第二章 青常 週末
1 週末
時が経つにつれて、フィールド上の
一方で、一部を除いて白熱度は下がり、ゲームは徐々に
「明日何時からなの?」
「10時」
「言うてそんな早くねーじゃん」
「でもどうせこの後朝までっしょ? 普通にきついわ」
「まあな。明日バイトって言ってもあの人たち絶対帰してくれねえもんな」
「この前葬式って言ったのにダメだった」
「それは嘘ってバレバレだからだろ」
「サークルは、飲みがなければ活動は成り立たない。飲みがあるからこそ、活動に精が出るアソシエーションなのである」。四月にこの言葉をとあるインカレサークルの新歓コンパで聞いたとき、前方に座っていた女子は露骨に嫌な顔をし、
だが実際、僕も周りに流されているだけで、そんな感情が喉元まで出かかっているのを快活的な彼らに気付かれないよう必死で抑えている。それに耐え切れず、サークルを辞めていった友人も何人かいる。ウチのサークルも、彼女が嫌悪した類のアソシエーションと何ら変わりはない。
それに気付いたのは、同サークル内に大学生活を共にすることを誓った友達を作った後だった。それがさっき話していた彼であり、名は西井という。彼は僕よりもこのサークルに馴染んでいるが、一人で乗り切れるほど図太い人間ではない。ただフットサルをする場は欲しいらしく、辞めることは今のところ予定外だろう。西井のような地方から出てきた者たちは、そういう意味ではハンデを抱えている。気軽に遊べる友人は、窮屈な学生社会に押し込められてしまう。
「全員来るね? もう予約しちゃうよー」と派手目な先輩の女子が声を上げたとき、僕は着替えていて、その場にいなかった。それから十五分後には、フットサル場のある多摩センター駅周辺の居酒屋に大挙して押し寄せていた。
若い男の店員は対応に追われ少し気の毒に思えたが、彼もどうやら快活的な人種の一人みたいだ。既にサークル内の数人と打ち解け、勤務中にもかかわらずLINEも交換しているようだった。挙句の果てに、先ほど皆をここに連れてきた先輩の女子を
息を吸うように二軒目、三軒目を探し当てる彼らから解放されたのは、始発が走り出した朝5時過ぎだった。終電ギリギリの二軒目の途中、明日は朝からバイトがあると言って抜けようとしたが、ちょうどそのとき、サークル長の先輩が「明日のバイトこのまま行くわ」と言って爆笑を
結局、バイト先には体調が悪いので休むという連絡だけ入れ、家に帰り夕方までベッドに潜り込もうと決心した。今月はこれが三度目である。シフトと反比例して増えていく飲み会のせいで、通帳に記載されている額は留まることなくゼロに近づいている。三軒目に関しては、夜勤を
地元の駅へと向かっている最中、月曜までに提出のレポートの存在を思い出した。すぐに同じ授業を取っている西井にラインを送ろうとしたが、彼は先週既に提出していたのを思い出し、もう写すことができないと悟った。同時に酷い吐き気に襲われた。
見かけによらず西井は、こういうことはきっちりしている性格らしい。彼が提出するときに見せてくれと頼むことはできたが、一週間という期間を過信したことと、前期のレポートを全て写させてもらい、なおかつ今回の早めの提出が僕への当てつけのように思え、気が引けた。今となっては
愚痴を考えていると、電車は目的の駅である武蔵浦和に到着した。時刻はまだ朝7時過ぎだったが、部活に向かう高校生とすれ違った。思えば僕も、高校時代は毎週のように早起きして、遠征のために朝からこの駅を利用した。あっち側だったときは今の僕のような存在など目にも入らなかったが、今は
家に着いた時刻は7時半ぐらいだったが、リビングには誰もいなかった。母がベッドで眠っている僕を見たらなぜいるのかと疑問に思うだろうが、叩き起こすことはないだろう。どうせ稼いだ金は家計には入ってこない。僕が何にお金を使っているのかも、何のバイトをしているのかも、或いは今日がバイトだったことすら知らないかもしれない。知っているのは一年で大きく変わった生活リズムぐらいだろう。そういえば、三日くらい家でご飯を食べてない事に今気が付いた。予定もないし、今日ぐらい家庭の味を
シャワーを浴び、帰りに寄ったコンビニで買ったパンと揚げ物を食べながら、ぼんやりと朝の情報番組を見ていた。テレビを見たのも三日ぶりだ。知っている芸能人は誰一人出演していなかった。こういうとき、知り合いが出ていたりでもしたら、釘付けになって眠気も吹っ飛んでいただろう。同い年くらいの人も出演しているし、大学の中にも何人かそういった業界に片足を突っ込んでいる人もいるみたいだ。
そういうのとは縁がない人生を送るのだろうが、興味が一切ないとは言い切れない。CMなどでたった数秒テレビに映るだけで、僕の一生分のバイト代に
一つだけ事実を述べるとしたら、僕は小学校以来、劇で役をやったことは一度もない。
ベッドから起きてリビングに行くと、朝は情報番組が流れていたテレビには、誰もが知る国民的アニメが流れていた。予定通り、夕方までぐっすり眠れたようだ。母は台所で夕食の支度をしている。
「夜ご飯ウチで食べる?」
三日ぶりに母の声を聞いた気がした。ボーっとした頭のまま「うん」と答えると、母は特に返事もせず、そのまま何かを切り刻む作業を続けた。テレビがアニメからゴールデンタイムのバラエティに変わった時間帯に、弟が帰ってきた。どうやら今日は部活の遠征だったようだが、何の部活だったかは覚えてない。たぶんバスケだったと思う。
弟が手を洗い終わりリビングに戻ってきた頃、スマートフォンにLINEのメッセージがきた。サークル内の何人かが渋谷で飲んでいるらしく、僕も来ないかというものだった。メンバーを確認したかったが、僕の立場でそうすると反感を買いそうなのでやめた。同時に行くこともやめた。理由は西井がいないことが濃厚だからである。西井がいるとすれば、誘いのメッセージは西井からくるのが常であるからだ。
メンツは女子の方が多いみたいだが、もうこのサークル内で脈のある女子はいないだろう。別に何かをやらかしたわけではないが、サークル内の女子たちは、大抵快活的なグループの男たちに身体を預けた経験があるという噂を聞いた。先に述べたように、ウチのサークルもそういうサークルなのである。後悔してももう遅い。
三日ぶりの家庭の
数分スマートフォンを弄り本格的に眠気に襲われ始めたとき、あることを思い出した。
しかし勝ったのは眠気の方だった。
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