢いを弱め、そのまま両手で受け止めた。
「初めての魔窟体験だったけど……どうだったかな? まだ、冒険者としてやっていくつもりはあるかい?」
「「…………」」
リオンの腕の中にすっぽりと収まった二人の美少女であったが……どちらも目を回して放心した様子。
「あ……」
おまけに……彼女達の下半身から、アンモニアの匂いがうっすらと匂ってくる。
「あー、やり過ぎたかな……薬が効きすぎたみたいだな」
リオンが二人を魔窟に連れてきたのは、こうして怖い思いをさせることが目的である。
後先を考えない行動の結果、どのような危険を招くのか……それを肌で体験させることにより、昨日のような無謀な行動をとらないように抑止しようとしたのだ。
ちょっと怖がらせるだけのつもりだったのだが……予想以上の衝撃を心に与えてしまったらしい。
「ともあれ……これで薬の材料が手に入ったな。目的達成だ」
リオンは落ちていた怪物の残骸……赤い頭部の破片を拾って肩をすくめる。
食獣植物『クリムゾン・アヤワスカ』……その真っ赤な花肉こそが、薬を生み出すために必要な材料『紅蓮草』の正体だった。
「思っていた以上に育った個体が出てきたのには少しだけ焦ったけど……あっちから出てきてくれたおかげで、探す手間が省けたな」
こういうことを『結果オーライ』というのだろう。
リオンは冒険の成果を手にして、満足そうに笑うのであった。
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