第13話 若き勇者の悩み
メイナとアルティを抱きかかえたまま村に戻ろうとするリオンであったが、その途中で二人が目を覚ました。
厳密には二人とも気絶したわけではなく、心の許容量を遥かに超える出来事にフリーズしていただけである。
怪物に襲われ、空中に投げ出されたショックによる放心状態から立ち直り、しゃべれるようになったのだ。
「リオン様、酷いです!」
「そうだよ! お兄さんってばヒドいよ!」
「わっ!」
二人は正気に戻るなり、一方的にリオンのことを責めたててきた。
二人を抱きかかえたまま猛ダッシュしたり、空中に放り投げたり……そのせいで、彼女達はかつてない恐怖を味わって粗相までしまっている。
かつてない恐怖と羞恥から感情を爆発させて、リオンに怒りの声をぶつけた。
二人は十分以上も感情のままに声を荒げ、怒鳴り散らし……やがて憔悴に肩を上下させる。
「ハア、ハア……」
「はふう……」
高ぶる感情のままにリオンに当たってから……二人は肩を落として、ガックリと消沈した。
「……申し訳ありません。言い過ぎました」
「……お兄さんは別に悪くないよね。大声を出してごめんなさい」
時間が経って、冷静さを取り戻したのだろう。二人とも落ち込んだ様子でリオンに謝罪をしてきた。
リオンは魔窟に向かうにあたって、二人に対して警告をしていた。魔窟には危険がいっぱいだと、どうなっても自己責任だと言い含めていた。
それなのに、実際に危険な目に遭ったらリオンのせいにして怒るだなんて間違っている。
二人はむしろ、命を救われたことを感謝しなくてはいけない立場なのだ。
(ちゃんと自分で気がつくことができるとは、聡い子達だな……別に八つ当たりしてくれても良かったのに)
「いや……あんな体験をしたのだから混乱するのも無理はない。気にしてないよ」
「そう言っていただけると助かります……それで、その……」
「ん?」
メイナがモジモジとした様子で、顔をうつむける。
「村に戻る前に、その……か、身体を洗いたいのですが……」
「あうう……」
二人が恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせている。
どうやら、漏らしてしまったことで汚れた身体を洗いたいのだろう。
「ああ……そうだね。この近くに川があったはずだし、そこで洗おうか?」
「…………はい、そうさせてください」
「うう……もうお嫁にいけないよう……」
リオンは二人を連れて、村から少し離れた場所にある川に向かう。
渓谷にある小さな川には魔物や動物の姿はなく、人の姿もなかった。
姉妹の醜態を見られる心配はなさそうである。
「それじゃあ、少しだけお時間をいただきます……」
「えっと、その……覗かないでね?」
「心配しなくてもゲスなことはしないよ。周囲を見張っておくから、ゆっくり身体を清めてくるといい」
二人が川に向かっていくのを見送り、リオンは彼女達の裸身を見ないように森の中で見張りをする。
水場には動物だけでなく魔物も集まってきやすいのだが、近くに大型の生物の気配はなさそうだ。
「やれやれ……とんだ帰郷になったものだな……」
木の幹に背中を預けて、リオンはぼんやりとつぶやいた。
かつてリオンはこの地で生まれて、勇者として見出されたことで村を出ていくことになった。
訓練を積み、経験を重ね……多くの犠牲と引き換えにして邪神を撃ち滅ぼし、それと引き換えに命を落とすことになる。
必ず帰ってくると誓った家族にも、幼馴染にも再開することができずに死んでしまったはずなのに……まさか、百年経ってから帰郷することになり、幼馴染の子孫らしき女性達と冒険をすることになろうとは。
(数奇な運命だな……いや、勇者になった時点でまともな人生ではなかったけど)
改めて考えて見ると、おかしな生涯である。
深く溜息をつくリオンであったが……彼の勇者としての使命はまだ終わったわけではない。
それどころか、下手をすれば邪神討伐以上に厄介なミッションを任せられてしまった。
(『子供を百人作れ』か……本当に、どうしたものかな? まったく、やり方がわからないぞ?)
いずれ復活する邪神に対抗するために、リオンは女性と子作りをして百人の子孫を残さなくてはいけない。
おまけに、一度死んでしまったリオンが地上で活動できるのはたったの一年間。この世界において五百日ほどである。
単純計算で五日に一人は子供を作らなければいけない。恋愛経験皆無のリオンにとっては、厳し過ぎるミッションだった。
(こんなことなら、仲間に誘われたときに娼館に行っておくんだったか……戦いのことばかりじゃなくて、恋愛や女心についても勉強しておけば良かったな)
「キャッ! 冷たい! アルティ、水をかけないでちょうだい!」
「アハハ、お姉ちゃん。そっちに魚がいるよ! 捕まえて晩御飯にしちゃおっか?」
「…………」
川から聞こえてくる姉妹の声を聞きながら、リオンは何故か気恥ずかしい気持ちになって頬を染める。
(もしも……あくまでも仮定の話だが、あの二人にお願いしたら俺の子供を産んでくれるだろうか?)
頼んだら……もしかすると、産んでくれるかもしれない。
恩人であることを、薬の材料を入手したことを前に出して主張したら、断ることはできないだろう。
二人はきっと、リオンの子供を産んでくれるはずだ。
「ダメだな……弱みに付け込むとか最低かよ」
しかし、リオンは首を振った。
かつて愛した幼馴染の子孫に対して、恩を被せるような形で抱いて子供を産ませるだなんて、そんなことは許されない。
たとえそれが女神の命令であったとしても、世界を救うために必要な行為であったとしても……そんなことをしてしまったら、リオンは自分のことを許せなくなる。
(せっかく帰ってきたところだが……明日には村を出て、大きな町に向かおう)
大きな町には大勢の人が……大勢の女性がいる。
勇者の子供を産んでも良いという女性だって、きっといるはずだ。
強い戦士や魔法使いだっているだろう。強い女性ならば、きっと魔王に打ち勝てる強い子供を産んでくれるはず。
「お待たせいたしました、リオンさん」
「待たせちゃってごめんね、お兄さん」
水浴びを終えた二人が戻ってくる。
髪をしっとりと濡らしており、服も水で洗って搾っただけで湿っていた。
「よろしければ、リオンさんも水浴びをしてきたら如何ですか?」
「そうだよ、今度は私達が見張りをしてあげるけど?」
「俺は別に……いや、やっぱり浴びてこようかな」
リオンは少しだけ考えて、自分も川で水浴びをすることにする。
身体を濡らし、服を濡らした姉妹は身体のラインをくっきりと浮き彫りにしており、ドキリとさせられてしまった。
そんな微かに芽生えた情欲を誤魔化すため、リオンは頭を冷やすべく川の水を被ったのであった。
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